「体温−3」

 

 

「この間の写真、もう現像したんですか?」
「・・・ううん。まだ。」
「そうですか。出発する前にくださいね。向こうに持っていきますから。」
「あぁ。」

翌日の放課後、清四郎と悠理は生徒会室にふたりでいた。
可憐が変な気をまわしたようで、その場にいなかった魅録以外の二人を買い物へと誘ったのだ。

「・・・・昨日は、助かりましたよ。」
「別に。だって、本当の事だろ。イギリスなんて飛行機ですぐだし。」
「・・・そう、ですね。」 
冬の夕暮れは早く、夕日が差し込んだ部屋はお互いの表情を都合よく隠してくれる。

「なんで・・、あの時言ってくれなかったんだ?あの時はもう決めてたんだろ?あたいに言えば、みんなに言うと思ったのか?」
「あの時は・・。」
「それとも・・・。」
清四郎は次の言葉を待った。
「それとも、あたいが止めるとでも思ったのか?」
その声は、いつもの悠理の声に似ていた。
だが、夕日に反射した光がいつもの声ではない事を証明していた。

「悠理・・。」
「止めるわけないじゃん・・たかがイギリスに留学するぐらい。会おうと思えばすぐに会えるんだし。大体あたいが行くななんて止める権利もないしな。」
悠理が鼻をすする。
「っはぁ〜。後、三週間かぁ・・。なぁ、なんで留学しようと思ったんだよ?」
ことさら明るい声で訊く。
きっとその表情も笑顔なのだろう。

「自分に、自信をつけるためですよ。」
「はぁ〜?自信?お前が?これ以上?」
「なんですか?何かおかしいですか?」
声だけでむっとしているのがわかる。
悠理は清四郎の意外な言葉に、可笑しくなってきた。
「今でも十分自信たっぷりじゃないか。これ以上自信つけてどうする気だよ。」
「確かにね。今までの僕は自分に自信がありましたよ。」
「自分で言うなよ。」
「だけど、やってみたい事ができたんです。そうしたら、今の自分じゃ無理なことに気付いた。だから、自分を鍛えに行くんです。その目標にチャレンジできる様に。」
「やってみたい事?そんなに難しい事なのか?」
「えぇ、過去に一度失敗してるんですよ。」
その声はとても切なげに聞こえた。

悠理は清四郎に近づくとその手を取った。
「握手しようぜ。」
「握手?」
「そう、握手。約束の握手。お前はあたいらよりその夢を選んだんだからな、めーいっぱい自信をつけて、絶対その夢叶えろよ。」
「悠理・・。」
「あたい、お前がその夢叶えられるぐらいの自信つけて帰ってくるの待ってるからな。」
「何年かかるかわかりませんよ。」
「・・う〜ん、じゃぁそん時はもしかしたらあたいも結婚して子供とかいるかもしれないな。」
悪戯っぽく笑う。
「悠理が結婚ですか?」
「なんだよ、おかしいかよ。」
「いえ・・。」
「だって、何年かかるかわかんないだろ?そしたらあたいだって、結婚ぐらいしてるかもしれないじゃないか。」
「悠理を貰ってくれる人なんて、そうそういるとも思えませんけどね。」
「なんだよ、それ!」
同時に噴出す。
清四郎は悠理の手を引くと抱きしめた。
悠理もおとなしく抱かれている。
「頑張ってこいよ。応援してるからな。」
「ありがとう。」


まだやっておくことがあるからと、一緒に帰ろうとする悠理を先に帰した清四郎はいつもみんなが集まる大きなテーブルに腰掛けた。
「いいですよ、もう。出てきても。」
その言葉で、部屋の隅に置いてある仕切りの向こうから魅録が姿を現した。
「いつから、気付いてたんだよ。」
気まずさを隠すためかぶっきらぼうな言い方である。
「この部屋に入ってきた時からですかね。なんとなく気配で・・。あんまり静かなんで寝てると思ってたんですよ。」
「悪かったな。起きてて。」
清四郎はクスリと笑うと首を振った。

 

 

 

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