「体温−4」
悠理は自室に戻ると、またソファに突っ伏した。 傍に放り投げていたカバンを引き寄せる。 その中から、昨日から入れっぱなしの写真屋の袋を取り出した。 清四郎にはまだ現像に出していないといった写真。 本当は昨日見せるつもりだった。 清四郎があんな事を言うまでは。 一枚一枚、あの日の事を思い出しながら写真を見ていく。 そこには、つい四日前までのなにも知らない自分が映っていた。
「悠理!」 新宿で買い物中、日曜日の込み合った街でも聞き分けられるぐらい耳に馴染んだ声が自分を呼んだ。 振り返ると、黒いコートに身を包んだ清四郎が白い息を吐きながら駆け寄ってくる。
「清四郎、お前も買い物か?」 「いいえ、ちょっと用事がありましてね。悠理は買い物ですか。」 「あぁ、可憐も野梨子も用事があるって言うからさ。家にいてもつまんないし。・・・なぁ、その用事もう終ったのか?」 何かを思い付いたような顔。 「えぇ。」 「じゃぁさ、これからどっか行こうぜ!」 「どこかって、どこに行くんですか?」 「う〜ん、そうだな。」 道の真ん中で考え込む悠理は先ほどから通行人に何度もぶつかりそうになっている。 ぶつからない様にいちいち庇っていた清四郎は、悠理の手をひくと、道路の端へとつれて行った。 「あんな所で突っ立ってたら危ないですよ。」 「あたい電車に乗りたい!」 「は?人の話聞いてます?」 「電車!」 ちっとも話を聞いていない悠理に、清四郎は溜息をついた。 「はぁ〜、電車ですか?」 「あぁ、あたい普通の電車って乗った事ないんだ。」 「旅行に行ったらいつも乗るじゃないですか。」 「あー言うんじゃなくてさ。あたいいっつも車だろ?だから東京の電車って乗った事ないんだ。」 「電車なんてどこも同じだと思うんですけどね。」 清四郎が呆れた様に言う。 「いいじゃん、とにかく電車に乗ろう。」 悠理は清四郎の手を掴むと、駅の方へ歩き出した。
「で、どこに行きます?」 ふたりは切符売り場の前で路線の描いてある運賃表を見上げていた。 「どこにしよっかなぁ〜。」 まるで、その駅一つ一つに宝物でもあるのかのように悠理は行き先を選んでいる。 清四郎はそんな悠理を、目を細めて見つめていた。
「どこがどこだかさっぱりわかんない。」 普段乗らないだけに、駅名を見てもピンとこないようだった。 「じゃぁ、適当に切符を買って、適当な駅で降りるっていうのはどうですか。」 「それ、いいな。おもしろそう。」 適当な値段の切符を買ったふたりは、適当なホームへと上がる。 ふたりは人ごみではぐれない様にしっかりと手を繋いでいた。 普段なら絶対照れてしないようなそれも、今のふたりには別段不自然な事ではなかった。
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