クリスマス前。〜Telephone Call.3  By:麗

  

 

 

 

「じゃあ、またな!」

「おう、また来週! お疲れさん〜」

 

週末の夜、繁華街の外れの路上に数台のバイクを止め、一見したところあまり柄のよくない若者の集団が、口々に別れの挨拶を交わしていた。

中心に立つのは、ライダースジャケットに細身のジーンズの裾をブーツに入れ込んだピンク頭の青年、松竹梅魅録だ。

 

「じゃ。魅録さん、失礼します!」

「おう、気をつけて帰れよ。またな!」

頭を下げて挨拶する面々を軽く手を振って見送ると、彼は傍らに立って同じように手を振っていた少女に声をかけた。

「悠理、送ってくか?」

問われた悠理は、魅録の顔を見上げてニカッと笑った。

「ん? いいよ。うち、ここから近いしさ。歩いて帰る」

 

普通なら夜の遅い時間に女の子がそう言っても、言われた男は「危ないから」と一人で帰す事などしないだろうが、相手は悠理である。

大の男でもとび蹴りの一撃で倒してしまうことを熟知している魅録は、あっさりと頷いた。

「そうか。じゃあ、気をつけて帰れよ」

「うん。今日は楽しかった。あんがと、魅録。じゃあまた月曜な!」

笑顔で手を振る悠理に軽く手を上げてから、魅録はバイクにまたがって走り去った。

 

 

その後姿を見送り、悠理はくるりと向きを変えて夜道を歩き出した。

家までは20分ぐらいだろうか。頭上に浮かぶ冴えた月を見上げながら、悠理は鼻歌交じりで歩を進めた。

先週、魅録からいきなり「仲間とツーリングに行くけど、悠理もどうだ?」と誘われた時には「この寒いのに?」と思ったものだが、バイクにのって風を切るのは、やっぱり気持ちがいいものだった。

行き着いた冬の海の寂びた風景や、目に付いた店に入って食べた海の幸も最高だった。

 

大通りから角を曲がると、大きな屋敷が居並ぶ通りに入る。

人通りはまばら。このあたりの住民の移動手段はもっぱら自家用車である。

この時間にはそんな車の往来も少なく、シンとした通りに悠理のライダーブーツの足音がやけに高く響く。

カツン、カツン…と響く靴音を、悠理は最初のうちこそ楽しんでいたが、ふと、響く足音に自分以外のものが混じっているような気がして、足を止めた。

 

周りを見回して見ても、誰もいない。

 

首をかしげながら、悠理はまた歩き出した。靴音は、悠理のものしか聞こえない。

庭の木々に色とりどりの電球を飾った屋敷の前にさしかかり、悠理は小さく歓声を上げて足を止めた。

白い息を吐き出し、悠理はしばらく立ち止まってきらめくイルミネーションに見惚れた。もう、クリスマスの時期だ。

 

今年のクリスマスはどうしよう?みんなとパーティにでも行くか…と考えながら、また歩き出す。

しんとした通り。相変わらず車や人の影もない。

一定の間隔を置いて街灯が立っているのに、やけに暗いような気がする。悠理の足音だけが、またやけに高く響く。

 

やっぱり魅録に送ってもらうべきだったかなと、後悔した。

冬の夜の道を一人で歩くことが、こんなにも寂しく不安なものだとは。

ぶる、と寒さに震えながらポケットを探り、携帯電話を取り出した。

うちに電話をして名輪に迎えに来てもらおうと思い、携帯を開いた瞬間、賑やかなメロディーとともにディスプレイが点滅しだした。

 

 

「…もしもし?」

『もしもし、悠理?』

「清四郎?」

 

聞こえてきた声の主は、毎夜悠理が長電話する相手。

 

『ええ。今日は魅録とツーリングだったんでしょう? もう家に着きました?』

「まだ。今、家に向かって歩いてるとこ」

『一人ですか?』

「うん。すぐ近くで解散したからさ」

 

