「悠理、もうすぐ中間試験ですね。勉強会は僕の家でいいですか?」
清四郎の問いかけに、スナック菓子を貪るように食べていた悠理は思わず身を固くした。


昼休みの生徒会室。
皆弁当を食べ終え、それぞれ雑談やメールのチェックなどを始めたところであった。


「…それとも、あなたの家の方がいいですか?」
清四郎は重ねて問う。
悠理は黙って、手に持ったスナック菓子をひとつ口に放り込んだ。
ゆっくりと噛み砕き、ごくん、と飲み込むと口を開いた。
「あたい、今回は野梨子に見てもらう。いいだろ?野梨子」
「え、ええ。いいですけど…」
突然悠理に指名され、野梨子はうろたえたように清四郎をちら、と見た。


「…そうですか。じゃあ野梨子、後で擬似問を渡しますのでよろしく」
全く表情を変えずにそう答えると、教室に戻ります、といって清四郎は出て行った。
残されたメンバーの視線が、悠理に集中した。
「どうしたのよ、清四郎と何かあったの?」
「ここのところ、二人とも変ですわよ」
可憐と野梨子が問いかけた。


「…別に、なんもないよ。けどあいつさ~、あたいが問題とかわかんないと、頭とかバンバン叩くんだもん。もうヤダ」
悠理は俯いたまま、バリバリとスナック菓子を食べ続けた。
「清四郎がお前をぽんぽん叩くなんて、今に始まったことじゃないだろ?それも、お前のためを思ってだぞ」
「ふ~ん。それでも今までは、なんやかんや言っても結局は清四郎に頼ってたくせに。ずいぶん急に嫌になったんだね」
魅録が眉をしかめて諭すように話しかけ、美童が青い瞳に怪訝そうな色を浮かべて悠理を見つめた。

 

「ごちそーさま~。あたいも教室に戻ろっと」
その視線を避けるように、悠理は空になったスナック菓子の袋をクシャ、と丸めてゴミ箱に放り込み、部室から駆け出していった。

4人がその後姿を見送る。


「ありゃ、何かあったな」

「たぶんね……」
「何があったのですかしら?」
「さぁ…でも、変にこじれてなきゃいいけど…」


4人は溜息をつく。

あの二人のことだ。何があったか、なんて清四郎に聞いてもおそらく話しはしまい。
となると
単細胞の悠理に、カマをかけて聞き出せばいいことだが…
なんとなく、無理に聞きだしてはいけないような、そんな気が4人はしていた。



*****




生徒会室を飛び出した悠理は、教室へと廊下を駆けていた。 
ふと、その足が止まった、すぐ横の教室の中。
窓際の席で机に頬杖を突いて、ぼんやりと考え事をしている整った横顔がある。
その横顔を見ただけで、今は胸が痛んだ。


溜息をついて、清四郎が顔を廊下側に向けた。

そして、廊下に立ちすくむ、華奢な姿に気がついた。
ガタンッ!と立ち上がった拍子に、椅子が後ろ向けに倒れた。
周りにいた生徒達が、驚いて彼を見つめた。



お互いに、声も出せずに見詰め合う。
切ない視線が絡み合う。



「悠…理」

声にならない声で、清四郎は彼女の名を呼んだ。
悠理はビクッと肩を震わせ、きびすを返してまた駆け出した。振り向きもせず。


ぎゅっと一度目を瞑ると、清四郎は倒れた椅子を起こして腰掛けた。
また小さく、溜息。
机の上に置いた教科書をぱらぱらとめくり、読んでいる振りをした。


周囲の生徒達が、そんな彼の様子を不思議そうに見つめていた。
その中に、偶然
教室の前を通りがかった野梨子もいた。



*****




「ふえ~ん、野梨子ぉ。お腹空いたよ~」
「もう少しで終わりますでしょ。さっさと問題を解く!」
悠理の泣き言に、野梨子がパシッ、と丸めた教科書で机を叩きながら言った。
「うげ、清四郎そっくり。さすがは幼馴染だな、お前ら」
「清四郎よりも厳しいかもしれませんわよ。私が勉強を見ていたのに、いつもよりも点が下がったら困りますもの」
涼しげに答えると、野梨子は今朝清四郎から受け取った、悠理の勉強スケジュールを読み返した。


