素肌が、触れ合う。 熱が、触れ合う。 「あ、ゆう、り・・・。」 裸の胸を合わせたまま、清四郎の耳朶をしゃぶる悠理の項に舌を這わせる。 「ん・・・。」 と、悠理のほうも子猫のような声を立てる。

イラスト By たむらんさま
腹に負担をかけぬように、と、悠理が清四郎の上に乗っている。 清四郎のほうでも悠理の上で悠理の腹に体重をかけぬように体を支え続ける筋力がまだ戻っていないのだ。 胎児は眠ってしまっているのか、胎動が全く清四郎の腹には伝わってこなかった。 けれど、わかる。 胎児の体が小さな人間として形作られているのが。 いま、清四郎の腹に押し当てられているのは、胎児の腰だろう。
そっと彼女の膨らんだ腹部を撫でさする。 そしてホルモンの影響でか、清四郎の記憶にあるよりも大きくなった乳房を。 「ん、せーしろ・・・やん・・・。」 本気での拒絶ではない。 彼女の手は清四郎の欲望の象徴を弄るのをやめない。 根元から先端まで、指先で、つ、となぞる。 先端近くの引っかかりを少し伸ばしてやる。 そして先端の割れ目に指先を当て・・・。 「あ、あ、悠理。悠理・・・。」 清四郎の喉がのけぞる。 じわり、と滲み出た液が悠理の指を濡らす。 「きもち、いい?」 うっとりとしたような声で悠理が問う。 「ああ、ああ。」 と、清四郎は頷く。息が荒い。
清四郎はたまらず、悠理の下腹部の茂みへと手をやる。 「あ・・・!」 あっという間に彼女の欲望の芽を探り出し、指でくじる。 そして泉へ。 濡れているのはわかっていた。清四郎の大腿を先ほどから濡らすものがあったから。 あの夜、彼が暴き、欲望のすべてを注ぎ込んだ場所。 あと4ヵ月半たてば、その結実が生み出される場所。 温かくて、暖かかった。
彼女を追い詰めることは絶対にしない。 深すぎる快楽も、だ。 いくら安定期に入ったとはいえ、あまりにひどく子宮を収縮させてはいけない。
だから・・・。 「もうここらで、やめましょう。悠理。」 提案する。 だが、悠理はいやいやと首を振った。 「やっぱり最後までするのは・・・。」 コンドームも用意してませんし、と言いかけたら、 「それはもらってきたから。」 と、悠理が苦笑したのがわかった。 胎児を守るため。 ヘルペスウイルスなどが不顕性感染していたら、胎児に感染させてしまうことになるから。 悠理が経過を診てもらっている産婦人科でそのような妊婦教室を受けてもらってきたものだという。 清四郎は、一つ溜息をついた。 「降参ですよ。」
ずぶり、と清四郎の欲望が悠理の胎内へと入り込む。 温かさに包まれ、清四郎は快楽のためだけではない心地よさに、目を細めた。 やはり胎児と一緒に悠理の腹の中に帰っていくようだ。 ゆるり、ゆるり、と波に揺られる。 己の体の上で揺れる悠理の姿が影絵のように見える。
そのまま揺れる乳房にしゃぶりつきたいのをすんでで我慢する。 射乳させてしまったら、ホルモンの影響で子宮が収縮してしまうから。
こんなところだけは大人が残っている自分に気づくと、少し笑えた。
だがすぐに余裕はなくなった。 突き上げたい。 悠理の奥底を突き上げて、どこまでも深く深く繋がりたい。 ろくに動かせぬ腰を少し浮かせる。これが精一杯。 それでもその少しの動きが、彼女を刺激したようだった。 「あ、あ、せいしろ・・・!」 悠理の腰の動きが激しくなる。それにあわせて清四郎の腰もほんの少しだが、揺らめく。 あまりそうして腹に力を入れてもよくないのじゃないか、とどこかで考えていたが、止められなかった。 「清四郎!」 「悠理!」
互いに名を呼び、同時に果てた。
身を寄せ合い、体を休める。 互いに疲れやすい今の体調だ。けだるいを通り越した疲労にさいなまれた。 だが清四郎は眠りもせず、星明りだけで浮かび上がる悠理の顔を見つめていた。
悠理の想いが、嬉しかった。 自分の想いが、苦しかった。
