第2章 中編



ユーリは、自分の寝台に突っ伏して泣き続けていた。
次から次へと涙が溢れてきて、こらえきれない嗚咽が漏れる。
もう、どれだけこうしているんだろう?
……何であたしは泣いてるんだろう?
どうしてこんなに悲しいのか、ユーリには分からなかった。


ふと人の気配を感じ、ユーリは顔を上げて部屋の入り口の方へ顔を向けた。
そこには、
怪訝そうな顔をしたセイシロウが立っていた。

 

「セイシロウ…」
「…旦那様から、これを持っていくように仰せつかったので。ホウサク様から届いたそうです
よ」
山のようにスモモを積み上げた籠を、テーブルの上に置きながら、セイシロウは言った。
「どうしたんです?何故泣いてるんですか?」
優しく問いかけられ、ユーリの嗚咽が止まった。


「…ノリコに逢えて、嬉しかった?」
何言ってんだろう?そんなこと聞きたくないのに。
「…久しぶりなので、懐かしかったですね」
別段感慨深い様子も見せず、セイシロウは言った。
「ノリコから全部聞いたよ。お前のこと…」
「……」
セイシロウは無言で視線を落とし、肩を竦めた。
「お前を返してくれって、言われた」
―――どこへも行きたくないって言ってよ。
ユーリの想いは、声にならない。

 

「帰りたい?ノリコのとこに」
セイシロウが何を考えているのか、その表情はユーリには読めない。
ふいにクスクスとセイシロウが笑い始め、顔を上げてユーリを見た。
「帰りたいって言ったら、返してくれるんですか?ユーリ様?」
からかいを含んだその口調に、ユーリの眉が上がった。


「……すみません、ユーリ様。部屋へ戻ります」
ユーリが気分を害したと思ってか、セイシロウは踵を返して部屋の外へ出て行こうとした。
「待って!」
ユーリは立ち上がり、セイシロウの背を追って取りすがった。
セイシロウの身体に腕を回し、ぴたりと抱きつく。
「…ここにいてよ」
小さな声で、願った。
どこへも言って欲しくなかった。ただ傍にいて欲しかった。
「ユーリ…」
戸惑うようなセイシロウの声に、ユーリの体が熱を帯びる。
「あたしを抱いてよ…」
セイシロウの広い背中に顔をうずめ、ユーリは懇願した。


 

「な…何を言ってるんです?ユーリ様」」
ユーリの言葉に、セイシロウの瞳が大きく見開かれ、視線が辺りを彷徨う。
ユーリの言った言葉がただ抱きしめるといったことではなく、男女の行為を意味すること
が分かったからだ。
思い切ってユーリのほうに振り返り、華奢な肩を掴んだ。
「冗談を言わないでください。そんなことが出来るわけがないでしょう?」
ユーリの瞳を覗き込み、諌める様に言い聞かせる。
奴隷の身である自分が、ユーリを抱くことなど出来ないと。
そう言ったつもりだった。

 

だが、ユーリはその言葉を誤解した。
自分のことなど女だと思っていないのかと。
ふいに、昼間見たノリコの様子が眼に浮かぶ。
セイシロウに投げかけられた、白く美しい腕。
セイシロウの胸に埋められた、美しい顔立ち。


 

「なんで出来ないんだよ!あたしを抱けって言ってんだろ!」
また涙が込み上げてくる、恐ろしいほどの勢いで。
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、ユーリはセイシロウに向かって叫んだ。
「従えないのかよ。あたしはお前の主人だぞ。あたしがお前を見つけたんだ!あたしが
お前を買ったんだ!」
ユーリを見つめていたセイシロウの顔色が変わる。
「ユーリ?それは…どういう…」」
「…命令だぞ」
込み上げてくる涙をこらえながら、ユーリはその言葉を押し出した。
セイシロウの顔がひどく苦しげに歪む。
「…命令…ですか?」
搾り出したその声は、ひどく擦れている。
堪えられぬようにユーリから視線を逸らし、俯いた。


 

 

俯いたまま、セイシロウは必死で自分を抑えようとしているようだった。
「命令か…」
そう呟くと突然クッとのどを鳴らし、目を閉じたまま小さく首を振りながら顔を上げた。
ゆっくりと目を開き、真っ直ぐにユーリを見つめる。
口元は微笑を浮かべているのに、その黒い瞳に宿るのは―――諦めの色。

 

―――こんなセイシロウの瞳を前にも見たことがある。
それはいつだったか。
思い出そうとしながら、ユーリはただ大粒の涙を零し続けていた。



 

