8.

 

 

 

清四郎は空をも覆いつくすような、木々の間を歩いていた。

無心になろうと歩いている内に、思ったより島の奥地へ入ってしまったらしい。

立ち止まり、方向を確認する。

川を遡っているのだから、帰り道を間違えることはない。鬱蒼とした木々のせいで暗いが、まだ日は高そうだ。もう少し奥地まで行けそうか、と顔を上げた時だ。

ふと、今まで見てきた景色とは違う光景が目に入った。

川の途中に、敷石があるのだ。

明らかに、人の手が加えられたものだ。

無人島だと思っていたが、そうではなかったのか。好奇心に駆られ、清四郎は足を速めた。

 

 

敷石を通って、川の反対側へと出た。獣道とは違う、草を掻き分けたような跡。道は坂になっていて、少しずつ標高が上がっているようだ。黒い土はここが火山の島であることを証明していた。

道に迷わないよう、この先は、木々に目印をつけながら進む。

1時間ほど歩くと、大きな岩山に突き当たった。

「美童じゃないが、この光景にはあまり良い思い出がありませんな」

清四郎は一人笑う。

幾何学模様のついた石を少しだけ動かしてみると、マイタイで見たような木のハンドルがお目見えした。

「仕掛けはどこも同じですか」

清四郎は思い切って、ハンドルを引いてみる。

「開けゴマ」

 

おやおや、と清四郎は片方の眉を上げた。

持ってきた松明に火をつけ、中の様子を伺ってから慎重に一歩一歩踏み出す。火が消えないところを見ると、空気はあるようだ。

ここが何かの隠し場所であるならば、いつかのように侵入者を襲う仕掛けがあるはずだ。

清四郎はゆっくりと足を進めた。

今日は魅録も悠理もいない。さしもの清四郎も緊張していた。

悠理一人を島に残し、こんなところで倒れるわけにはいかない。

 

周囲に気を配りながら進むと、やはり、ところどころに人骨が落ちていた。

どれもこれも矢が刺さっている。

「やれやれ。後ろから銃声が聞こえないだけマシってとこですかね」

清四郎は、帰り道の目印を付けながら、先を目指した。

仕掛けのありそうなところは、落ちている人骨で見当がつく。

 

ふっと松明の明かりが乏しくなり、清四郎は足を止めた。

どうやら行き止まりのようだ。

無駄足だったか、と一、二歩下がったところで、微かな光を感じた。

岩の隙間から光が漏れているのだ。

こんなところに外の光が届くはずがない。

それとも、奥へ進んでいるつもりが、別の出口へと向かっていたのか。

清四郎は岩と岩の隙間へ目を寄せた。

 

 

 

******

 

 

 

「あいつ、どこまで行ったんだよ〜」

悠理は滝まで来て、この先へ行くかどうか迷っていた。

“これ以上先は、まだ調べていない。安全かどうかわかるまで行くな”と清四郎に止められていた。

だが、ここまで探してどこにも清四郎の姿がないのであれば、彼がこの先に行ったのは間違いない。悠理なりに知恵を絞り、清四郎と同じように川を遡った。

これならば、たとえ彼とはぐれても戻ることができる。

 

「何だ、これ?」

悠理も清四郎と同じように敷石を見つける。

「やっほ〜い。アスレチックみたいだ」

悠理は喜んで川を渡った。

渡り切ると、見覚えのある布切れを見つけた。数メートル置きに、木に結い付けてある。

清四郎だ!

悠理は確信した。

「あいつ、どこまで行ったんだよ」

悠理は、キョロキョロと辺りを見回す。

「へ?」

茂みの中に、思いがけない物を見つけた。

 

樽だ。

 

コンコンと叩いてみる。

「入っているかな?」

悠理は全体を見回し、栓を見つけると、思い切って引き抜いてみた。

 

「わっ、わわわわ!」

あふれ出した液体を止めるために、慌てて栓をする。

辺り一面に芳醇な香りが漂った。

手についた液体を舐めてみる。

「あ、シェリー酒だ」

悠理は酒に詳しい。一口舐めただけで、かなりの年代物だとわかった。

「後で、清四郎に教えてやろっと。一人で持って帰れないもんな」

悠理は目印として、近くの木にレースを巻いた。

バンダナ代わりに、昔の衣類についていたレースを破いて作ったものだ。

 