ぐにゅる、とした感触が悠理の腹壁を通して、清四郎の腹にも感じられた。 「起こしてしまいましたか。」 叩き起こされて怒っているのか、ベビーは盛んに悠理の腹を押している。まだ手や足の形がにゅっと飛び出してくるほど週数は進んでいないようだが。 「こら、あまり暴れると悠理が起きてしまいますよ。」 だが、父親のそんな制止も知らぬ風情でベビーは暴れ続け、とうとう、 「ん・・・。」 と小さく呻いて、悠理が目を覚ました。 「なんだあ?びっくりさせちゃったかあ?」 寝ぼけて呂律の回らぬ舌でそう囁くと、悠理は己の腹部をさすった。 そこで初めて今の状況を思い出したようだ。 「あ、清四郎?起こしちゃった?」 黒い瞳と目が合って、慌てて気遣う。 「いいえ。ずっと起きてましたよ。どうやらこいつに嫉妬されたようですよ。」 くすくすと笑う。 「そろそろ性別もわかる頃ですよね?聞いてますか?」 「んー、それがさ、主治医の先生が『生まれるまでわからないのも楽しいですよ。どうします?』って言うからさ。訊くのやめた。」 えへへ、と悠理は舌を出した。 「そうですか。そうなるとますますこいつが生まれてくるのが楽しみですね。」 にっこり笑んでそういうと、悠理が驚いたように目を見開いた。 その様子に清四郎も「え?」と眉を上げる。 「楽しみって・・・思ってくれてる?」 その声は涙声。 「当たり前じゃないですか。僕たちを繋ぐ大事なベビーですよ。」 慌てたように言う清四郎に、悠理は泣き笑いの表情を浮かべる。 「よかった・・・清四郎が意識がない間に勝手にあたいが生むって決めちゃって、本当は清四郎は辛いんじゃないかって・・・。」 心配してたから、という言葉を最後まで言わせず、清四郎は悠理の唇を塞いだ。 「ここまで一人で決めさせてすまなかった。これからは僕が守るから。今はまだお前よりも非力だけど、元に戻って見せるから。」 そっと悠理の耳元で囁く。 彼女は清四郎の胸に顔を埋めて泣いた。
「もうすぐ悠理の誕生日ですね。」 静かに清四郎は切り出す。 「そうだな。」 悠理はまだ清四郎の胸に額を当てたまま。 「その一月半後が、僕です。」 「お前のほうが後だもんな。」 またも訪れた眠気に意識を絡め取られそうになりながら悠理は頷いた。 「そしたら、僕の誕生日が来て、二人とも二十歳になったら、入籍しませんか?」 ハタチになったら・・・?入籍・・・? 悠理は弾かれたように清四郎の顔を見上げた。 「結婚・・・?」 「もちろんお前のお腹のこともあるし式ができないのは申し訳ないが、それでもいいですか?」 そうして笑む清四郎の顔は、悠理が今まで知らなかった顔だ。 自信満々な笑みとも違う。 追い詰められていたときの悲しげな笑みとも違う。 優しい、優しい、暖かな笑み。 「二十歳になれば、保護者の同意が要らなくなる。」 祝福されない結婚。それはわかっている。覚悟している。 ベビーを生むと決めたときから、悠理だって覚悟は決めていた。一生誰からも祝福されないこと。 「嬉しい・・・嬉しいよ・・・清四郎・・・」 そうして悠理が見せた微笑は、清四郎が子供の頃から憧れてやまない、太陽の笑みだった。
完全に清四郎の精神は安定した、と心療内科の主治医は言った。 なんの投薬も心理療法ももう必要ない。 あとは肉体のリハビリだけだ、と。
清四郎には強い意志が戻っていた。 悠理と子供を守るという強い意志が。 「あんまり頑張りすぎるなよお。」 と、悠理が心配するくらいに清四郎はリハビリに励んでいた。 「皆も言ってやってくれよ。」 連休を利用して見舞いに来ていた仲間たちに助力を求める。 「悠理の言う通りよ。本当にあんたって頑張りすぎるんだから。」 可憐が呆れたように言う。 「まあ清四郎も目標があるから頑張れるってやつだろ。」 美童が意味ありげに片眉を上げる。 「悠理と腹のガキのため、か?」 魅録は悠理の妊娠が発覚して以来、彼女の前では一本もタバコを吸っていない。 「赤ちゃんを自分の手で抱いてここへ戻ってくるため、ですわね。」 野梨子が片目を瞑りながら答を言った。今の清四郎の姿は、悠理に蹴り倒されて武道を始めた頃の彼の姿を彷彿とさせていた。
一瞬その場の全員の目が清四郎にそそがれた。
「当たり、ですよ。さすがですね。」 口元を押さえて目元を赤らめると、清四郎は皆の視線から逃れるように顔をそらした。 「ぶ、清四郎が照れてるぞ。」 悠理がきゃらきゃらと笑い転げた。 その彼女の頬も赤い。
そんな二人の姿に、仲間たちは顔を見合わせて破顔した。
清四郎と悠理の左手の薬指には、他の4人で出資しあった指輪が光っている。 あとはベビーが生まれてくるのを待つばかり。
幸福な痛みが、待っている。
end
(2005.8.21)
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