Telephone Call
とある木曜、午後9時40分。 自室の机で本を読んでいた清四郎は、鳴り出した携帯に手を伸ばした。 電話をかけてきたのは、長年の友人。
「はい、清四郎…なんだ、悠理か。どうしました?」 「んー、別に用はないんだけどさ、暇だなーって。何してた?」 清四郎は片手で本をめくりながら、ゆったりと答えた。 「風呂から上がって、部屋で本読んでたとこです」 「そか。ちょっと、しゃべっててもいい?」 「いいですよ。宿題はもう、済ませましたか?」 清四郎と悠理の会話は、いつもこの話題から始まる。
「げ、いきなりそれかよ?」 不機嫌な悠理の声。 「済ませてないんですね?」 やや力を込めた、低い清四郎の声。
「あ、あ、あ、あのさ、この間皆で行った店、よかったな」 「ええ、なかなか雰囲気のいい店でしたね。美童はああいった店を探すのが上手いですな」 慌てて話題を変えようとする悠理に、清四郎はくすくす笑いながら合わせた。
「うん。酒の種類も多かったし、ツマミも美味かった!」 「かかっている音楽の趣味もよかったですね」 「うん。あのイベリコ豚のハム! 美味かった〜」 「ハモン・セラーノって言うんですよ。しかし結局、食い気だな。おまえは」 「うっせ」 呆れたような清四郎の声に、悠理が憮然と答えた。 「…切りますよ」 「わーっ、わーっ、ちょっと待って、清四郎〜〜〜」 本気で言っているわけはないのに、悠理は泣き声を出した。
「冗談です。それにしても最近、毎晩のように電話してきますね」 清四郎は笑って悠理に尋ねながら、ノートパソコンを開いて電源を入れた。 「他にいないんだもん」 「いない?」 「うん。可憐や美童はデートで忙しいし、野梨子はこの時間にはもう寝てるし」 「魅録は?」 「あいつに電話しても、片手間にしか喋ってくんないもん」 清四郎は大きく頷いた。魅録は家にいれば、たいがいバイクやメカをいじっている。 取り留めのない悠理の会話に付き合ってはくれるのだろうが、「片手間」になるのも仕方ないだろう。
「なるほど。…って、何か食べてるのか? さっきからパリパリ音がしますが…」 携帯の向こうから煎餅でもかじっているような音が聞こえてくる。 「あ、バレた? 食いもんの話してたらハラ減っちゃってさ〜。」 「行儀の悪い。自分だって片手間じゃないですか」 「おまえだって、パソコンやりながら喋ってるだろ?」 的を突かれて、清四郎はマウスを操っていた手を止めた。
「よくわかりますね」 「なんか、カチカチ音がするもん」 「マウスクリックの音か?よく聞こえますね」 清四郎は目を丸くしながら、手に持った携帯を見つめた。どうやら悠理は聴覚も動物並らしい。
「聞こえらい。あ、このシーン、カッコいい〜」 「は? テレビでも見てるのか?」 清四郎はパソコンを消そうとしていた手を止めた。 「うん、スチーブン・セガールの映画。なんかおまえの戦い方と似てるよな」 「戦い方って…彼のは合気道でしょう?」 「でも、敵に指一本触れさせないってとこが似てる」 「お褒めいただいて恐縮ですね」 清四郎は微笑んだ。 そろそろ夜の11時過ぎ。部屋の空気が冷えてきたように感じて、清四郎はエアコンのスイッチを押した。 そして、椅子から立ち上がると部屋のドアに向かった。
「あ、おまえ今、階段下りてる?」 すぐに、悠理の指摘。“耳ざとい”というべきだろうか。 「よくわかりますねぇ…コーヒーでも入れようかと思いまして。冷えますね、今日」 携帯を耳に押し当てたまま、とんとんと階段を下りる。 「うん。部屋ん中はあったかいけどな。おまえの部屋って、でっかい窓があるから冷えるんだろ?」 「ええ」 相槌を打ちながらやかんに湯を沸かす。 しゅんしゅんと湯が沸く音を聞きながら、清四郎は携帯を耳と肩の間に挟み、開いた両手でコーヒードリッパーにフイルターをセットした。 ドリッパーに湯を少しずつ注いでいる間も、取り留めのない会話が続く。
