5.

 

 

街から松飾りが消え、しばらくもしないうちに、そこかしこにハートのデコレーショ
ンが現われはじめた。
それは、二月に入ると、街だけでなく、雑誌やテレビにまで広がり、今や大衆の頭の
中まで、ハートのマークでいっぱいになっていた。

そして、今日。
清四郎は、カカオの甘い匂いにうんざりしながら、テーブルを占拠するギフトボック
スの山を眺めていた。

色とりどりの山の向こうでは、美童が、ほくほく顔で、紙袋にチョコの箱を詰めてい
る。その隣では、魅録がばつの悪そうな顔をして、野梨子の様子を窺っていた。
可憐は、二時間刻みで相手が変わるデートに備え、今日は昼で早退している。野梨子
はそれを話題に取り上げて、学生の本分は勉学なのに、と、嘆いているが、彼女の学
生鞄にも、魅録用のチョコが隠されているのを、清四郎は知っていた。

美童も、デートで忙しいとかで、早々に紙袋を両手にぶら下げて帰っていった。
四人が残った室内に、何となく微妙な空気が漂う。
清四郎は、さり気なく本を閉じ、帰り支度をしながら、野梨子に話しかけた。
「野梨子、すみません。今日は父のお使いで、銀座まで行かなくてはならないんです
よ。魅録、申し訳ありませんが、野梨子を家まで送ってくれませんか?」
「お、おう!分かった!」
魅録は上擦った声で答えると、野梨子を振り返った。野梨子は小さく苦笑しながら、
ではお先に、と一礼して、魅録とともに、生徒会室から出ていった。

後に残されたのは、清四郎と、悠理だけだ。
清四郎は、一心不乱にチョコを食い漁る悠理を見た。
「・・・なに?」
悠理はチョコを頬張りながら、不機嫌そうに尋ねてきた。
「別に何でもありません。」
「あ、そう。」
あっさりとした返事をして、悠理はふたたびチョコ漁りに没頭した。
その姿を眺めながら、清四郎は、小さく溜息を吐いた。

悠理は、チョコに限らず、食物全般は貰うものであって、決して他人に贈るものとは
思っていないし、それを公言して憚らない。清四郎とて、相手が誰であろうと、念が
籠もっていそうな食物を貰うなど、なるべくなら遠慮したいほうである。

なのに、落胆している自分が、確かに、そこにいた。


悠理は、清四郎が贈ったマフラーを、一度たりとも学校にしてこなかった。
そして、清四郎は、それについて尋ねようとはしなかった。

二人の関係は、あくまでセックスを楽しむだけの仲であって、それ以上でも、以下で
もない。だから、何かを望むほうが、間違っているのだ。
そう、悠理に何かを望んではいけないのだと、分かってはいるけれど。


清四郎が、チョコを食い漁る悠理を眺めていると、彼女がふいに顔を上げた。
「なに見ているんだよ?あたいがチョコを食べている姿が、そんなに面白いのか?そ
れとも、お前もチョコが食べたいのか?」

邪気のない言葉。
だが、それが清四郎を苛立たせた。

「ええ・・・とても、食べたいです。」
清四郎は、低い声でそう答えると、大股で悠理に近づき、彼女の制服に手をかけた。

乱暴に上着とブラウスを脱がせる。
「ちょっと待ってよ、今、腹が減っているんだから!」
叫ぶ彼女を無視して、ブラを引き下ろし、淡いチョコレート色をした乳輪を嘗め回し
た。
愛撫に慣れた乳首が、すぐに膨らんできて、清四郎の舌を押し返す。
「・・・せいしろ・・・鍵、閉めてよ・・・」
「どうしてです?僕は、チョコレートを食べているだけですよ。」
意地悪く答えて、尖った乳首を吸う。
悠理の羞恥を煽るよう、わざと大きな音を立てながら。
ぷっくりと膨らんだところで、吸うのを止めて、今度は指の腹を使って捏ねる。
「あ、あん・・・」
甘い喘ぎが漏れるとともに、悠理の手から、食べかけのチョコが滑り落ちた。

赤い先端を、こりこりと回しながら、浅い息を吐くくちびるに、軽いキスを落とす。
「悠理のここは、ストロベリーチョコですね。いや、それともピンクのナッツか
な?」
悠理が嫌がるよう、わざと、尖った乳首に顔を近づけ、しげしげと眺めてやる。
「や・・・」
「どちらにしても、淫乱な色をしているのに違いはありませんね。」
言葉で苛めながら、乳首を弄り回していると、悠理がもぞもぞと足を擦り合わせはじ
めた。
「・・・お願い・・・鍵、閉めて・・・」
懇願する瞳は、熱く潤んでいた。
きっと、彼女の下着は、すでにべっとり濡れているだろう。そのくらい、スカートの
中に手を入れなくても、容易に予想がついた。
「やれやれ、仕方ありませんね。」
清四郎は、肩を竦めてから大仰な仕草で立ち上がり、ドアにしっかり鍵を閉めた。


