3.

 

 

 

「これが中世の地図だがや」

白いパラソルの元、海風にあたりながらデッキで朝食を食べた後、万作が今にも破れそうな古い地図をテーブルの上に広げた。

太陽の形をしたマイタイ王国のように、南太平洋の真ん中に無数の島が点在している様子が描かれている。

「おじさんはどの辺りに財宝が隠されていると思うんです?この辺りは火山によって隆起した島も多いですからね。当時とは島の形が随分と違っているかもしれません」

清四郎は、現在の地図と見比べながら進んでいる航路を確認した。

「あたい、あんな思いをするのは二度とごめんだじょ」

悠理が、死の恐怖を味わいながら迷路を抜け、火山の噴火から危機一髪脱出したことを思い出して顔をしかめる。

「僕だってやだよ!」

美童も蒼白になった。

だが、二人のそんな泣き言も意に介せずといった様子で、万作が“うむ、うむ”と腕を組んで顎を揺らす。

「うーん。そういう土地だからこそ、海賊の隠れられる港が一杯あっただよ」

 

「海賊は一隻だけじゃなかったんでしょう、おじさん?」と魅録は聞いた。

「そんなに簡単に火山が爆発するとは思えないからいいけどな。こんなにたくさんの島からどうやってブツを探し出すんだ?目印でもないと、とても無理だろう。どの海賊がダイアモンドを盗ったかも問題だしな」

「そうねぇ。マイタイ王国で王冠を探した時みたいにメダルでもないのかしら?」

可憐、野梨子も地図を覗き込む。

「んだ。この辺りに昔海賊は山といただよ。だから地図の他にこんな資料ももらってきただ」

 

万作は一枚の絵を地図の上に広げた。

特徴のある山の下に髑髏が描かれている。

「これが、襲ってきた海賊の旗だがや。ケンブリッジ大学の図書館に資料があっただよ」

「そんなものがケンブリッジの図書館に?」

清四郎が聞くと、

「あそこには面白い資料が一杯あるだよ。古典的な伝説資料を探すにはもってこいだがや。海賊どころか山賊や吸血鬼、魔術に関する本までなんでも揃ってるだよ。世話になった教授に聞けば何でも教えてくれるだ」と万作は豪快に笑った。

 

“おじさんには、どうやってもかなわない”

万作のスケールの大きさに清四郎はまたも感心する。

数年前、剣菱をまかされた頃。

万作は腕と野生のカンだけでビジネスをし、剣菱という巨大な企業を動かしているのだと思っていた。 だが、付き合いが深まるにつれ、万作の幅広い人脈と懐の広い人格こそが剣菱の中核なのだと気づかされる。この男と張り合おうとした愚かな自分が恥ずかしく、さしもの鉄面皮も顔が赤らんだ。

「さ、さすがおじさん」と美童も赤面する清四郎の横で目を丸くする。

「広い人脈をお持ちですね」

清四郎が気を取り直して言うと、

「いや〜それほどでも」と照れつつ万作は、「清四郎君だって、色んなところに顔が利いてすごい奴だと悠理から聞いてるだよ」と彼の肩を叩いた。

「は?」

言われた言葉に一瞬呆気に取られ、横に座る悠理を見ると彼女はそっぽを向いた。

ほんのり頬を染めている。

嫌味な奴だの、いっつもあたいのこと馬鹿にしてぇ〜だの騒ぐ割りには、清四郎、清四郎とひっついてくる。そこに恋愛感情はなくとも、照れてそっぽを向いている彼女が可愛くて仕方なかった。何だかんだと頼りにされていると思うと、自然清四郎の頬も緩む。

誉めてくれた御礼に頭をポンポンと叩くと、照れ隠しの為か大きな声で「こ、この旗、ただの髑髏マークだけの旗よりカッコイイな」と突然立ち上がり指を差した。

 

それで全員の視線が旗に描かれた絵に集まる。

確かに海賊の旗には珍しく髑髏以外の絵が描かれていた。

 

悠理の頭に乗せた手をいきなり振り払われる形となった清四郎は、

「この旗に何か秘密があるんですか?特徴のある山が描かれていますが」

“まったく、落ち着きのない奴だな。座れ”と彼女を諭しながら万作に聞いた。

「手がかりはこの旗しかねーだよ。だから、これをマイタイのダイキリに送って見てもらっただ。そしたら、これは、昔この辺りで一番力を持っていた海賊の旗だと教えてくれただよ。この山はその海賊の象徴で、拠点として使っていた島のシンボルだがや。そこの洞窟に奪った宝を隠していただよ」

「な〜んだ。島を探すだけなら簡単じゃんか」

椅子にきちんと座り直した悠理が満面の笑みでポンと手を叩くと、清四郎は彼女の頭を今度は拳骨でコツンとやった。

 

