「体温−8」

 

 

 

悠理は剣菱の日本語が堪能な現地スタッフに清四郎が通う大学に連れてきて貰っていた。
校内が広いためスタッフの一人が清四郎と連絡が取れるようにと事務所まで行っている。
悠理はそれを、あの日の写真を手に車の中で待っていた。
「お嬢様、お待たせいたしました。どうやら菊正宗様は今日はもうコチラにはおられないようです。下宿されている、お父上のご友人のお宅へ車を回します。」
「わかった、頼むよ。」
悠理は逸る気持ちを押さえ、車窓から清四郎が住む町の風景を眺めた。

大学から車でもかなり時間のかかる場所にその家はあった。
「私が訊いて参りますので、お嬢様はコチラでお待ちください。」
「ううん、一緒に行くよ。」
悠理は車のドアを自ら開けるとその家へ向って歩き出した。
(あれ、潮の香り・・・?)

その家から出てきた老婦人は清四郎の母親を白髪にしたようなおっとりしたカンジの上品な女性だった。
「お嬢さま、菊正宗様は今日はまだお戻りではないそうです。お戻りになるまでコチラで待たせていただけるようですが。」
夫人はニコニコと笑っている。
だが悠理は後1箇所だけ行ってみたい所があった。
「ねぇ、おばちゃんにこの辺に海がないか訊いてよ。」
「海ですか?そういえば潮の香りがしますね。」
スタッフはそう言うと老婦人と話し出した。
「お嬢様、やはりこの近くに砂浜があるそうです。行ってみますか?」
「お願い!」
悠理は老婦人に笑顔で「ありがとう!」と手を振ると急いで車に戻った。
「セーシローもあんなかわいい彼女に想われて幸せね。」
老婦人は悠理の後姿にウインクした。


海岸沿いを車でゆっくり流す。
先に一台の車が止まっていた。
砂浜には懐かしい男の姿が。
「いた!!車止めて!」
悠理は乱暴に車のドアを開ける。
男はじっと海を見つめていた。
「ありがと、もうここでイイよ。」
スタッフに礼を言い、車を帰す。
悠理はゆっくりと砂浜へ降りて行った。

一歩一歩砂を踏みしめて近づいていく。
だんだん近くなる背中。
半年前までは毎日傍にいた男。
砂の音に男が振りかえった。
「ゆ・・うり・・?」

「よ、よぉ!久しぶりだな。」
我ながらかわいくないと思いながらも、ついいつもの調子で言ってしまう。
「これは夢か?どうしてここに悠理が・・。」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ!よく見ろよ、あたいは本物の悠理だ!」
(なんであたい怒鳴ってんだよ。これじゃ想像してた再会シーンと違うじゃないか・・。)
「ど・・・して・・。」
清四郎はまだ目の前の現実についていけないのか、その眼は揺れている。
「アイツらが・・・。」
「え?」
「アイツらが、その・・お前の、留学の理由・・・・。」
顔を赤らめながらボソボソと呟く。
清四郎はゆっくり悠理の顔に手を伸ばした。
その頬に触れ感触を確かめる。
悠理はその手を掴むと焦がれていたその温もりを確かめた。
「やっぱり清四郎の手、暖かい。」
「悠理。」
清四郎が悠理を抱き寄せた。
悠理も清四郎の背中に腕を回す。
「会いたかった、ずっと会いたかった・・・。」
悠理の頭に顔を埋め清四郎が呟いた。
「あたいも。ずっと会いたかった。」

「もっとよく顔を見せてください。」
清四郎が両手で悠理の顔を挟んだ。
「少し痩せましたか?」
「お前ほどじゃない。」
疲れが出ているのか清四郎の顔は少しやつれている様にも見えた。
「お前こそ、ちゃんとメシ食ってんのか?」
「悠理ほどじゃありませんけどね。」
相変わらずの会話にふたりして噴出す。
「よかった、全然変わってない。」
「お互い様ですよ。」
清四郎の顔が近づく。
悠理は静かに目を閉じた。


「・・・あと、四年待ってもらえませんか。四年経ったら必ず悠理の元へ戻ります。そして、おじさんとおばさんに悠理をくださいとお願いしに行きます。」
清四郎は悠理をきつく抱しめたまま、言った。
「とーちゃんと、かーちゃんのほうが先なのかよ。」
「悠理には帰ったらすぐ言いますよ。」
「今言ってくれないのか?」
「今の僕はまだ半年前の僕と一緒ですから。今から四年頑張って、悠理のこと迎えに行けるようになったらその時言います。だから、それまで他の誰からも言われないでくださいよ。」
「あたいを貰ってくれる人なんて、そうそういないんだろ?」
「それもそうですね。悠理は誰の手にも負えないですからね。僕以外は。」
「あたいもお前の手以外、嫌だ。」
「待っていてくれますか?」
「うん。だけどじっと待ってるのは嫌だ。」
「悠理?」
「だから、会いに来てもイイか?偶にでもイイ。もう、こんなに長く会えないのはヤダ。」
「僕もですよ。いつでも会いに来てください。いつでも待ってます。」


 


                                            

おわり

 

 

 

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