セイシロウがゆっくりと膝を折る。
ユーリの片足をそっと取って、自分の膝の上に導く。
「…仰せのままに…」
頭を下げたまま抑えた声でそう囁き、そっと彼女の爪先に口づけた。




*****





セイシロウの唇が、ユーリの足の指を一つ一つ咥えていった。
全ての指に舌を這わすと足の甲に口づけ、そのまま細い足首まで口づけを繰り返す。
セイシロウの大きな掌が、すんなりとしたユーリの足を撫でるように、着物の裾をゆっくりと押し上げていく。

唇と柔らかな舌がその後を追っていった。
唇が
さらに上へとたどり、柔らかな内腿に達すると、そこをゆっくりと舐め
上げていく。
何度も、何度も。



「ん……」
くすぐったいような感触に堪えきれず、ユーリの唇から声が漏れる。
セイシロウの舌が片方の足に移り、もう片方の腿を大きな手が優しく撫ぜる。
ドクン…ドクン…
ユーリの心臓が大きく脈打ち始めた。


「はっ…あぁっ…!」

セイシロウの舌が足の付け根に届き、ユーリの体がびくり…と動いた。
ひどく敏感なその部分に、何度も舌を這わせ続ける。
柔らかく舐め上げ、舌先を硬く尖らせて突く。
その間も、セイシロウの手は休むことなく太腿をなで続けていた。
「ん……あ…あ……」
ユーリの膝ががくがくと震える。
ちゃんと立っていられない。
身体を折るようにして、セイシロウの頭を両手でかき抱いた。
それが却ってセイシロウを強く自分自身に押し付ける形になり、ユーリは身を捩る。
「はぁ…あ……い…いや……」
どくん…ユーリの体の奥から熱い物が流れ出し、セイシロウの舌がそれを受け止める。
ぴちゃ…ぴちゃ…と、音を立てて舐め取った。


意識が遠のく…
崩れ落ちそうになるユーリの身体を、セイシロウは手を腰に廻して支える。
舌の動きを止め、ゆっくりと仰ぎ見るようにユーリに視線を合わせる。
普段は薄い色をしたセイシロウの唇がやや紅く色づき、ねっとりと濡れて光っている。
上目遣いにユーリを見つめたまま、ゆっくりと舌が唇を辿りそれを舐め取った。


 

すうっとセイシロウが立ち上がる。最初はユーリを見上げながら…
ユーリも引かれるように折っていた背を伸ばす。セイシロウを見下ろしながら…
途中で二人の視線が真っ直ぐに絡み合い、やがてユーリがセイシロウを見上げ、セイシ
ロウがユーリを見下ろす。
見詰め合う。セイシロウの黒い、黒い瞳。
あたしはこの瞳に囚われている―――と、ユーリは思った。


ユーリの腰にあったセイシロウの手が頬へと伸び、耳を掠めて髪の中に漉き入れられる。
セイシロウが目を閉じ、ゆっくりと顔を傾けながらユーリに口づけた。
初めての…口づけ。
軽く唇を触れ合わせただけなのに、ユーリの身体中に甘い痺れが広がっていく。
思わず、セイシロウの背に手を廻し、しがみついた。
触れただけの唇は一度離れ、またついばむように何度も合わせられる。
空気を求めて開けた唇からセイシロウの舌が浸入し、口腔内を這い回りユーリの舌を絡
めとる。
「ん…ん……」

ユーリのくぐもった声が漏れる。
(セイシロウ…)頭の中でそう呼んだ。
口づけの深さを増しながら、セイシロウはユーリを横抱きに抱き上げ歩き出した。
ユーリの腕がセイシロウの首に廻される。そっと寝台の上に下ろされ、唇が離れた。


ユーリを寝台に横たえると、セイシロウは寝台の縁に腰掛け、ユーリの顔を覗き込んだ。
先程大粒の涙を零していた明るい色の瞳が、今は潤んでセイシロウを見つめ返す。
―――綺麗な瞳だ。
そう、思った。綺麗な女だ、と。
この女がずっと欲しかったのに。
この女にとって自分は単なる所有物でしかないのか。


切ない思いを堪えながら、しばらくの間その瞳に見惚れ、唇をもう一度軽く触れあわせる。
口づけをユーリの顎に落とし、白い喉に吸い付いた。
「あっ!……」
思わずのけぞったユーリの背中に手を差し入れながら、もう片方の手でユーリの腰帯を
解く。
上質な生地で作られたユーリの衣服を器用に剥ぎ取る。
さらり……衣擦れの音がしてユーリの体が露わになった。
思わずユーリは自分の胸を掻き抱き、セイシロウの視線から隠そうとした。
ユーリに覆いかぶさっていたセイシロウが上体を起こし、洗いざらした衣服を脱ぎ捨てる。
逞しい裸体が現れ、ユーリは思わず見惚れた。
胸の前で交差した腕がセイシロウの手に掴まれ、ぐっと左右に押し広げられた。