不思議だ。

清四郎の声を聞くと、今まで感じていた寒さやもの寂しさが消え、街灯の明るささえ増したように感じる。

 

「清四郎は、今、家?」

『ええ。そろそろ寝ようかと思ってたんですけどね。悠理はもう帰ったかなと思いまして』

「清四郎は今日、何してたの?」

『午前中は親父の用事に付き合わされてたんですけどね。その後は、まぁ、色々……』

 

清四郎の言葉に何やら含みを感じて、悠理は問いかけた。

 

「何?」

『そのうちわかりますよ』

 

電話の向こうで、清四郎が笑っているのがわかる。

何故か悠理の胸がほんの少し、重くなった。

 

「なんだよ? あ、野梨子か可憐とどっか行ってたのか?」

『いや、違います』

 

清四郎の即答に、今度は胸がふっと軽くなった。

 

「じゃあ、何? あ、なんか事件?美童が女とトラブッたとか?」

『毎年この時期には色々ありそうですけどねぇ。…違いますよ』

「……じゃあ、なんだよ?」

 

答えを焦らされるのにイラついて、悠理は不機嫌な声を上げた。

吐く息がますます白さを増している。目の前の角を曲がれば、もう、家が見えるところだ。

 

『……悠理。まだ、家に着きませんか?』

「もうすぐそこだよ。今、角を曲がるとこ……」

 

 

答えながら、足早に角を曲がった悠理は、目の前に広がった光景に立ち止まって目を見張った。

見慣れた我が家の庭に、今朝は無かった、一本の大きなクリスマスツリー。

すっきりとした三角錐の形に電飾が巻かれ、赤や緑、青、白と色を変えていく。

 

「な…なんだぁ? これ…」

 

携帯を耳に押し付けたまま、呆然と悠理は呟いた。

 

『すごいでしょう?』

 

電話の向こうから聞こえる清四郎の笑い声に、悠理ははっと我に返った。

 

「これ、おまえがやったの?」

『企画立案は百合子おばさんですよ。僕はデザインと設計をね』

「よかったぁ。デザインが父ちゃんじゃなくって…」

「おじさんからも色々意見はあったんですけどねぇ」

 

ほっとしたような悠理の呟きに、清四郎が声を立てて笑った。

悠理は我が家の門をくぐると、ゆっくりとツリーに向かって歩いていった。

近づくと、よりその大きさがよくわかる。

 

「すごいなぁ。でも、何で内緒にしてたんだろ?」

 

確かに、今までにも色々とサプライズを用意されていたことはあったが、これは格別だ。

これだけのものを用意するには、ずいぶんと前から計画を立てていなければならなかっただろう。

 

 

「…もしかして、魅録も知ってた?」

 

魅録が急にツーリングに誘ってきた理由に思い当たり、悠理は聞いた。

電話の向こうの清四郎は、ただふっと笑い声を漏らしただけだったが、悠理にはそれが肯定の意味に取れた。

 

『クリスマスには、パーティをしましょう。高校生活で最後のクリスマスですしね』

 

電話の向こうで、清四郎が優しい声で言う。

何かの予感。

動物並と言われる悠理の勘が動き出す。

それは今まで、外れたことが無い。

 

 

 

「…もしかしてまだ、サプライズを用意してたりしない?」

 

 

ツリーを見上げながら聞いた悠理の問いに、清四郎はただ、笑っただけだった。

 

 

 

 

end

 


拍手ありがとうございます!

自サイトの拍手お礼で書いている「Telephone Call」と【CHE.R.RY】の続きですが、「これでendってどういうことよ!ヽ(`Д´)ノ」とおっしゃらず、清四郎の目論見を察してやってください〜。

たいがいかわいくない男なので、ストレートには告白しないでしょうね。たぶん。(笑)

パーティも二人っきりなのか、それとも仲間たちも一緒でなのか…(←考えてない)

 

 Materiar by M+Jさま