「体温−5」

 

 

 

「座りますか?」
何度目かの乗り換えで、今にも出そうな電車に行き先も確かめず乗りこんだふたり。
席はまばらに空いていた。
「ううん。イイ。立ってる。」
悠理は子供の様にドアから見える景色を楽しんでいた。
景色はだんだん町並みを離れていく。
それでも、悠理はなかなか降りるとは言わなかった。
「あ、せいしろー!ほら、海だ!!」
「ホントですねぇ。だんだん近くなっていくみたいですよ。」
「なぁ、海に行こう。もうちょっと近づいたら降りようぜ。」
「そうですね。冬の海も偶にはイイかもしれませんね。」
さらに二つの駅を通りすぎて、漸くふたりは電車を降りた。

潮の香りがする。
「やっぱり、海の傍は少し寒いですね。なにか暖かい物でも買ってきますよ。」
それまで繋いでいた手を離し、清四郎が売店へと走って行く。
悠理はその後姿を見送って、ついでにあたりを見まわした。
駅の周りはシーズンオフの所為かなんだか寂びれているような気がする。
人通りもまばらだ。
「お待たせ。」
清四郎が二本のコーヒーを手に戻ってきた。
「今飲みますか?」
「ううん、後でイイ。」
悠理は清四郎からコーヒーを一本受け取ると自分のコートのポケットに入れた。
「こうしてるとカイロみたいで暖かい。」
清四郎の顔を見上げて無邪気に笑う。
そして、どちらからともなく繋がれる手。
清四郎は繋いだ手を自分のコートのポケットに入れた。
「こうしてるともっと暖かいでしょ。」
「うん」

少し歩くと堤防の向こうに海が見えた。
悠理は清四郎のポケットから手を出すと、堤防を越え砂浜に走っていく。
「せーしろー!早く来いよーー!!」
清四郎は苦笑しながらゆっくりと悠理の後を追いかけた。
「う〜ん!やっぱり、海は気持ちいいなぁー!!」
追いついた清四郎に、大きく伸びをしながら悠理は言った。
「やっぱり夏とは全然雰囲気が違いますね。」
「でも、あたい冬の海も好きかも。初めて来たけどさ、なんかイイよ。」
「意外ですね、悠理がそんな事言うなんて。」
「なんだよー!あたいだって感傷ってモンちゃんとあるんだぞ。」
「ほー!よくそんな言葉知ってましたね。」
「あー!またお前あたいの事バカにしてるだろ!!」
殴りかかろうとする悠理をあっさりかわしながら、清四郎は波打ち際まで歩いた。

「ねぇ悠理?」
「なんだよ。」
憮然とした声で返事を返す。
「この海、どこに繋がってるか知ってます?」
清四郎が突然そんな事を言い出した。
「この海?それぐらいあたいだって知ってるぞ。太平洋だろ?そんでアメリカとかハワイに行くんだ。」
「・・・海は、世界中と繋がってるんですよ。」
「どうしたんだ、急に?」
悠理の問いには答えず、その頭をぽんぽんと撫でた。
「ほら、悠理、犬ですよ。大きな犬。悠理ああいうの好きでしょ。」
悠理の頭越しに大きな犬を散歩させている少年が見えた。
「犬?」
悠理は、はぐらかされたと思った。
だが、振りかえってその犬を見るとつい走りよってしまった。
「うっわーお前ホント大きいなぁー!!」
犬好きなのがわかるのかその大きな犬は悠理にじゃれついている。
飼い主の少年はしきりにリードを引っ張っていたのだが、あまりにも悠理が楽しそうなので諦めて一緒に遊び出した。
清四郎はそんな悠理を少し離れたところから眺めていた。
そして、思い出した様にポケットからカメラを取り出した。
先ほどコーヒーを買ったときにレジの横にあった使い捨ての小さなカメラ。
そのカメラで、無邪気に笑う悠理を撮り続けた。

後少しでフィルムを使い切ろうという頃、漸く悠理がカメラに気付いた。
「あー!!お前なんでカメラなんて持ってんだよ!!今まであたいのこと撮ってたのか!?」
「さっきコーヒーを買うついでに買ったんですよ。悠理があんまり子供みたいなんでついね。」
「どうせ、変な顔ばっか撮ってたんだろ!」
「そんな事無いですよ。」
てっきりそうだと言われると思っていた悠理は、清四郎の思ってもみなかった言葉になんだか顔が赤くなるのを感じた。
「と、とにかくそのカメラあたいによこせ!あたいが現像してチェックするから!!」
急に照れくさくなって清四郎の手からカメラを奪い取る。
「ちゃんと、写真見せてくださいよ。ホントに変なトコなんか撮ってませんから。」
ふたりのやり取りを見ていた少年が、可笑しそうに笑い出した。
「お姉ちゃん別に変な顔なんてしてなかったよ。そんなムキになんなくても。」
「べ、別にあたいはムキになんかなってないぞ。」
「なってるよ、ねぇ、お兄ちゃん。」
「ですよね。もうちょっと僕の事信用してくださいよ。」
「できるか!」
ふんっと横を向く悠理に清四郎と少年は顔を見合わせて笑った。
「ねぇ、お姉ちゃん。そのカメラまだフィルム残ってるんでしょ。僕ふたり一緒のトコ撮ってあげるよ。」
「べ、別にあたいは、清四郎となんか撮ってもらわなくてもイイよ。」
「そんな事言わないで撮ってもらいましょうよ。さ、ほら。」
清四郎は悠理を促すと、カメラを構える少年の前に立った。
「ねぇ、お姉ちゃん、もっとお兄ちゃんの傍によってよ。」
「悠理。」
「し、仕方ねーなー。」
悠理は心なしか赤い顔をしながら清四郎の傍に寄った。
清四郎は悠理の手を取ると、またポケットの中に入れた。
悠理が思わず清四郎の顔を見上げる。
清四郎は優しく見つめ返し、カメラに目を向けた。
悠理もそれに倣ってカメラを向く。
少年の指がシャッターに触れた。

 

 

 

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