露わになったユーリの胸のふくらみにセイシロウがそっと口づけ、淡く色づいた先端を口
に含み、舐め、軽く噛む。
もう一方のふくらみは掌を押し付けるようにして揉み、親指の腹で先端を押しつぶすよう
に刺激した。
「や…あ…あ……」

セイシロウの手と舌の動きにあわせるように、ユーリが声を上げる。
―――感じている…そう思うとセイシロウの身体も熱く熱を帯びた。
ズキン…と、身体を甘い痛みが駆け抜ける。

 

彼女は僕を、奴隷としか思ってはいない。
自分の、思い通りになる所有物だと。
それならそれでもいい、応えてやる。


 

ユーリの滑らかな腹に手を這わせ、下腹部へと下ろしていく。
足の間の敏感な部分に手を当てると、びくん、とユーリの体が跳ね上がる。
そっと指を辿らせる。
びくん、びくんとユーリの身体が跳ね、どくん、どくんと暖かな泉が湧き出た。
ぬかるみの中に指を埋め、固いつぼみを見つけるとそこを刺激する。
ユーリの身体が弓なりに反った。
「あ、はぁっ、はぁっ、セイシロウ…セイシロウっ…」
逞しい背中に手を廻し、うわ言のようにユーリは声を上げ続ける。
セイシロウの手で刺激され続ける下半身は熱を帯び、まるで溶けてしまうかのよう
だ。
胸のふくらみは、相変わらずセイシロウの唇と舌に弄ばれている。
足の間の刺激に堪えきれず背を反らすと胸の刺激が強まる。
「ああっ、ん……ああっ、ああっ!」
声を上げ続けなければ、おかしくなってしまいそうだ。
身体の奥から、今まで感じたことのない感覚が湧き上がって来る。
それが何なのか、目を閉じて意識を集中させようとした時、セイシロウの指の動きが止ま
った。



 

「…え?……」
思わず目を開いて、セイシロウの顔を見ようとしたそのとき、ユーリの片足がセ

イシロウに掴まれた。
足がセイシロウの肩の上に導かれ、指で弄ばれていたところに硬く熱いものがあてがわれた。
そのまま躊躇する様子も見せず、一気に突き入れられる、熱い、塊。
「やぁっ!い…痛いっ……」
思わず叫んだ。見開いた瞳に涙が滲んだ。
縋る先を求めて、ユーリの腕が宙を彷徨う。
やっとセイシロウの肩を見つけ、しがみついた。
「痛い…ですか?でもこれは、あなたの望んだことですよ」
ぞっとするほどに冷たい声が響いた。ユーリを責める律動を止めもせず。


 

―――な…に?
今までに聞いたことがないような、セイシロウの冷たい声。
信じがたい思いで、セイシロウの表情を確かめようと、視線をさまよわせるけれど。
ユーリの首筋や胸元に口づけを落し続けている、セイシロウの顔は見ることが出来ない。
さっきまでの熱が嘘のように、身体が冷えていくのを感じる。痛みが増す。
「…いや……やめて…やめて…セイシロウっ」
両腕でセイシロウの胸を押し返そうとするが、びくともしない。
打ち付けられるスピードが増す。
「やあぁ…いやっ、いや……ん…んんっ」」
堪えきれず悲鳴を上げようとする唇が、セイシロウの唇に塞がれた。
強く吸い上げられ、吐息さえも奪われる。
「くうっ……」
一瞬セイシロウの身体がしなり、ゆっくりと力尽きたようにユーリに覆いかぶさる。

ユーリの瞳から、涙が一筋、零れ落ちた。





*****





ブルル…
近づいてくる足音を聞き分け、スクリオは鼻を鳴らした。
ゆっくりと、うなだれた様子で厩に入ってくる人影がある。
それが誰だか、スクリオにはわかっている。
「スクリオ…」
暗闇から馴染んだ声が聞こえ、スクリオは迎えるように首を伸ばした。
優しい手が鼻面に触れ、そっとたてがみを撫でる。


人影は馬の背に自分の頭を持たせかけて、じっと立ち尽くしている。
不意に、空気を震わせるような、密やかな嗚咽が聞こえだした。
スクリオの背に腕を投げ出し、額を押し付けたまま声を押し殺して、泣いている影。

 

 

それは、どうしようもなく傷ついた心を抱えた、セイシロウだった。





 

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