「体温−7」
「悠理、あんた清四郎と連絡とってるの?」 五人は相も変わらずつるんでいた。 悠理が、三つ目のお弁当に手をかけたとき、可憐が突然言い出した。 「いや、別に。あたい連絡先聞いてないし。」 事もなげに言う悠理。 「なんでよ!!」 可憐は手にしていたティーカップをものすごい勢いでテーブルに置いた。
今や、清四郎と悠理の気持ちはメンバー全員が知っていた。 清四郎の「留学宣言」の翌日から、暫く悠理の目が真っ赤になっていたことで皆が気付いたのである。 「なんでって言われても・・・。アイツも別に言わなかったし。」 「あんたが訊けばよかったじゃない。」 「訊いてたとしても、あたいはアイツと連絡をとる気はないぞ。」 「なんでよ!」 野梨子と美童は可憐の剣幕に口を挟めずにいた。 だが、気持ちは可憐と同じだった。
悠理は、いつもと変わらない。 いつもと変わらないように振舞っている。 この半年ずっとそうだったのだ。 清四郎がいなくなって、悠理は悠理でなくなってしまった。 自分の感情を真っ直ぐぶつける悠理が、感情を押し殺している。 清四郎の名を一度も口にしない。 会いたいとも、淋しいとも言わない。 そして、気付けばどこか遠くを見ている。
「・・・アイツには、夢があるんだ。あたいらよりその夢を選んだ。何年かかっても絶対叶えたい夢なんだってさ。今頃その夢叶える為にめちゃくちゃ頑張ってるはずだろ。邪魔なんかできないよ。」 無理やり笑顔を作る悠理に可憐はなにも言えなかった。
「なぁ悠理。アイツ、何を勉強しに行ったのか、お前知ってるか?」 今まで黙っていた魅録が口を開いた。 「何って、医者になるための勉強だろ?おじちゃんの友達のトコ手伝うって言ってたし。」 その言葉で、美童、可憐、野梨子は顔を見合わせた。 「悠理、知らないの?」 「何を?」 「清四郎は経営学を学びに行ったんですのよ。」 「・・経営?」 「やっぱりアイツ、お前には言ってなかったんだな。」 魅録が溜息をつく。 「どういう事だよ。」 「俺、お前と清四郎があの日話してたの、実は聞いてたんだよ。」 「あの日って・・。」 「あいつが留学するっつった次の日。」 悠理の顔が一気に赤くなった。 「お、お、お前、あの時居たのか?どこに隠れてたんだよ!!」 「別に隠れてたわけじゃねーよ。って今はそんな事どーでもいいんだよ。」 「よくない!!」 「うるせー。とにかく聞け。あの時、清四郎はその夢に一回失敗してるって言ってただろ?」 「あ、あぁ、まぁな。」 「お前、あの清四郎が失敗したことってなんだと思う?」 「そんなモンあたいが知るワケないだろ!」 あの時も考えないわけじゃなかった。 あれほど自信に満ち溢れていた清四郎が、自分に自信を無くすほどの失敗。 だが、結局何も思いつかなかったのだ。 「お前だよ。」 「は?」 「こんなこと他人の口から言うことじゃないと思って今までみんな言わずにきたけどな。今のままのお前じゃ清四郎が戻ってきたとき、きっと悲しむと思ってさ。」 「は?お前何言ってんだ?」 悠理は魅録が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。 「清四郎は、悠理との婚約の時のことをずっと気にしてましたのよ。」 「えっ・・。」 「自分にあんなにも余裕がなくなるなんて思わなかったって。その所為で悠理に辛い思いをさせてしまったと言って。」 「だ、だってあれはとーちゃんとかーちゃんの所為だろ?確かに清四郎の性格からしたらああなるのは仕方なかったかも知れないけど、元はと言えばあの二人がわがまま言ったからなんだぞ。」 「それでも清四郎は自分が許せなかったんだよ。もっと自分に余裕があればあんな事にはならなかったってね。」 ―――な、なに言ってんだ……。 「悠理、もうわかっただろ?アイツが何の為にわざわざ留学してまで経営のことを勉強しに行ってるか。アイツの叶えたいものがなんなのか。」 「悠理が行ってもきっと邪魔なんかじゃないですわよ。」 「僕だったら嬉しいけどな。」 「みんな・・・。」 「これ、向こうの学校とあいつが今住んでるとこの住所だよ。」 魅録は一枚のメモを差し出した。 悠理の手がゆっくりとその紙に触れる。 「バーンと胸に飛び込んでらっしゃい!!」 可憐の言葉で、メモをひったくるようにして走り去った悠理を、四人はほっとした表情で見送った。
「・・・ねぇ、戻ってきたとき、清四郎手ぇ出してるかしら。」 「い、イヤですわ可憐たら、はしたない。」 野梨子が頬を染める。 「でもさ、好きな子と半年振りに会うんだよ、しかもお互いの気持ちは通じ合ってるんだし。」 「お前らなぁ・・・・。」
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