あ、猿だ!とか、これ、食べられるんだっけ?と遊びながら歩いていると、悠理も岩山の前へと到達した。

「ひえっ!」

彼女もまた、マイタイ王国を思い出す。

恐らく、清四郎が先にここを見つけ、中に入ったには違いないが、あの時のことを思い出すと、とても一人で入る気にはなれない。

ここで待つか、それとも先へ進むか。

悠理は迷った。

だが、自分が危険だと思うのであれば、先に一人で入った清四郎も危険に違いない。

あいつに限って、とは思うが、悠理は居ても立てもいられなくなった。

えっと、明かり明かり。

悠理は短パンのポケットを探る。非常用だからめったに使うな、と清四郎から渡されたライターだ。

何で、あいつがライターなんか持っているんだろう?という疑問は、ここに来て数日で解けた。

漂流している時に、引っ張ってきた箱の中に葉巻まで入っていたのだ。これもかなり年代物ではあったが。

海に漂ったせいで多少湿ってはいたものの、天日に乾すと何とか吸えるようになったらしい。試しに火をつけ、葉巻を吸う清四郎を見て悠理は驚いた。

「お前、煙草吸うの?」

ポカンとして問いかけると「魅録と同じような顔しないでくださいよ」と清四郎は笑ったのだ。

「オヤジも姉貴もヘビースモーカーなんですよ。だから、中学生の頃から煙草は黙認です」

彼は片目を閉じた。

真面目な生徒会長で、てっきり幼稚舎の頃から変わらない坊ちゃんだと思っていたのに、中学から煙草・・・・・・

「ほんと、人を騙すのが得意な奴」

悠理は島に漂着早々悔しさで歯軋りしたのだ。

「煙草は吸わないけどあたいだって、中学の時からバイク無免許運転だぞ!」

いらぬ対抗心を燃やすと、「そんなこと自慢してどうするんです」と清四郎は大声を出して笑った。

 

ほんの少し前のことなのに、楽しく笑いあった会話が忘れられない。

悠理は、ライターの火をつけると、洞窟に入った。

 

少し奥で明かりが揺れている。

 

清四郎だ!

 

「清四郎!」

叫ぶと、悠理は明かりの方向に向かって迷わず走り出した。

 

「悠理!走るな!!!」

ヒュンと音がして、目の前を何かが通り過ぎた。

「伏せろ!」

 

辺りが真っ暗になって、悠理は床に叩きつけられ、背中に激しい痛みが走った。

 

 

 

*****

 

 

 

暗闇の中で、悠理の身体に重く何かが覆いかぶさっている。

 

「痛ってぇ〜」

悠理は痛みに耐えかね、起き上がろうとするが、身体を覆う何かが動くことを許さない。

 

やがて、荒い息と「うっ、」と呻く声を聞き、重い何かが、清四郎なのだと気付いた。

暗闇に目が慣れて来ると、清四郎と二人、洞窟の中に倒れているのだとわかった。

周りを見ると、数本の矢が落ちている。

 

罠だ!罠が仕掛けてあったのだと、悠理はやっと思い至る。

 

確か、マイタイでも何かを踏んだ拍子に反応し、襲ってきた。

「清四郎!」

慌てて、悠理は上半身を起こし、彼女を守るように巻きついている清四郎に声をかける。

「ゆう、り・・・・無事、か?」

途切れ途切れだが、清四郎の声が聞こえ、悠理は安堵に涙が込み上げた。

「あたいは大丈夫」

震える声で答えると、「良かった・・・・・」と聞こえ、身体にかかる重みが増した。

「清四郎!怪我したのはどこ?清四郎!!!」

悠理は大声を上げる。

どこかに落としたライターがあるはずだ。悠理は視力2.0の目で辺りを探した。

地面を這うようにさまようと、2メートルほど先に落ちていた。

慌てて拾い、清四郎を照らす。

清四郎は大きな呻き声を上げると、仰向きになった。

左脚に矢が刺さっている。

「大丈夫、脚だけだ。命に、関わるわけ、じゃない・・・・・」

「わかってるよ、そんなこと」

悠理は泣きながら答えた。

清四郎は左手で脚を抑えながら、上半身を起こした。

悠理は横で支えながら、清四郎の背中を壁に持たれかけさせる。

「お前医者の息子だろ。あたいがどうすればいいか教えろよ!矢は、このまますぐ抜かない方がいいんだよな?」

「良く、わかっているじゃないですか・・・・・」

清四郎は弱々しく笑った。

「近くにアルコールがあったんだ。清四郎、ちょっと待ってろ!」

「悠理!どこへ行く!走るな!」

「わかってる。すぐ戻るから!」

悠理は先ほど見つけた樽へと走った。

樽の傍で大きな葉を見つけると、清四郎に習った方法で素早く水入れを作った。

そこに酒を入るだけ入れる。

 

