2.
その後、キャンプは何事もなく終了し、新学期になった。 いつもと何一つ変わらぬ生活が、はじまったのだ。 そして―― 清四郎と悠理の関係も、何も変わらなかった。 学校が同じなのだから、当然、毎日のように顔を突き合わす。 だが、あのことについては、どちらも触れようとはしなかった。 毎日、悪態を吐き、はしゃいで、じゃれて、小さな喧嘩をするの、繰り返し。 さすがの清四郎も、新学期がはじまってしばらく経つ頃には、あれは白昼夢だったの ではないかと、疑いたくなった。 しかし、清四郎の手元には、消えない滲みとして残った、悠理の純潔の証がある。 土砂降りの夕立の中、薄暗いバスの待合所で、激しく貪り合った記憶は、確かに本物 なのだ。 そして、あれ以来、清四郎の胸のうちには、後味の悪さと、訳の分からぬ想いが燻り つづけていた。 あの夕立から、一ヶ月以上が経過した。 朝から降る雨は、酷くなったり、弱くなったりを繰り返しながらも、いっこうに止む 気配はない。そして、放課後になっても、雨はやはり降り続けていた。 雨のせいで、外を闊歩する者もなく、いつもグラウンドから響いてくる威勢の良い声 も、今日ばかりは聞こえない。 雨の齎す静寂に包まれながら、清四郎は、ひとり生徒会室に残って、学校に提出する 議事録を作成していた。 だいたいを仕上げたところで、机から顔を上げて、溜息を吐く。 背中に疲労を伴う痛みを感じ、眼を閉じて、椅子に凭れた。 そのとき、閉じた瞼の裏に、あの日見た、悠理の白い裸体が浮かび上がった。 捲り上げたTシャツから零れた、白く柔らかな乳房。 剥き出しの下半身と、ソックスを履いた足が織り成す、淫らな色香。 そして、薄闇の中、縋るように清四郎を見上げていた、熱い瞳―― 思い出すだけで、下半身が熱く震えた。 どちらからともなく、くちびるを重ね、身体を繋ぎ合わせたのは、何故だろう? 悠理は数々の危機をともに乗り越えてきた仲間であり、気楽につきあえる友人であ り、性を感じない、稀有な存在だったはず。 その関係が壊れるなど、未来永劫、有り得ないと信じきっていた。 なのに、どうして―― 幾度考えても、答の出なかった問いを、ふたたび自分に投げかけてみる。 どんなに考えても、答は出ないだろうに。 ひとりで自嘲の笑みを漏らしていると、いきなりドアが開いた。 そして、ドアの向こうから、悠理本人が顔を出し、清四郎は息が止まりそうなほど驚 いた。 悠理のほうも、清四郎の姿を認めると、眼を丸くして驚いた。 「まだ、いたのかよ?」 清四郎に声をかけながら、テーブルの向こう側を通って、部屋の奥へと進む。 その、あどけない顔には、あの日、清四郎に見せた、濃厚な色香は残っていない。 「ええ、この前の議事録を、週明けに提出しなければなりませんので。」 清四郎は、身体の奥に燻る熱に気づかない振りをして、帰り支度をはじめた。 このまま二人きりでいたら、どうなるかは、火を見るより明らかだった。 清四郎は、彼女に尋ねた。 「こんな時間に、どうしたのです?」 「忘れ物。」 そう言いつつも、忘れ物を捜す様子はない。 窓辺に凭れて、じっと清四郎を見つめている。 清四郎は、辛うじて平静を保ちつつ、支度を終えて立ち上がった。 「では、お先に失礼しますよ。」 悠理に背を向けた、直後。 「清四郎―― あのとき、あたいじゃなくても、あんなことした?」 悠理の声が、背中を通り越して、心臓に突き刺さった。 緩慢な動作で振り返る。 悠理は、窓辺に凭れたまま、清四郎を見つめていた。 どくん、と心臓が鳴り、異様に咽喉が渇いてきた。 あのとき、あの場にいたのが、悠理ではなく、野梨子や可憐だったら? 流されるままに身体を重ね、欲望の奔流に呑み込まれていた? 悠理と、同じように。 「・・・考えてもみませんでした。」 僅かに考えたあと、清四郎は、小さく首を振った。 「実際にそうなってみないと、分かりません。」 悠理は、ずっと清四郎を見つめている。 今度は、清四郎が質問する番だ。 「悠理は、あのとき、あの場にいたのが、魅録や美童であっても、同じことをしまし たか?」 「そんなの、分かんないよ。」 でも、と、悠理はつづけた。 「でも―― あのとき、夕立に遭ったのは、あたいと清四郎だった。」 