試験3日前の放課後。
臨時で悠理の家庭教師を引き受けた野梨子は、悠理の部屋に来ていた。
ガシガシと頭を掻きながら、おとなしく試験の擬似問題に取り組んでいる悠理を見つめ、野梨子は小さな溜息をついた。


綺麗にパソコンで作られた擬似問題。
きっちりと悠理の弱点を掴んで、その克服のために組まれたスケジュール。
余白には几帳面な字で、野梨子への連絡事項が書き込まれている。
これだけの物を作るには、ある程度の時間が必要だろう。
あの「冷たいところのある」幼馴染が悠理の為に、毎回試験の度にどれ程の時間を割いていたのか。



先日の、教室での出来事を思い浮かべた。
二人の、互いを見つめる切ない視線。
いつから、二人はあんな目で見詰め合うようになったのか?
あの視線にも、この擬似問題やスケジュールにも、幼馴染の悠理への思いが詰まっているような気がした。



―――清四郎は、悠理に恋をしていますのね。
一番近くにいながら、初めて知った幼馴染の恋情。
清四郎は恋愛の出来ない体質なのではと、人事ながら心配していた野梨子は、素直にそれを嬉しく感じた。

相手が他ならぬ悠理であったことにも。
けれど、最近の二人の様子はどうしたことだろう。
―――悠理は清四郎が好きではないの?いえ、そんな筈はありませんわ。
何故とはいえないが、野梨子には確信があった。
でも、お互いに思い合っているのなら、ここのところの二人の様子はどうしたことだろう。


―――私には、わかりませんわね。
思わず深く溜息をついた。
恋愛上手な美童や可憐ならいざ知らず、清四郎と悠理と同じく、恋愛不得手な自分では。
でも……
大切な幼馴染達が、このまますれ違ったままでいるのは嫌だった。
二人には、うまくいって欲しいから。
―――私に出来ることは?



「悠理」

問題が難しいのか、頭を抱えている悠理に声をかけた。
「んー?」
「清四郎はいつも、こんな風に悠理に擬似問題を作ったり、勉強スケジュールを立てたりしてくれますの?」
「うん。いつもそうだじょ」
「……清四郎は、悠理のことをとても大切に思っていますのね」
穏やかに、言って聞かせたつもりだった。


「違うっ!あいつはあたいのことなんて、ちっとも大事に思ってやしないっ!」
だから、
言い返してきた悠理の言葉の勢いに、野梨子は驚いた。
「でも…」
「何にも知らない癖にっ!大事に思ってたら、大事に思ってたら…何で、何で……」
ぼろぼろと、悠理の瞳から涙が零れ落ちた。
子供のように泣きながら、自分を見上げる悠理に、野梨子の胸がぎゅっと痛んだ。
悠理の肩を抱き、ゆっくりと髪の毛を撫でてやった。
「ごめんなさい。清四郎と何かあったんですのね?でも、悠理も清四郎が好きなのでしょう?」



野梨子の言葉に、悠理は目を見開いた。
―――好き?あたいが、清四郎を?
すとん、と、パズルのピースが嵌ったかのような感覚。
ああ、そうか。と。
清四郎が好きだから、抱かれることに抵抗がなかったんだ。
好きだから、清四郎のあの言葉が許せなかったんだ。
そして、好きだから―――今、触れ合えないことが、こんなにも辛いんだ。


野梨子の手が優しく、悠理の髪を撫で続ける。
肩を抱く手の暖かさに、悠理の心が凪いでいく。涙も止まった。
「……ありがとう、野梨子」
野梨子の顔を見上げ、微笑んで見せた。
野梨子もにっこりと笑う。
「清四郎と、きちんと話をなさいませ。今のままでは、辛いでしょう?」
野梨子の言葉に、素直に頷いた。



そういえば、一度も清四郎に聞いたことがなかった。
「何故、あたいを抱くんだ?」と。
一度も答えたことがなかった。
「何故、僕に抱かれるのですか?」という問いに。



「へへ…泣いたら、腹へっちゃった。何か食べてもいーい?」
「まあ、悠理ったら。問題を解き終えるのが先ですわ!」
いつもどおりの会話を野梨子と交わしながら、悠理は決心していた。
清四郎と、きちんと向き合うことを。


 

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