1.
突然の雨の中で、何の予兆もなく起きた出来事だった。 いくら考えても、必然か、偶然か、それとも決定づけられた運命なのかは、分からない。 だが、清四郎にしてみれば、しかるべくしてそうなったとしか、思えなかった。
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清四郎たちは、残り少ない夏休みを満喫すべく、とある山里のキャンプ場を訪れていた。
日差しは殺人的だが、爽やかな涼風が吹きぬける森は、ヒートアイランド地獄に陥った都会とは、比べ物にならないほど過ごしやすい。虫除けスプレーなどものともしない薮蚊には辟易したが、その他はいたって快適で、皆、心の底からキャンプを楽しんでいた。
キャンプ場にきて、三日が経った。 入道雲が力強く湧く午後、買出し当番になった清四郎と悠理は、それぞれマウンテンバイクに跨って、5キロほど離れた集落のストアに向かって出発した。
青い穂波が揺れる畦道を、先に悠理が進んでいく。 清四郎は、彼女のすんなりした後姿を眺めながら、視界いっぱいに広がる里山の景色に、郷愁めいた心地良さを感じていた。 そよぐ風が、まだ遠くにいる秋の気配を伝えてくれる。 だが、前を行く悠理は生命力に溢れており、終わらない夏の輝きを放っていた。
悠理は、いつも明るく元気だ。 それが、彼女が彼女たる所以でもあった。
思い切りペダルを漕いだため、あっという間にストアへ到着した。 雑貨店に毛が生えた程度の品揃えしかないが、大型店舗まで行こうと思ったら、さらに10キロの道程を進まなければならない。まあ、田舎町の古惚けた店での買い物も、キャンプならではと思えば、なかなか楽しいものである。
二人は、手に余るほどの食料品と酒類、荷台に括りつけた小型のクーラーボックスいっぱいの氷を買い込み、来た道を戻りはじめた。
そのときまでは、雲行きがおかしいなどとは、思わなかった。 空は青く、稲穂の緑は眼に眩しく、吹き抜ける風も、水色に輝いていた。
しかし、自転車を漕ぎ出して、数分も経たないうちに、暗雲が頭上を覆い出した。
それから先は、早かった。 遠くで雷鳴が響いたかと思ったら、いきなり大粒の雨が降り出した。 「うわああ!」 叩きつけるような雨に襲われ、悠理が悲鳴を上げる。 露出した腕に軽い痛みを感じるほど、雨の勢いは凄まじい。 「悠理!急ごう!」 清四郎の叫びは、迫り来る雷鳴にかき消された。
かあっ、と黒雲の間に、稲妻が走る。 夕暮れにはずいぶん間があるというのに、周囲は夜のように暗い。 雨に打たれ、眼を開けるのも必死の状態の中、前方に小さなバスの待合所が見えた。 清四郎はペダルを漕ぐ足に力を入れて、悠理と並んだ。 「とりあえず、あそこで雨宿りしましょう!」 そう叫びながら、待合所を指差す。 悠理は額に貼りつく前髪を煩そうに払いながら、清四郎が指す方向を見た。 「分かった!」 そして、二人は、競い合うように、小さな待合所の前に自転車を停め、中へ飛び込んだ。
待合所は、四方を板で囲った、簡単な小屋のようなかたちをしていた。 夕立のせいもあって、中は酷く暗い。それでも、雨を凌げるだけ有り難かった。 二人で自転車から降ろした荷物を待合所に運び込み、ようやく一息つく。