愛と感謝を称える、バレンタインデイ。
そんな日など、世界から消滅してしまえと思いながら、清四郎は、腹の上で淫らなダ
ンスを踊る悠理を眺めていた。
淡いチョコレート色をした彼女の乳首を、しつこいほどに舌で転がし、味わいなが
ら。



夕暮れが過ぎ、宵闇が満ちた道を、二人は並んで歩いていた。
「お前がしつこく弄るから、胸の先が、まだじんじんするぞ。」
悠理が恨めしげに清四郎を見上げ、コートの上から自分の胸を擦った。
「それは申し訳ありませんね。」
清四郎はそれを一瞥し、大股で先に進んだ。
「待ってよ!」
小走りで悠理が追いかけてきた。
追いつくと、清四郎のコートの袖を掴んで、少し後ろをトコトコとついてくる。

歩きながら、ちらりと振り返り、悠理の様子を確かめてみる。
悠理は、嬉しそうに頬を緩ませて、清四郎のあとをついてきていた。

そんな彼女を見たら、どういうわけか、原因不明の気鬱が、ずいぶんと回復した。
清四郎は、歩くスピードを少し落とし、星が瞬きはじめた空を見上げて、微かに、ほ
んの微かに、笑んだ。


「清四郎、ちょっと止まって。」
歩いている最中、悠理が、清四郎の袖を引いた。
何事かと立ち止まると、悠理は、待ってて、と言い、ジュースの自動販売機に駆け
寄った。
「いっぱい汗かいたから、咽喉が渇いてさ。」
戻ってきた悠理が手渡したのは、缶のウーロン茶。
清四郎は、礼を言って、それを受け取った。

今度は、二人並んで歩き出す。
それぞれに、手にした飲み物を飲みながら。
幹線道路に面した公園を横切れば、間もなく剣菱邸の嫌になるほど長い塀が見えてく
る。

「清四郎。」
公園の中ほどで、悠理に袖を引かれ、清四郎は立ち止まった。

振り返るより早く、首に悠理の手が巻きつき、キスされていた。

くちびるの隙間から、甘くて香ばしい液体が流れ込んでくる。
その正体が何か理解する前に、悠理のくちびるは離れていた。

「もの欲しそうな顔していたから、お情けでくれてやるよ!じゃあな!」
そう言って駆け出した悠理を、追いかけもせず、清四郎は、その場に立ち尽くしてい
た。

口の中に残る、香ばしい甘み。
清四郎は、緩む口元を手で押さえ、悠理が消えた闇を見つめて、呟いた。

「・・・こんなもの、バレンタインチョコのうちに入りませんよ・・・」

口から出る悪態も、ココアの甘い芳香に包まれていた。



*********************



卒業を間近に控えた三年生の登校は、午前中のみとなった。

あの夕立から半年が経ったが、清四郎と悠理は、相変わらず、快楽を分かち合ってい
た。


今日は、三年生を交えての、最後の全校集会が行われる。
私立には、公立のように、教諭の異動はないが、依願退職や定年退職、新規雇用はあ
る。今日の集会は、去る者、来る者の紹介を理由とした、卒業する三年生には大して
意味のない学校行事だった。

集会の放送が入り、清四郎を含む生徒の全員が、講堂へと向かった。
その途中、清四郎は、ある光景を目撃してしまい、酷く嫌な気分に陥った。

廊下の途中で、悠理が若い男性教諭とふたりではしゃいでいたのだ。

男性教諭は、体育の授業を受け持っており、成績が低迷しっぱなしの悠理にとって、
気安く喋られる、数少ない教員のひとりだった。

悠理は、教諭の肩を叩いて、楽しげに笑っている。
教諭のほうも、悠理の顔に自分の顔を寄せて、お道化た仕草で笑っていた。

清四郎は、二人から少し離れた場所で立ち止まった。
講堂へと向かう生徒が、清四郎の肩にぶつかり、謝りながら先へと進んでいく。
悠理が清四郎に気づき、明るい笑顔を見せた。
それを機に、教諭はその場を去っていったが、最後に手を上げて、悠理に合図を送っ
た。
理由は分からないが、腹の底に、暗い怒りが湧く。

「清四郎!」
悠理は教諭に手を振り返してから、無邪気な笑顔で駆け寄ってきた。
清四郎は、その手を掴み、人波に逆らって、靴箱が並ぶ昇降口に悠理を引き摺り込ん
だ。
「何すんだよ!?」
いきなり引き摺られ、怒った悠理は、清四郎の手を振り払った。
が、清四郎は、その手をふたたび掴み、昇降口にある観音開きの扉と、巨大な靴箱が
重なった暗がりへと、強引に悠理を連れ込んだ。

すぐ前の廊下を、数多の生徒が通り過ぎていく。
二人がいる場所は、廊下からは死角になっているが、数メートル先を大勢の生徒が歩
いているのには違いない。
清四郎の腕の中で、悠理が必死にもがいている。成績不良の彼女でも、何をされるの
か、すぐに分かったのだろう。