そう。 あのとき、夕立に打たれ、冷えた身体を重ねたのは、清四郎と悠理であり、他の誰で もなかった。 それが、何よりの心理だった。 清四郎は、ドアに歩み寄り、壁に設置された照明のタッチパネルに触れた。 途端に周囲が暗くなる。 悠理の顔は、曇天が齎す暗がりと、逆光のため、黒く塗り潰されてしまい、どんな表 情をしているのか区別がつかない。 彼女のシルエットを見つめながら、ドアを開ける。 「逃げるなら、今のうちですよ?」 話しかけながら、学園指定のシャツのボタンを、ひとつ、ふたつ、と外す。 悠理は動かない。 清四郎は、ドアを閉め、無言のまま、鍵をかけた。 施錠の音が、やけに大きく部屋に響いた。 シャツを脱ぎながら、窓辺の悠理に近づく。 鉛色の空を背景に、悠理は身じろぎひとつせずに、こちらに顔を向けている。 2メートルの距離まで迫ったところで、いったん立ち止まり、もう一度だけ、尋ね る。 「悠理・・・逃げなくても、いいのですか?」 悠理は答えない。 「・・・お願いです。逃げてください。」 清四郎の口から、懇願めいた言葉が漏れた。 「このまま抱けば、もう、歯止めはきかない。だから、悠理・・・逃げてくださ い。」 もう一度、悠理を抱けば、愛欲の底なし沼に沈んでしまうと、本能が危機を発してい た。 それゆえの怯えが、言葉として漏れたのだ。 だが、悠理は、何も反応しない。ただ、黙って清四郎を見つめている。 まるで、清四郎が動くのを、待っているかのように。 清四郎は、悠理の前では、本能の警鐘など、何の役にも立たないことを、ようやく 知った。 シャツに重ねていたTシャツを脱ぎ、上半身裸で、悠理に歩み寄る。 間近に迫ると、躊躇うことなく、彼女の制服に手をかけた。 ブラウスを脱がせ、ブラを剥ぎ取っても、悠理は動かない。 悠理の背後には、薄暗い外の世界。 硝子窓を叩く雨粒が、外界の暗い景色を滲ませている。 だが、彼女の滑らかな肌は、暗がりにも負けず、白く輝いていた。 悠理は、剥き出しの乳房を微かに上下させながら、清四郎を見つめている。 清四郎は、露わになった乳房にくちびるを寄せ、柔らかな肌を食みながら、右手でス カートのホックを外した。 するりとスカートが落ち、滑らかな下肢が露わになる。 薄い下着を通して、うっすらと繁みが透けて見えるのが、震えがくるほど淫猥だっ た。 「・・・悠理・・・」 清四郎は、呻くように彼女の名を呼ぶと、白い裸体を抱え、テーブルの上へと運ん だ。 「・・・せいしろ・・・」 悠理のうっとりした表情が、暗がりの中に、浮かび上がった。 最後の一枚となった下着を脱がせると、清四郎は、悠理に覆い被さった。 そして二人は、なまぬるい晩夏の夜に包まれるまで、狂ったように互いの身体を貪っ た。 ********************* 若さと体力に任せて、幾度も性を交わした。 人間の知性を象徴する言葉を紡ぐ口は、ただ、愛撫のためだけに使われた。 言葉を交わすのも惜しいほど、とにかく互いの身体を貪った。 締め切った生徒会室には、名残のような夏の熱気や、汗と体液の匂いが充満していた が、それでも二人は欲望のままに裸体を絡め続けていた。 身体は汗でどろどろになり、ベッド代わりのテーブルも、二人の分泌液でべっとりと 濡れていた。清四郎が突くたび、濡れたテーブルに、悠理の尻がずるずると滑る。 が、揺れて絡むふたつの腰は、さらに深く交わることはあっても、決して外れなかっ た。 いくら交わろうが、互いを欲する衝動は収まらない。 とにかく、相手が欲しくて、欲しくて、堪らないのだ。 飢えと渇きが性欲に勝ったのは、学園から人の気配が消えて、ずいぶん経った頃だっ た。 清四郎は、幾度目かの放出を終え、崩れるようにして悠理の横に転がった。 休憩もなく性交し続け、体力は限界を超えているのに、本能はまだ足りぬと清四郎を 急かしている。 その証拠に、放出を終えたばかりだというのに、男根は完全に萎えず、ある程度の硬 さを保っていた。 下腹部にある熱の塊が、いくら精を放っても、萎えるのを許さない。 もっともっと、悠理をめちゃくちゃに掻き回せと、清四郎に命令をしている。 清四郎が荒い息を吐いている隣で、悠理がのっそりと身を起こした。 