宵のごとき暗がりの中で、歪んだベンチに並んで腰かける。 雨は滝のごとき勢いで降り、待合所の中まで容赦なく降り込んでくる。 待合所自体が酷く狭いため、入口から一番離れた場所にいても、雨の洗礼から逃れるのは不可能だった。 「・・・あーあ・・・」 悠理の口から、溜息とともに声が漏れた。 「ついてないや。」 Tシャツが貼りつく肩を大袈裟に竦め、全身から雫を滴らせながら、暗雲に覆われた空を見上げる。 清四郎は、そんな彼女を、何となしに見つめていた。
細い咽喉を伝う雫や、濡れたシャツから透けて見える肌の白さは、何故か、現実感を喪失していた。 目の前にいるのが、悠理であって、悠理でないような、そんな感覚だ。 背中にくっきりと浮いたブラのラインも、まるで、夢を見ているような気にさせた。
ざあざあと、大粒の雨が降る。 二人は暗い待合所の中で、黙り込んだまま、並んで座っていた。
沈黙が満ちた空間に、悠理のくしゃみが響いた。 濡れて体温が下がったのか、自分の肩を抱くようにして、背中を丸めている。 「寒いのですか?」 「ちょっと。でも、平気だよ。」 そうは言っているが、暗がりの中でも、くちびるの色が失せているのが分かる。 「寒いくせに、意地を張らないでください。」 清四郎は、腰をずらして悠理と密着し、細い肩を抱いた。 悠理は一瞬だけ身を固くしたが、すぐに緊張を解き、清四郎の胸に凭れてきた。
それは、別に邪心を抱いたわけでもなく、凍える友人を思い遣っただけの、純粋な友情ゆえの行動だった。 だからこそ、悠理も安心して寄りかかってきたのだ。 それが、二人のあるべき姿であったから。
夕立は、なかなか止む気配を見せない。 雷鳴も、まったく遠ざかろうとしない。
土砂降りの雨の下、二人は寄り添ったまま、空を見上げていた。
二人の視線が、ふと、絡んだ。
暗がりの中、互いの瞳も、彩光を失っている。
なのに、暗い瞳には、それまでの二人には有り得なかった色が浮かんでいた。
二人は、見つめ合ったまま、どちらからともなく、くちびるを重ねていた。
かあっ、と、空が、裂けた。
気がつけば、二人は激しく舌を絡め合っていた。
悠理の手が清四郎の背中に回り、二人の身体がぴったりと密着する。 濡れた衣服を通して、悠理の熱が伝わってきた。 その熱をじかに感じるため、細い腰に掌を這わせて、裾から手を淹れる。 悠理は嫌がるどころか、清四郎が愛撫しやすいよう、自ら身体を少しずらした。
濡れたブラを押し上げ、零れ出た乳房を、掌ぜんたいでそっと包む。 できたてのモッツアレラチーズのような、不安定な弾力。 強く握れば潰れてしまいそうに柔らかな乳房を、五本の指を使って、やわやわと揉む。 掌の中心に当たる小さな突起が、固さを増しながら膨らんでいく。 清四郎は、尖ったばかりの乳首を二本の指で抓み、指先を擦り合わせるように刺激した。 「・・・んっ・・・」 途端に、重なった口から甘い喘ぎが漏れる。 それは、いつも聞く悠理の声とは、まったく違っていた。
清四郎は、悠理のくちびるを解放すると、彼女のシャツを腋の下まで捲りあげた。 暗がりに現われた乳房の白さに、思わず息を呑む。 そして、当然のように、その頂で赤く色づく乳頭を、口に含んだ。
吸い上げて、転がし、舐めて、軽く歯を立てる。 悠理は甘ったるく喘ぎながら、幾度もびくんと肩を震わせた。
清四郎は、悠理の乳房を散々弄んだあと、彼女の潤んだ瞳を見つめながら、自分のシャツを荒々しく脱いだ。
いったん悠理を立ち上がらせて、脱いだシャツをベンチに敷く。 そして、悠理の足元に屈んで、彼女のカーゴパンツを下着ごと膝まで下ろし、シャツの上に座らせた。
靴を脱がせ、濡れて肌に絡むカーゴパンツと下着を、足から抜き取る。 すぐに足を開かせたい衝動にかられたが、まずは、膝頭に舌を這わせてみた。 雨に打たれたせいか、悠理の足はすっかり冷え切っていた。