「なぁ、前から聞きたかったんだけどさ…」 「なんです?」 入れたてのコーヒーの香りを深く吸い込みながら、清四郎は聞いた。 「おまえって、ステテコとかパッチとかはいてる?」 「はいてませんよ!何を聞くのかと思ったら…」 「はいてないんだ?えーっ、おまえって絶対、はいてると思ってた〜」 “予想外”といった調子の悠理の声。
「寒稽古なんかで鍛えてますからね。寒さには強いんです」 「そうかぁ。そういや、じっちゃんって真冬でも裸足だったよなぁ」 悠理が何度も頷いている様子が目に浮かぶ。 「鍛錬の賜物ですね。まぁ、あの域まではなかなかたどり着けませんが」 コーヒーを一口。やや苦さを含んだ笑みがこぼれた。 「さすがは人間国宝だよな。なぁ、またじっちゃんとこ連れてって」 「いいですよ。そろそろ顔見せようと思ってたとこですし。今度の日曜にどうです?」 「うん、オッケ!」 「悠理が行けば、和尚も喜びますよ」 「また、寺に喜捨しろなんて言わないよな?」 他意もなく言ったつもりだが、悠理は疑わしそうな声を出した。 婚約騒動の時、和尚に貯金を皆持っていかれた上に、寺の雑事にこき使われたことを思い出しているらしい。
「悠理のおかげで、寺が潤ったと喜んでましたからねぇ」 「う…あれも元はといえば、おまえの所為なんだぞ!」 「だから、こうして夜毎の長電話にも付き合ってあげてるでしょう?」 清四郎は笑って答える。 ほんの少し、彼にとっては心に痛みを感じる話題ゆえに、笑ってやり過ごす癖が付いている。 清四郎はコーヒーを飲み干すと、壁の時計に目をやった。
「さてと、そろそろ寝ないと。明日の朝起きられなくなりますよ」 「そうだな。オヤスミ」 案外あっさりと、悠理が答えた。 「おやすみなさい。あ、悠理…」 「なに?」 「明日も、電話してきますか?」 「…わかんない。なんで?用事でもあんの?」 「いや、明日もかけてくるなら、あげたい物がありましてね」 「なに、なに?なんかくれんの?」 少し心配そうだった悠理の声が、はしゃぎ声に変わった。
「ええ。明日学校で渡します」 「なに?」 「明日のお楽しみです」 「ケチ。教えてよ〜」 「明日になればわかるでしょ」 「じゃあ、明日朝一番にちょうだいよ!いい?」 「ハイハイ。おやすみ、悠理」 子どものような悠理の要求に、清四郎は笑いながら答えた。
「ん、オヤスミ」 「……」 「……」 沈黙は、互いに相手が電話を切るのを待つ間。
「悠理?」 「なに?」 「電話、切ってくださいよ」 「おまえから切れよ」 「かけてきた方から切ってください」 「なんじゃそりゃ?あたい、自分から電話切るのキライ。じゃあさ、せーので同時に切ろうぜ」 「わかりました」 「じゃいくぞ。せーの。オヤスミ、清四郎」 「おやすみ、悠理」
二人は同時に、通話終了のボタンを押した。
翌朝、「おはよう」の挨拶もそこそこに、満面の笑みで手を差し出した悠理に、清四郎は苦笑しつつ小さな紙袋を渡した。 袋の中身は―――悠理の携帯電話に合わせた色の、ハンズフリー用ヘッドフォン。
夜の長電話は、これからも続きそうである。
end (2007.11.24up)
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恋人でもないのに、毎晩毎晩清四郎に電話をかけてくる悠理と、それに付き合ってあげる清四郎って、萌だよな〜なんて思いながら書いてみましたが、文にするとイマイチ?(^_^.) 清四郎ならとっくにハンズフリーフォンを持っていそうなんですが、「肩で携帯を挟んで」話をする清四郎を書きたかったので、あえて使ってないことに。 悠理にプレゼントした日には、二人してハンズフリーで今まで以上に長電話してることでしょう。
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