アカシア並木が美しい高原の山道を、車はゆっくりと走っていた。
「窓を開けてごらんなさい」
運転手にそう言われ、ウインドウを開けてみると、風に乗って甘い香りが吹き込んだ。
それは、ふわりと揺れる髪にそっと張り付いてくる。
―――いい匂い。
「何の匂い?」
そう聞くと、運転手は穏やかな声で教えてくれた。
「アカシアの花ですよ。ほら、ところどころに白い花が見えるでしょう?ちょうど満開なんですよ。いい時期にいらっしゃいましたね」
言われるがままに窓の外へ顔を出すと、白い花が、今を盛りにと咲きほころんでいた。
風がたなびくリズムに合わせて甘い香りも揺れる。
そして、眩しいくらいに新緑が美しかった。
悠理は、隣に座る男の手をそっと握り締める。
「綺麗だな。ここにいたら、きっと良くなるよ」
答えはない。
隣に座る男は、黙ったまま無表情にじっと前を見据えていた。