だが、清四郎に、悠理を逃がす気はさらさらなかった。

数え切れない足音を聞きながら、無言で悠理のスカートを捲り上げる。
「やだ・・・っ!」
悠理がスカートを両手で押さえる。
そこを背後から抱え込み、膝を使って彼女の脚を割ると、素早く下着の中に手を入れ
た。
赤い蕾を指の腹で擽ると、清四郎に慣らされた身体は、すぐに弛緩した。

数多の足音が消え去るまで、無言のまま、下着の中で、赤い蕾を丹念に愛撫する。
悠理は懸命に声を殺しているが、清四郎の掌はすでにびしょ濡れだ。

周囲が無音になったのを確かめて、悠理を靴箱の側面に押しつける。
愛液が滲みて光るタイツを下着ごと脱がし、右足を傘立ての上に乗せさせる。
足元に跪き、スカートを捲り上げても、悠理は抵抗しない。
片足を上げているため、薄暗がりの中にも、悠理の秘所ははっきりと見て取れた。

清四郎は、躊躇いもなく、濃厚な女の匂いを放つ部分に顔を埋めた。
「あああ・・・んっ!!」
悠理が甘ったるい声を漏らして、身体を強張らせる。
清四郎は、二本の指で狭い体内を擦り、舌を尖らせて、熟れて膨らんだ蕾を丹念に舐
めた。
愛撫に合わせて、次々と蜜が溢れてくる。それを残らず吸い上げ、飲み干すと、悠理
は涙を流して悦んだ。

悠理の息が、荒く、細くなってきた。
間もなく達するという、明確なサインだ。
清四郎は、そこで指を抜き、舌を引っ込めた。

「・・・なんで?」
涙目で訴える悠理を見つめながら立ち上がり、頬を歪めて微笑んだ。
「次は、悠理の番ですよ。」
微笑みながら、悠理の手を、熱く猛った部分に導く。
しかし、悠理は、キョロキョロと辺りを見回し、今さら照れる必要もないほど繰り返
してきた行為に、戸惑いを見せている。
「どうしました?もしかして、あの、にやけた体育教師が悠理を探しに来るのを心配
しているのですか?」
「何を言っているんだ、おまえ?」
最初、悠理はきょとんとしていたが、いきなり嬉しげに顔を綻ばせ、上目遣いで探る
ように清四郎を見つめた。
「あのセンコーとは、駅前の大食いカレー屋の話をしていただけだよ。清四郎も知っ
ているだろ?激辛カレーを1キロ食べ切ったら、タダになるって店。」
「大食いカレーの話題をするのに、あんなに接近する必要があるのですか?それより
も、するのですか?しないのですか?」
清四郎は、不機嫌な声を出して、悠理に迫った。
「もちろん、するよ。」
悠理は笑顔のまま、清四郎の足元に屈んで、ズボンの金具を外した。


慣れた舌が、清四郎の欲望を包んで、蠢く。
上顎へ押しつけるように舌を使い、すぼめた口で、上手に扱く。
清四郎は、柔らかな髪に手を置き、眼を閉じて、快感に身を委ねた。
「清四郎・・・気持ちいい?」
「ええ・・・とても・・・」
うわずった声で答えてから、うっすらと眼を開ける。

開いた扉から差す日光に、白い埃が宙を舞う様が、照らし出されている。
良家の子女が通う学園とはいえ、やはり昇降口は綺麗と言い難い場所だ。
品行方正な生徒会長が、その物陰で、靴箱に背を預けて、淫行に耽っているなど、誰
が想像するだろう?

下半身に、びりびりと痺れが走った。
「悠理・・・もういい。」
清四郎が苦しげに言葉を漏らすと、悠理はすぐに立ち上がった。
そして、清四郎に抱きついて、自分から壁に凭れた。

「今日は、清四郎の顔を見ながら・・・したい。」

願いを叶えてやったつもりはないが、清四郎は、悠理と向き合うかたちで、猛り狂う
分身を、熱く蕩けた部分に埋めた。

「・・・せいしろ・・・教えて・・・」
悠理が喘ぎながら質問してきた。
「・・・どうして、急に、やる気になった、の・・・?」
清四郎は、悠理の腰を掴んで引き寄せ、深く挿入した男の根を、緩く円を描くように
動かした。男の動きに合わせて、女の口から漏れる喘ぎが、さらなる熱を帯びる。
荒い息を首筋に感じながら、清四郎は、低い囁きで、彼女に答えた。
「悠理を見るだけで、やりたくなる。それだけですよ。」
「・・・意地っ張り・・・」

甘い喘ぎとともに漏れた言葉が、何を意味しているのか、清四郎には、分からない。
ただ、今は、場所など構わず悠理を突き上げて、その身体に、快楽を覚え込ませたの
が誰なのか、改めて思い知らせてやりたかった。
繋いだ秘所から、清四郎の苛立ちを、伝えたかった。


靴箱が並ぶ昇降口に、摩擦に伴う水音と、微かな喘ぎが、静かに響いた。

二人が学園を去るまで、あと十日と少ししかない。
 
 
 

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