早く、温めてやりたい。濡れた肌だけでなく、身体の、内側からも。
清四郎は、滾る熱情を堪えて、悠理の足をゆっくりと舐め上げた。
「せいしろ・・・」 悠理が呟く。 泣き出しそうに潤んだ瞳で、清四郎を見つめながら、自らベンチに寝そべって、広げた両手を伸ばしてくる。
清四郎は立ち上がって、半裸で横たわる悠理を見下ろした。 Tシャツを捲り上げて乳房を露出させ、剥き出しの下半身に、スニーカーソックスだけを履いた悠理は、清四郎が今まで抱いたどの女よりも、扇情的で、妖艶だった。
清四郎は、頭のどこかで理性の箍が完全に外れる音を聞きながら、自分のズボンに手をかけた。
激しかった夕立が止み、雲間から太陽が顔を覗かせた。
清四郎は、荒い息を吐きながら、首に巻きついた悠理の手を外して、緩慢な動作で身を起こした。
ズボンを元に戻しながら、ベンチの足下を見る。 最後の理性を振り絞った結果が、水を吸って黒く変色したコンクリートの上に、白く弾けて散っている。その様が、妙に滑稽だった。
狭い待合所に籠もる、雨と性交の匂い。 不自然な体勢で身体を動かしたせいか、関節のあちこちが軋んでいた。
それは、清四郎が悠理を抱いた、明らかな証拠だった。 だが、未だに現実と夢の境界をさ迷っているような気がしてならない。
清四郎は、ベンチに寝そべったままの悠理を見下ろした。 剥き出しの胸。剥き出しの秘所。 まだ開いたまま足の間で、愛液に塗れた白い内腿が、雨上がりの清浄な光に照らされ ていた。
激しい夕立の中、無我夢中で貪った肉体が、確かなかたちとして、そこにあった。
信じられないことに、その肉体は、清四郎の幼馴染であり、気心知れた仲間のものなのだ。
清四郎の視線に気づいたのか、悠理がだらしなく開いていた足を閉じた。 そして、むくりと起き上がり、捲れ上がったTシャツを元に戻す。 「ズボン、取ってよ。」 「え?ああ、はい。」 カーゴパンツと下着を取って渡すと、彼女は少し頬を赤らめて、見るなよ、と怒ったような口調で言った。
清四郎は、悠理の姿を隠すようにして、待合所の入り口に立った。 「うわ!冷たい!ああもう!なんで上手く穿けないんだよ!?」 濡れたカーゴパンツに苦戦しているらしく、悠理が喚く。 背後で聞こえる衣擦れの音が、やけに生々しい。 先ほどまで、耳元で聞いていた呼吸音のほうが、非現実的だった。
だが、いくら非現実的でも、清四郎と悠理が性的関係を結んだのは、確かなのだ。
「もう、いいよ。」 悠理の声に、振り返る。 彼女は、ベンチの上に立って、カーゴパンツの金具を留めていた。 ベンチの上には、清四郎のシャツが皺くちゃになったまま、広げられている。
それを見て、清四郎はどきりとした。
悠理の腰があった辺りに、はっきりと赤い滲みが出来ていたからだ。
「ごめん、汚しちゃったな。」 悠理はあっけらかんとした様子でそう言い、濡れたスニーカーに足を突っ込んだ。 「皆、心配しているといけないから、早く戻ろう。」 言葉をなくした清四郎を見もせずに、悠理は買い物袋を手に取ると、外へ飛び出した。 「早く!」 いつもと変わらぬ笑顔を向ける悠理に、清四郎は戸惑いながらも、頷いた。
夕立のお陰で、上半身裸で帰った清四郎を訝しむ者はおらず、悠理と何かあったなど疑う者も、誰一人としていなかった。
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