「・・・咽喉、乾いた。」 裸のままテーブルから降り、生徒会室の奥にある流し台へと向かう。 清四郎は横向きに転がって、暗闇に白く浮き上がる後姿を眺めた。 清四郎が数え切れないほど激しく突き上げたせいで、彼女の腰の動きは、やけに重た げだ。 悠理は流し台に頭を突っ込んで、蛇口からじかに水を飲みはじめた。 こちらに向かって突き出した尻が、闇の中でも存在を主張している。 薄い尻だが、ぞくぞくするほど扇情的だ。 清四郎は、テーブルからするりと降りて、悠理に近づいた。 背後から抱きしめて、腰を擦りつけながら、秘所を弄る。 温かな粘膜に指を沈めると、悠理は切なげな吐息を漏らし、身を捩った。 悠理の女陰は、それまでの情交によって、前戯も必要ないほど濡れている。 「駄目だよ・・・もう、お腹が空いて死にそう・・・」 「悠理のここも、僕が欲しくて涎を垂らしているじゃないですか。」 清四郎は、意地悪く耳元で囁くと、崩れそうな腰を引き上げ、猛る欲望を彼女の中に 捻じ込んだ。 「・・・い、やぁ・・・あ、あっ・・・」 悠理は、シンクの縁を掴み、快感に痺れる身体を何とか支えている。 その背中に、ぴったりと胸板を寄せて、交わったまま、膨らみきった蕾を捏ねると、 汗に濡れた身体が激しく仰け反った。 悠理の腰は、自分の体重すら支えられない状態なのに、その内側で蠢く粘膜は、もっ と清四郎が欲しいと、収縮を繰り返していた。 時折、ぎゅうと締め付ける感触が、意識も眩みそうな快感を生み出し、清四郎は我を 忘れて悠理を突き上げた。 二人が淫らな格好で交わっているのは、いつも可憐がお茶を淹れてくれる場所だ。 清四郎の眼前には、それぞれが愛用しているカップがむっつ、綺麗に並んでいた。 暗闇の中、仲間たちのカップが、ふたりの痴態を無言で見詰めている。 きちんと拭き上げられたシンクに、悠理の喘ぎが反響し、涎が零れる。 いつも可憐が立つ位置に、悠理の垂れ流す蜜が、糸を引きながら滴った。 穏やかな日常を送る場所で、清四郎は、悠理を抱いている。 その事実が、清四郎を余計に興奮させた。 この味を知ってしまった今、もう、二度と、元の日常には戻れない。 快楽に啼く悠理を揺さ振りながら、清四郎は、そのことをはっきりと自覚していた。 二人が情事の後始末を終えて、学園から抜け出した頃には、時刻はすでに二十一時を 回っていた。 大量消費した精力を取り戻すべく、そのままファミリーレストランに直行して、皿で テーブルが見えないほどの料理を注文した。 レストランは、そこそこに混んでいる。 だが、悠理は大口を開けて料理を食べ、頬に食べ滓をつけていても、気にする様子は まったくない。その姿からは、先ほどの痴態など想像もできないのだから、女とは まったくもって不思議な生き物である。 「せいしろー、今からどうする?」 デザートのパフェを口に運びながら、悠理が尋ねる。 清四郎は食後のコーヒーを飲みながら、軽く肩を竦めた。 「本当はホテルにでも行きたいところですが、制服のままでは、流石にどこも相手に してくれないでしょうし、今日は大人しくこのまま帰るとしますか。」 ぷっ、と悠理が吹き出した。 「あんだけヤッておきながら、大人しく帰るって、言葉の使い方が間違っているだ ろ!」 叫んでいる間だけ、食欲大魔神だった悠理の顔に、女の色が浮かんだ。 その色が、清四郎を狂わせる。 清四郎は、薄く微笑みながら、悠理をじっと見つめた。 「僕は、今すぐここで悠理を押し倒してしまいたいほど、欲情しているんですよ?こ のまま何もせずに別れようなんて、僕としてはかなり譲歩しているんですがね。」 悠理の顔に、朱が走った。 艶かしい、女の朱色だ。 「せいしろ・・・あたい・・・」 言い終わるのを待たずに、清四郎は席を立った。 「家まで送ります。今日の続きがしたいなら、明日、僕の家に来てください。両親 も、姉も、朝から出かけて夜まで帰りませんから。」 そして、悠理は、翌朝早くに、清四郎のもとを訪れた。 それは、彼女も、愛欲の底なし沼に足を踏み入れたという、確たる証拠だった。
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