〜序章〜
        作:麗

 




「う……ん」


眠りの中、悩ましげな吐息が悠理の唇から漏れた。
身体の中心から広がる、重く甘く痺れるような感覚。
朦朧とする意識で痺れの出所を探る。
何処……?
ひとつは、胸の辺り。もうひとつは……

ちゅ…かすかな音が聞こえた。
ぴちゃ…もっと、ひそやかな音も。
ゆっくりと目を開いて音のした方へと視線を向ける。
目に映ったのは、黒々とした男の髪。
それはわずかに、揺れて動いていた。
悠理の意識がぼんやりと痺れの原因を認識し始める。

ひとつは、男の唇―――

悠理の乳首を唇で咥えてちゅ、と吸い、舌で左右に揺らしている。
もうひとつは、男の指―――
悠理の足の間に差し入れられ、ゆっくりと擦り上げている。何度も、何度も…


「はぁ…ん……何…してる、の…せいしろ?」
まだはっきりとは目覚めぬ意識。
そこにいる、でもこんな事をする筈はない男に問いかけた。
友人であるはずの男に。

男の髪が揺れ、顔を上げて悠理を見据えた。
いつもは後ろに撫で付けられている前髪が額に落ち、その下から黒い瞳が覗いていた。
―――シャンプーの香りがする。ああ、風呂に入ったんだな。
そんな事を思いながら、清四郎の瞳を悠理は見つめ返した。
ぞくり、と身体におののきが走る。
こんな目を、見た事がない。
男の、情欲に囚われた瞳など。

ちろ…と、男の唇から紅い舌が覗いた。
上目遣いで悠理を見据えながら、見せ付けるように悠理の胸を舐め上げる。
「やぁ…」
悠理が漏らした甘い声に、清四郎は満足したように目で笑うとまた顔を埋めた。


いつの間にこんなことになったんだろう?
今日は、清四郎の部屋で試験前の泊まり込みだった筈。
いつの間に、眠ってしまったんだろう?
いつの間に、ベッドに運ばれたんだろう?
―――いつから、こんなことされてるんだろう?

悠理の着ていたキャミソールは胸の上にまで捲り上げられ、穿いていたはずのショートパンツの感触はない。

視線を彷徨わせると、ベッドの端に脱がされ放り投げられているのが目に入った。
どうして…脱がされてるんだろう?
清四郎はパジャマ姿だ。
ずるいぞ。自分だけ風呂に入って…

取り留めのない考えが頭をよぎる。
およそ、この場にふさわしくない考えばかりだ。
おそらくは、悠理の意識が今の状況について深く考える事を拒否していたのかもしれない。
親友であるはずの男に、胸を舐められ、秘めた部分を弄られている事になど。


弛緩した意識。弛緩した、身体。
小さく喘ぎ続ける悠理は、清四郎がパジャマのズボンを下ろす気配を感じても、抵抗しなかった。
清四郎の身体が、悠理に覆いかぶさる。
甘く痺れたところに、熱くて固いものが押し当てられた。
一、二回、入り口に擦り付けられた後、ゆっくりと押し入ってくる。
黒い瞳が、悠理を見下ろしている。
たっぷりと濡らされた場所は、拒むこともなく男を受け入れた。
最奥まで埋め込み、清四郎は小さな吐息を漏らす。
「ああ…」
「ああ…すごく、いい……」
緩やかに抽送が開始された。




*****





「んん……ああ……」
堪えきれない喘ぎが漏れる。
もう、何度目の結合だろう?
絶え間なく繰り返される愛撫に朦朧とした意識では、行為の記憶さえも曖昧になっていた。
ただ、感じさせられて。


閉じていた目をゆっくりと開いてみると、目の前に清四郎の鍛え上げられた上半身があった。
ナイトランプに照らされて、陰影のついたその身体はまるで絵画から抜け出てきたように美しい…と、悠理は思った。
思わず、触れてみたいという気持ちが沸き起こる。
そっと手を伸ばし、厚い胸板に手のひらを添わせた。
―――熱い。
男の肉体とは、女を抱いている時にはこれほどの熱を持つのか。
悠理は清四郎の広い肩へと手を滑らせ、縋りついた。
ぴったりと身体を合わせ、彼の身体の熱さを全身で感じる。
―――熱い。あたいの身体も…


