2.
―――――――― 二日目。
二日目の午前中は、宿泊施設に併設する体育館で、バレーボール大会が行われた。 昨日の疲れも何のその、生徒たちは元気いっぱいにコートを動き回っている。
二面あるコートは、それぞれ男子と女子の試合が行われていた。 男子のコートでは、悠理と同じクラスの男子たちが試合を行っている。 つまり―― 清四郎が出場している試合が。
清四郎は、長身とジャンプ力を生かして、次々と相手コートにアタックを決めている。 彼が打ったボールがコートにぶつかって激しい音を立てるたび、観客席からどよめきが起こる。元々から、彼はひと目を惹きつける。その彼がアタックを決めているのだから、皆の視線が集中しないわけがないのだ。
男子だけでなく、女子の歓声までもが清四郎に集中しているのが、何となく気に喰わない。悠理だって、コートに立てば、清四郎より声援を貰えるのに。 悠理は膝に頬を埋めて、上目遣いで清四郎を睨んだ。 「・・・カッコつけ野郎。」 小声で呟いたから、もちろん清四郎に聞こえるはずもなく、彼はまた相手コートにアタックを決めた。
悠理の隣には可憐が、その隣には野梨子がいた。 二人は揃って清四郎に声援を送り、彼がアタックを決めるたびに、一緒に拍手をして盛り上がっている。 清四郎はアタックを決めるだけ決めると、他の男子と選手交代した。途端に、女子の間から残念そうな溜息が漏れる。 一緒のクラスになって、ようやく分かった。清四郎は、勉強だけでなく、スポーツも完璧に出来て、そのうえ顔も整っているから、女子に人気があるのだ。
コートを出た清四郎は、何故か悠理の隣に座った。 一瞬、皆の視線が悠理に集中し、清四郎に話しかけ辛くなる。悠理は清四郎を見ないように、コート上のクラスメイトに声援を送った。
清四郎が退いたため、大差で勝っていたのに、相手クラスとの点差がどんどん縮まっていく。清四郎が再出場すればいいだけの話だが、そこは義務教育の哀しさ、生徒である以上、教師が決めたルールには逆らえない。 点差はあっという間に縮まり、最後にはとうとう追い抜かれてしまった。相手クラスから大きな歓声が上がるのと反対に、悠理のクラスは意気消沈した。あからさまな落胆の声が、コートを囲む生徒たちから上がる。
可憐が異変に気づいたのは、そのときだった。 「野梨子?やだ、真っ青じゃない!」 傍にいた皆の眼が、いっせいに野梨子へ注がれた。
野梨子は、真っ青な顔で、脂汗を掻いていた。
悠理はすぐに野梨子に駆け寄った。野梨子は青い顔で、壁に凭れかかっている。 「野梨子!大丈夫!?」 可憐が野梨子に声をかける。だが、野梨子は微かに頭を左右に振るだけで、言葉を発しようとしない。 「先生!野梨子が!」 可憐が教師に向かって叫ぶ。
しかし、教師より早く、清四郎が野梨子を抱き寄せた。
野梨子は安心したように、清四郎の肩に頭を預けた。 「清四郎・・・」 野梨子の顔は青白い。元から透き通るように色が白いので、血の気が失せると、まるで本物の人形のようだ。 「昨夜から、ほとんど食事を摂っていないのでしょう?普段より運動をするのに、食事をしないから、貧血を起こすんです。」 「分かってはいますけど、食欲がなくて・・・」 起き上がろうとする野梨子を、清四郎が手で制した。 「しばらく休んだほうがいい。可憐、野梨子を救護室に連れて行きますから、一緒にきてください。」 「え?ええ。」 可憐は戸惑いながらも頷き、野梨子と自分のタオルを持って、立ち上がった。
悠理がぼうっとしている間に、野梨子は清四郎の背に担がれ、可憐とともに体育館を出て行った。 教師のほうも、清四郎のてきぱきした動作に手出しすら出来ず、呆気にとられて三人の後姿を見送っている。
何故だろう? 胸の奥が、きゅう、と痛む。 友達が大変なときに、何もできなかったから? 自分の無能さを、思い知ったから?
よくは分からないけれど、胸の痛みは、確かに存在した。
悠理は立ち尽くしたまま、胸が痛むあたりを、ぎゅっと握った。
幼い心は、萌芽したばかりの感情に、気づきもしない。
|
Material by ivory さま