4.

 

 

世間は、すっかりクリスマスムードに包まれている。
商業主義に踊らされていると分かっていても、浮かれ気分はどうしようもない。
剣菱家でも、例年通り、大規模なクリスマスパーティが催されることになっていた。

だが、開催されるのは、12月23日。イブは、屋敷の使用人たちも、大事なひとと
過ごしたいであろうという、万作の粋な計らいで、一日繰り上げて行うことになった
のだ。
なるほど、これならば、招待客もイブは大事なひとと過ごせる。祭好きで、人情家の
万作らしい配慮である。
そして、万作は、愛娘の親友である清四郎たちにも、パーティに参加するよう声をか
けてくれていた。

清四郎は、その日を前に、悩んでいた。
悠理に特別なプレゼントをすべきかどうか、判断つきかねていたのだ。

二人が、関係を持って、四ヶ月。
だが、その関係は、享楽を共にするだけのもので、決して恋愛関係ではない。
いくら身体を重ねようが、悠理に愛を囁いたことはないし、悠理もまた、清四郎に愛
を語ったことはない。
つまり、クリスマスプレゼントを贈るような間柄ではないのだ。

なのに、クリスマスソングが流れる街を通ると、何故か、悠理へのプレゼントを探し
てしまう。
悠理の滑らかな素肌に映えるような、アクセサリー。元気な彼女に似合う、バッグや
帽子。気が遠くなるほどの資産家である彼女が、こんなもので喜ぶはずはないと分
かっていても、つい探してしまうのだ。

結局は、仲間全員に贈る予定の、洒落た装丁のフォトアルバムだけを買い、他に特別
なものは何も準備しなかった。だが、それもまた後ろめたくて、考えれば考えるほ
ど、気が滅入った。


そして、当日。
悠理は、珍しく、愛らしいワンピース姿で迎えてくれた。
恥ずかしげに頬を染める彼女を見た途端、清四郎は、落ち着かなくなった。
いつも見ている裸体より、柔らかなワンピースを纏った彼女のほうが、妙に艶めいて
見えたのだ。
夕立に遭った日から、胸の奥で燻り続けている炎が燃え上がりそうになり、慌てて悠
理から眼を逸らした。

盛大な乾杯のあと、仲間たちと中心のテーブルを陣取って、さっそくプレゼントを交
換した。
洒落た細工のワインオープナー、小物を入れても似合うシガーケース、飾りたくなる
ほど美しいデザインのペーパーナイフ、必要性はないが心惹かれるハンドクーラー。
高価ではないが、それぞれに心が籠もっている。
そして、清四郎が選んだフォトアルバムのあと、悠理のプレゼントが包みを解かれ、
キャンドルの灯りの中に、現れた。

それは、クリスタルの天使だった。

「あら、可愛い。悠理のことだから、ワケの分からない南米の人形でもくれるのかと
思っていたのに。」
可憐が驚きの声を上げる。
「あたいだって、クリスマスくらい、マトモなものを選ぶわい!」
悠理が、不機嫌そうにくちびるを尖らせた。
「・・・そうだよ・・・クリスマスくらい・・・」
語尾は掠れて、聞き取れなかった。
俯いた姿が、とても頼りなく見えたが、仲間たちの前で抱きしめるわけにもいかな
い。
清四郎は、悠理の代わりに、彼女の天使を両手でそっと包んだ。
「有難う。とても、可愛いですよ。」
清四郎が礼を言うと、悠理は輝く笑みを浮かべた。
「気に入った?」
「ええ、とても。」
清四郎を見つめる瞳が、いつもより潤んでいるのは、キャンドルの揺らめきが見せる
幻影だろう。

清四郎は、胸の奥で燻る炎に気づかないふりをして、悠理に微笑みかけた。




日付が変わろうとする頃、清四郎は、馬鹿騒ぎの続く剣菱邸を辞去した。

明日から東村寺での寒稽古合宿がはじまる。本来ならば、受験生である清四郎が参加
するなど言語道断だが、師範代が入院中であり、稽古をつける人間が足りないため、
強制的に参加させられる羽目に陥ったのだ。

凍てつく夜の中で、白い息を吐きながら、広大な前庭を抜けて、門に向かう。
「清四郎!」
半ばまで来たとき、後ろから悠理が追いかけてきた。
「そこまで送るよ!」
息を弾ませながら、大きい瞳で、清四郎の顔を覗きこむ。
石畳を照らすガス灯が、悠理の赤い頬を照らし出した。寒さのためか、鼻の頭まで赤
くなっている。

見れば、悠理は、先ほどのワンピースに、薄いショールを羽織っただけではないか。
清四郎は、自分のマフラーを外し、悠理の首に巻きつけた。
「いいよ、清四郎が寒いじゃん!」
「いいから、していなさい。」
「だって・・・」
「これは、僕から悠理へのクリスマスプレゼントです。だから、黙ってしていなさ
い。」
清四郎が強い口調で言うと、悠理は照れたように俯いて、有難う、と呟いた。

それから、手を繋いで、門扉まで向かった。
最後に、監視カメラから逃れるために、庭木の陰でキスをかわし、そっと抱き合っ
た。
「今年は、もう会えませんね。」
合宿は暮れまであるし、悠理は明後日からニュージーランドで真夏の年越しをする。
「一足早いですが、メリークリスマス、悠理。よいお年を。」
「メリークリスマス、清四郎。また、来年な。」
もう一度、冷えたくちびるを重ねて、二人は別れた。
悠理は、清四郎のマフラーに手を添えて、いつまでも見送ってくれていた。



24日が、25日になって、すぐ。
清四郎の携帯電話に、悠理からメールが届いた。

「メリークリスマス!」

それだけの短い文なのに、何故か、心は満たされた。




*********************




年が明けた。
清四郎は、家族とともに、去年と同じような新年を過ごした。
三箇日が明け、街が普段の顔を取り戻した頃、帰国した悠理からメールがきた。

―― ヒマ?