「痛いな〜何すんだよっ!」

「そう、簡単には行きそうにないですよ」

「だよな」

魅録が、さっと髑髏マークの紙を避ける。

「地図を見てみろよ。どこにもそんな山らしきものはないぜ」

「あえて、地図には載っていないのでしょうね。海賊の拠点を知られては意味がない」

魅録と清四郎はじっと地図を見た。

 

「この辺りは、海流も複雑だと聞いているだよ。無数に島があるし、だから海賊の島が多かっただ。地図には載っていない島がきっとたくさんあるだよ」

万作も眉間に皺を寄せながら言う。

「手がかりがつかめない内は、適当に船を島々に向けてみるしかありませんね」

清四郎が言うと、

「すぐに見つからなければ、ダイキリんとこで休養させてもらうだ」 と万作が遠くを見据えて答えた。

「結構大変そうね」

「船酔いしないかしら」

可憐と野梨子も、不安そうに海へと目を向けた。

 

「マイタイには良い思い出がない・・・・・」

ぼやく美童の声は誰にも届かない。

美童の険しい表情に気づいた清四郎だけが、まあ、まあと慰めるように彼の肩を叩いた。

 

 

******

 

 

船を出航させてから、一週間が経っていた。

 

ニュージーランドで船を出航させて以来、波は穏やかで、交代で双眼鏡を使い、特徴のある山を探していた。時折、珊瑚礁の綺麗な浅瀬に来ると、船を停泊させてシュノーケリングをする。夕暮れ時になると男達はトローリングに夢中になり、夕食の席にカジキが登場したこともあった。朝日は眩しく、夕陽は壮大で、この一週間全員が海賊の島を探しながら楽しく船上生活を過ごしていた。

 

だが、昨日から波が高くなると、一転全員の疲労が濃くなった。

 

可憐、野梨子、美童は完全な船酔いで「気持ち悪い」と部屋から出ようとしない。

魅録はげっそりした顔で、甲板のデッキチェアに座っていた。

万作、清四郎、悠理はそれでも元気だったが、さすがに双眼鏡を覗く気にはなれない。

デッキチェアに座る魅録の前で、柵に凭れ海を見ていた万作が、「一旦、ダイキリんことで世話になるだか」と呟いた。

「ええ、そうして下さい」

万作の隣で海を眺めていた清四郎も同意した。

 

万作が、操舵室へ消えると、清四郎はデッキチェアに座る魅録の肩にそっと手を置いた。

「行くそうですよ」

魅録は、ああ、と短く頷いた。

 

しばらく無言でいたが、

「僕も、この旅で区切りをつけようと思っているんです」

清四郎がつぶやくと、「え?」 と、魅録が隣に立つ男を仰ぎ見た。

 

“悠理の気持ちを確かめてみたい。婚約をしていた当時の気持ちではなく、今、現在の”

清四郎は、そう思っていた。

目の前に準備された、さして面白くもない運命に流されれば、悠理と共に人生を歩む道は閉ざされる。清四郎の中に、旅をしている間ずっと諦めきれない焦燥の思いが渦巻いていた。他の女と付き合いながら、身勝手にも彼女を手放したくない思いが日ごと強くなっている。

大学に入ってからこうして仲間と過ごす時間は、旅行でもしない限り持てなくなっていた。

だからこそ、共に過ごす時間が長くなればなるほど、彼女の存在が胸に迫る。

 

もう一度、やり直しませんか?

婚約の前から。

 

そう告げたら、彼女は何と答えるだろう。

 

「おい・・・・・・」

魅録が困惑したように声をかける。

横に立つ男が何に区切りをつけようとしているのか皆目分からない、と言った表情の魅録に、清四郎は自嘲気味に微笑んだ。

「こんなことで自分が思い悩むようになるなんて、思ってもみませんでしたよ」

「・・・・・こんなことって、お前、何考えてんだ?」

魅録の問いは、賑やかな声に掻き消された。

 

 

ガタンっという派手な音と共にドアが開き、悠理が甲板へと飛び出してきたのだ。

「清四郎!魅録!マイタイ王国に行くんだって。懐かしいな!」

複雑な男の心情など知らず、悠理は、明るく清四郎に飛びついてきた。

「魅録ちゃん、チチと会えるぞ。男としてはどうすんだよぉ」

一瞬で清四郎から離れると、デッキチェアに座っている魅録にニタニタ笑いながら肘鉄を食らわせる。

「どうにもならねーよ!煩せぇな」

魅録は彼女からも清四郎からも顔を背けた。

 

「思いきってさぁ。日本に連れて帰っちゃえばいいんだよ」

悠理が言うと、魅録は振り返って目を吊り上げた。

「ア、アホ!!!」

「コラ、悠理!」

清四郎も思いあまって声を上げる。

すると悠理は「怒んなよぉ」とふてくされた。

「それとも、魅録がマイタイに残るとかさ。・・・・・時宗のおっちゃんは泣くだろうけど」

魅録の横で壁に凭れながら彼女は言った。

「無茶苦茶なこと言うなよな。できるわけないだろ、そんなこと」

魅録は言い返す。

「悠理!魅録の問題ですよ」

清四郎も口を挟んだ。

 