何度も舐められ、甘く噛まれ、弄られた胸は痺れ、熱を持ったようだ。
そしてそれ以上に、幾度も男の精を注ぎ込まれた場所はじんじんと疼き、触れられると痛みを感じるほど。
それなのに……飽く事のない男の高ぶりがまた打ち込まれている。
嫌なはずなのに…痛むはずなのに…
身体の奥深くから湧き上がる強い快感。
どうして……?
悠理は答えを求めて清四郎の瞳を見つめる。涙にかすんだ目で。
だが、いつもならどんな質問にも答えてくれる筈の男の目には、狂ったような欲情の炎が浮かんでいるだけに見えた。


突然、規則正しいリズムで身体を打ち付けていた清四郎の動きが止まる。
「や…ああっはぁっ!」
悠理は思わず、甲高く叫んだ。
足首を掴まれ、片足を高く掲げられ、より深く挿入されて。
深い快感に、悠理は頭を小さく左右に振った。
「…いや……ああ…」
小さく喘ぐ。

自分の意思とは関係無しに、悠理の内側が収縮する。
清四郎を離すまいと、より深くに引き入れようと蠢いている。
清四郎が耐えかねたように小さく呻き、苦しげに目を閉じた。
「く…そんなに、きつく締めないで下さい……はぁ…」
気持ちよさそうに息を吐き出し、悠理の唇に己の唇を軽く当て、舌でなぞる。
悠理の足首を掴んでいた手が離され、パタン、と力なく足がシーツに落ちた。
空いた手で悠理の身体をまさぐり、乳房を柔々と揉み上げる。
「本当に、あなたは素晴らしい。僕の身体がこんなに感じるのは、初めてですよ」
ゆっくりと腰を擦り付け、軽く口づけを繰り返しながら囁いた。


―――こんなに感じるのは、初めてですよ。
悠理の虚ろな耳に、その言葉が響いた。
―――他の女性では、これほどの快感はありませんでした。
清四郎が言い繋ぐ言葉に、悠理は涙を流した。
嫌だ、嫌だ、他の女達と同じに見られるなんて……同じように…抱かれるなんて。
嫌なのに……
清四郎に穿たれ、悠理の身体は絶頂を迎えた。
力をなくした悠理の身体を抱え上げ、清四郎は結合したままで彼女の身体の向きを変えさせた。
悠理を後ろから抱くようにして膝立ちになり、悠理の頭を自分の肩にもたれさせた。
不安定な姿勢に、悠理は自分を支える為に清四郎の首に両腕を回した。
悠理の身体が弓なりに反り、淫らな曲線を描く様子に清四郎の眼が細められた。


「あ…あ……ん…」
小さな声が、悠理の唇から漏れ出る。
暗い部屋の、ナイトランプの向こうに姿見がある。
清四郎の部屋にそんなものが前からあっただろうか…?
悠理は朦朧とする意識で考えた。思い出せない。
涙に霞んではいても、悠理の視力はそこに映る自分の…二人の姿を捉えてしまった。
後ろから抱きしめられ、清四郎に犯され貫かれている自分。
反らせた胸が大きな手のひらに揉みしだかれ、下腹部に伸ばされた清四郎の手が悠理の局部を露わにしていた。

そこに、抜き差しされる清四郎の男の象徴。
部屋のどこかで小さな光が瞬き、淫靡な光景をより鮮明に映し出した。


「やっ…いや…いやっ!」

目を逸らす。抵抗の為に上げた声は、あまりにも小さく力なく。
悠理の願いを聞き届けたのか、清四郎は悠理の中から離れ、彼女を横たえた。
ようやくこの責め苦も終わるのか、と悠理は安堵の吐息を漏らす。
しかし―――また、貫かれた。



イラスト By フロさま




「や…いや、あ……離して…ん……ああっ!」
身体を捩って逃れようとするのに…清四郎の重みで身動きも出来ない。
「あなたの身体は、こんなにも僕に反応しているじゃないですか」
意地悪な言葉とは裏腹に、清四郎の舌がいとおしむように悠理の耳朶を舐め、口に含む。
「んっ、んんっ!」
打ち付けられるスピードが増し、悠理は縋るように清四郎の腰に足を絡めた。
すんなりとした腕が清四郎の首をきつく掻き抱く。
「ああっ、ああっ、ああっ!」
すさまじいほどの絶頂が迫ってくるのを感じ、悠理は短く鋭く喘いだ。


「悠理っ!」

「はあっ!…ああ………」
最奥まで強く、強く埋め込まれ、悠理の全身にわななきが走った。
清四郎の腕にきつく、きつく抱きしめられ、悠理は意識を手放していく。
その瞬間にも、幾度かの光が部屋のどこかで瞬いたのにも気付かずに……

                                       

                    



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