文とも言えないほど短い文面に、悠理の心情が如実に表れていた。

清四郎とて、彼女と同じだ。
もう、十日以上、悠理を抱いていない。
夢にまで見る白い肢体が、欲しくて、欲しくて、居ても立ってもいられなかった。

幸いにも、家人は留守にしている。清四郎はすぐに悠理を呼び出した。
メールを受けて、すぐに出てきたのだろう。悠理は驚くほどの早さで現れた。久方ぶ
りに見る彼女の笑顔に、何故か、胸が酷く疼いた。

新年の挨拶も交わさないまま、ベッドへ潜り込む。
清四郎は、抱き合えなかった日々を埋めるかのように、悠理の身体の隅々まで舐め、
しつこいほどたっぷり愛撫を施した。悠理もまた、それに応えるかのように、思い切
り声を上げて、瑞々しい肢体をくねらせた。

まずは、正常位で抱き合い、互いの熱が冷めていないかどうか、確かめた。
去年と同じ、否、それよりも熱く、ふたりの粘膜が絡み合う。

清四郎は、睦み合えなかった日々の渇望を、一気に白い肢体にぶつけた。
激しく揺さぶられ、腰が折れそうなほど突き上げられても、悠理は嫌がらない。
それどころが、自ら腰を揺すり、清四郎の頭を抱いて、自分の乳房に押しつけようと
する。
悠理もまた、逢えなかった日々に、飢えていたのだと知り、安堵した。


二度の放出を終えて、ようやく落ち着いた。
清四郎は、ベッドの上に座り、壁に凭れて、しばしの休息をとっていた。
しかし、腕の中には悠理がおり、清四郎の手は、休息の間も、柔らかい乳房を弄って
いた。

腋の下から手を前に回し、人差し指で乳首を弄りながら、他の指で乳房ぜんたいを揉
む。
華奢な肩に顎を乗せ、やわやわと形を変える乳房を、眼で楽しみながら、甘い休息の
ときを過ごした。

悠理は、清四郎の胸に凭れて、されるがままになっている。
時折、びくりと身体を震わせ、小さな喘ぎを漏らす様子が、また、清四郎を和ませ
た。
「せーしろー。」
甘えた声が、清四郎を呼ぶ。
「ん?」
清四郎は、乳房を弄びながら、応えた。
「明けまして、おめでとう。」
悠理に言われて、気づいた。そういえば、まだ新年の挨拶もしていなかったのだ。
「明けましておめでとう、悠理。今年もよろしくお願いしますね。」
よろしく、と言いながら、尖った乳首を抓んで、引っ張り上げる。
「馬鹿、どこに挨拶しているんだよ?」
悠理が笑う。
その様子がとても可愛らしかったので、清四郎も、笑った。

「でも、今日逢えて、良かったですよ。」
「なんで?」
乳房を捏ねていた手を、悠理の下肢に伸ばし、翳りの奥に指を埋めた。
「ここの味が、いつもと違いますから、もうすぐ月経がはじまるようです。そうした
ら、こうやって抱き合えなくなりますからね。」
「・・・相変わらず、変態だよな、お前。」
「分かるものは、仕方ないでしょう?」
清四郎は、軽く肩を竦めると、悠理の項にキスを落とした。


ふたたび悠理の乳房を弄っていると、彼女が、あ、と小さな声を上げた。
「あれ、ちゃんと飾ってくれているんだ。」
裸の腕が、机上に飾っていたクリスタルの天使を指す。
それは、悠理がクリスマスの贈り物として、清四郎にくれたものだ。
「ええ、もちろん。」
答えながら、きゅ、と抱きしめると、悠理は嬉しげに小さく声をたてて笑った。

腕の中の悠理が、身を反転させて、清四郎のほうを向いた。
大きな瞳に、清四郎が映る。
「・・・大学が別々になったら、エッチしたくなっても、簡単にできなくなるね。」
小さな手が、清四郎の胸を這い、額が鎖骨に押しつけられた。
「・・・今回みたいに、十日も逢えなくなることも、あるのかな?」
そのとき、清四郎の胸が、ずきん、と、痛んだ。

その痛みを知るかのように、小さな掌が、清四郎の左胸を包む。
悠理が、顔を上げて、清四郎を見つめる。

その顔は、今すぐ泣き出しそうなほど、歪んでいた。

清四郎は、彼女を乱暴に抱き寄せて、押し倒した。
「そのときは、十日ぶんまとめて、悠理を抱きます。」
清四郎の言葉に、悠理の泣き顔が、緩んだ。
「・・・清四郎の十日ぶんなんて、こっちの腰がおかしくなっちゃうよ。」
「では、試してみましょうか。」
二人はくすくす笑いながらキスを交わし、みたび繋がった。


こうして、清四郎の新年は、穏やかに、激しく、過ぎていった。

 

 

 

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