引きつる男二人を前に、突如悠理は壁を離れ、決然と二人に向き合った。

「お互い好きなら、国も身分も関係ないだろっ!だいたい、魅録は優しすぎるんだ!相手のことばっか考えてさ。あたい知ってんだぞ。マイタイから帰ってから、皆の前じゃ平気な顔してたくせに、一人になると深刻な顔して悩んでいたじゃんか!」

「なっ!」

図星を指されて、魅録は何も言い返せない。

清四郎は「悠理、気付いていたんですか・・・・・・」と驚いた。

 

「女はな、好きな人と結婚できればそれが一番なんだ。馬鹿なあたいだってそう思うんだから、チチだって他の女だって皆一緒だ!」

悠理が怒鳴ると魅録はカッと頭に血が上る。

「煩いな!恋をしたこともないガキのお前に言われたくないね!」

彼にしては珍しく、理性を失った売り言葉に買い言葉だった。

びくんっと悠理が身を強張らせた。

魅録が、しまった!という顔をしている。

 

沈黙の後。

大人気ない発言をした、と思った魅録も横でやり取りを見ていた清四郎も、悠理がいつものように、馬鹿にするな、と騒ぐと思っていた。

 

だが。

 

彼女は青ざめた顔をし「好きにしろよ」と言い残して、船内へ入るドアへと歩き出した。

「悠・・・・・・」

呼び止めようとドアまで追って行った清四郎は、肩にかけた手を弾かれたように離した。

 

彼女の目に涙が浮かんでいた。

 

初めて見る悠理の切なげな表情に、清四郎は胸が引きちぎられるような痛みを感じる。

何も言えなくなってしまった清四郎の前で、パタンとドアが閉まった。

清四郎はその場に立ち尽くした。

 

「・・・・・・あいつに、ひどいこと言っちまったな」

低い声に振り向くと、魅録が後ろに立ち、清四郎と同じように険しい顔をしていた。

「・・・・・そうですね。後で謝った方が良いでしょうね」

心ここにあらず、といったように清四郎はじっと悠理が消えたドアを見つめる。

「ああ、そうする。・・・・・けど」

魅録は言葉尻を濁した。

「・・・・・・けど、何です?」

 

「あいつとは長い付き合いだけど、あんな・・・・・あんな切ない顔の悠理初めてみたよ。今の今まであいつのこと女を思ってなかったけど、ひょっとしたら好きな奴でもいるのかな、なんてな。信じられねーけど、不器用なあいつが思いをぶつけられないような男がさ」

清四郎は何も答えられなかった。魅録と全く同じように感じていたからだ。そして、みっともなくもそのことにひどく動揺していた。

 

「船が向きを変えたみたいですね」

清四郎は、何事もなかったかのように振り返って海を見た。

動揺している姿を魅録にすら、知られたくはなかった。

 

魅録は、つられて夕陽の落ちる眩しい海に目を移す。

しばらく二人で黙って遠くを見ていたが、やがて魅録がぽつりと言った。

 

「悠理にちゃんと謝っとくよ。親友としては、あいつには幸せな恋をして欲しいって真剣に思ってんだ」

「・・・・・・ええ、そうですね。僕もそう思ってますよ」

清四郎は曖昧に頷く。

「チチとのことも、もう一度真剣に考えるさ。・・・・・まあ、お前が言うように、今度会ったらあの時と同じ気持ちになるのかわかんねーけどな」

魅録は照れ笑いをしながら清四郎をデッキに残し、船室へと帰って行った。

 

 

島へ向けて船が速度を上げ、風を受けて帆を開く。

 

 

猛烈な勢いで突き進む船に揺られていると、清四郎は、日頃冷静沈着を誇っている自分の仮面がはがれていくような気分になっていた。

 

悠理の思う男?

 

冷たい笑いがこみ上げる。悠理の心を奪う男が、どんな強い男であろうとかまわない。その男に奪われる前に、奪ってしまえ、と凶暴な思いが渦巻く。以前のような無理矢理婚約という儀式上のことだけでなく、女としての彼女が欲しいと清四郎の中の男が叫んでいた。

 

清四郎は首を振った。

 

もう一人の冷静な自分が「馬鹿なことはするな」と耳元で吹きかける。

清四郎とて、魅録と同じように悠理の幸せを一番に願っていた。

 

とにかく、あいつと話をしよう。

 

それでも、もう一度、目の前であの涙を見せられたら・・・・・・

「自信ないな」

清四郎は自嘲気味に笑うと、ひとりデッキを後にした。

 

 

 

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