急いで清四郎の元に戻ると、「ちょっと目を瞑ってろ。止血が必要だろ?」と悠理は彼の目の前で着ていたTシャツを脱いだ。

清四郎は苦笑する。

「なかなか、いい目の保養だな」

「目を瞑ってろって!」

悠理は乱暴に清四郎の瞼に手を置くと「あたいの、ない胸なんか見たって面白くもなんともないだろ、お前は!」と怒鳴った。

清四郎は一瞬痛みを忘れる。

「いい麻酔薬だからこのままでいますよ」

「・・・・・・スケベ」

「何とでも」

悠理は先ほど持ってきた酒を清四郎に見せた。

「ここへ来る途中で見つけんたんだ。シェリー酒だけど消毒の代わりになるよな?」

「来る途中に?」と清四郎は驚いた。

「お前は前ばっかり見てるから見落とすんだよ」

悠理が言うと、「お前は食べ物や動物に気を取られて寄り道ばっかりしてるから、たまたま見つけたんでしょ」と言い返した。

 

二人でぶっと噴出す。

笑った拍子に痛みが走った。清四郎が顔をしかめると、早くやろう!と悠理が急かした。

「痛みに負けて泣くなよ。歯医者にでも行ったと思えばいいんだ」

「それ、慰めてくれているんですか?あいにく、虫歯はありません」

「口の減らない奴〜〜〜〜!」

ふくれる悠理に「悪かった」と清四郎は笑顔を向けると、真面目な顔をして告げた。

「悠理、一息で矢を抜いたら、すぐにアルコールを振りかけて、シャツで縛ってくれ。すぐにだ」

「わかった」

悠理も真剣な顔で答える。

「いち、に、の、さん!で、行くからな」

 

「悠理」

 

「何だよ!怖くなったのか?」

「いや、ちょっと耳を」

「へ?」

 

 

 

――― うまくいったら、もう一度お前のキスを。

 

 

 

******

 

 

 

「ば〜か」

悠理は、Tシャツを縛り、止血を終えると清四郎の髪を優しく梳く。

痛みは清四郎が思っていたよりもかなり強かったらしく、いち、に、のさん!で矢を抜いた後、彼は気絶してしまった。

 

 

火の起こし方は、悠理も知っている。

清四郎の手当てを済ませると、悠理は薪を拾いに洞窟の外へ出た。怪我をした彼を連れて小屋に戻るのは無理だし、今日はここで野宿をするしかない。

まだ日が高い内なら、薪を拾って、薬草と食べ物くらい探せる。

 

 

「これ、後で役に立ちそうだな」

悠理は、洞窟に戻ると火を起こし、落ちている矢を拾い始めた。

清四郎に刺さった矢は「記念品だよな、これは」と印をつけた。後で、また嫌味の10個やそこら聞かされそうだなと舌を出しつつ。

 

清四郎はまだ目覚めない。

それでも規則的な呼吸をしているし、出血がひどくなる様子もないことに悠理は安心した。

ただ、夜になって発熱したのか、額に大汗をかいていた。

「ごめんな、何にもしてやれなくて」

悠理は、清四郎の頭を膝に乗せ、大きな葉で風を送ってやることしかできなかった。

 

「お前、あたいを助ける時はいつも命がけだ」

涙がこみ上げる。

この島へ来る前だって、悠理はヤクザだ、マフィアだ、どこかの国の軍隊だと色々なトラブルに巻き込まれて来た。

その度に、いつも助けに来るのは、清四郎や魅録だ。

好きでもない奴に、命はかけられない。

遭難した船の上でも、必ず清四郎が来てくれると信じていた。

 

やっぱり馬鹿だ、あたい。

 

彼の愛がどれほどのものか、やっと気付いた。

自分が、どれほど彼を愛しているのかも。

 

 

「ありがと、清四郎」

 

――― あたいも、愛してる。

 

 

 

******

 

 

 

朝は賑やかだ。

鳥が鳴き、バサバサと森を飛び回る。

暗い洞窟の中にも、淡い光が差し込んだ。

清四郎は、暖かく、軟らかな感触に目を覚ました。

頬のすぐ横に悠理の白い腕。もう一度目を閉じて息を吸い込むと、ハイビスカスの香りがした。

彼女の匂いだ。

こんなに安らかな気持ちになるのは久しぶりだ。

彼女の腕をそっと持ち上げ、清四郎は静かに身を起こした。

くすぶる火の回りには、悠理が集めてきたであろうバナナや木の実が転がり、薬草もあった。

果物の皮ひとつ落ちていないところを見ると、眠っているこいつも、昨日は何も食べていないらしい。

相変わらず上半身は裸のまま。

このまま少し見ていたい気もしたが、目が覚めて煩くならない内に地面に横たえ、近くに落ちている葉で胸を隠した。

 

止血はうまく行ったようで、痛みもそれほど強くはない。

清四郎は自らの手で止血の為に巻いたシャツを解くと、傷口に薬草をかぶせ、再びシャツを巻き直した。

手当てが済むと、今度は悠理がしていたように、清四郎の膝の上に彼女の頭を乗せてやる。

 

清四郎も、もう一度目を閉じた。

 

南国の心地良い風が、洞窟の中にも吹き込んだ。

 

二人を包みこむように。

 

 

 

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