あまりの絶頂感に、悠理の意識はしばし途切れた。

過度の刺激は、危険極まりない。それが、たとえ快感でも。

 

今がいつでここがどこで何をしていたのか、わからなくなる。

上を向いているのか下を向いているのか、さえ。

ゆっくりと意識は覚醒するが、浮遊していた心は戻らない。

いや、比喩ではなく。

気づくと、悠理はふわふわ空中を飛んでいた。

冗談抜きで、床から数メートル。天井近くまで、浮き上がっている。

 

“え?”と、下に目を向ければ、ベッドに横たわる悠理自身と清四郎の姿が見えた。

部屋は見慣れた剣菱邸の自室。

だけど、上空から見下ろしているはずなのに、視界に入るはずの自分のつま先は見えない。

足がない。というより、体が見えない。透けてしまっている。

ということは、つまり――――。

 

いくら超常現象づいている悠理でも、これには完全にパニクッた。

なにしろ、死にかけたことは何度もあれど、本当に死んだ経験はなかったのだから。

しかも、死因は、恋人でもない男に抱かれての腹上死。

あんまりな運命じゃないか?

 

 

 

 

                    By フロさま

 

 

 

ベッド上で仰向けに横たわっている清四郎の胸は、激しい上下を繰り返している。

むき出しの逞しい胸には、汗の粒が光っていた。

 

“清四郎のバカヤロウ!“

“人殺しーーーっ!!”

 

声を限りに叫んで空中で地団太踏んだが、なにしろ足がないものだから、空気はそよとも動かなかった。

おまけにホシは、霊感皆無。ガイシャたる悠理の声は、届かない。

 

「・・・悠理?」

だけど、清四郎はゆっくりと身を起こした。ベッドの隣の悠理の体に目を向ける。

 

“違う違う、こっちだってば!”

ジタバタ暴れる上空の悠理には気づきもせず、清四郎は死体の頬に手を伸ばす。

 

「・・・激しすぎました?」

清四郎は悠理の頬を撫でると、瞼にキスを落とした。

 

“・・・あれ?”

 

無駄に暴れていた悠理は、眼下の光景にぴたりと動きを止めた。

まるで恋人同士のように身を寄せ合う、男と女。

違和感に、気づく。

清四郎の優しい笑みに、ではない。

まるで眠っているような、悠理自身の体に。

 

キスされて茶色の睫が揺れている。

マタタビをもらった猫のように、むにゃ、と口元が緩んでいる。

シーツに覆われた胸が、緩やかながらしっかりと上下している。

死体だと思っていた悠理の体が、呼吸しているのだ。

 

“あたい、生きてる・・・?”

 

自分が生霊のようなものになったのだろうと、悠理は理解した。

ほっと息をつく。やはり空気は動かないが、とりあえずは安堵する。

 

 

「眠ってしまったんですか?ったく、スッキリした顔をして」

清四郎は悠理の頬をつついて、クスクス笑っている。

穏やかな笑み。

意地悪なものでもなく、苦笑でもなく。

こんな清四郎の笑みを見るのは久しぶりだった。悠理が眠っていると思っているから、思わず漏れたのだろう。

清四郎はなかなか本心を見せようとしない。

それは、こんな関係になってから、余計に。

 

 

そもそも清四郎と悠理が寝たのは、酒の上のアヤマチに過ぎなかった。

翌朝、我に返った清四郎に“一生の不覚です、なかったことにしましょう”などと言われたのだが。

処女だった悠理だけど、初めて知った快楽は忘れがたかった。

“今後もよろしく”とガックリ肩を落とす清四郎に笑顔で告げて、関係は継続された。

恋人として付き合っているわけではなく、相変わらずの友人同士。

それでもふたりは、週に二度は共に夜を過ごす。

今回のように、本当に昇天させられたことは初めてだったけれど。

 

“気持ち・・・・良かったからなぁ・・・”

空中で、悠理は見えない腕を組んだ。むふ、と笑んだ口元は、下で転がっている抜け殻と同じ表情。

 

悠理は清四郎とのセックスは好きだ。

他の男としたことがないので比べようはないとはいえ、他を試そうと考えたこともない。

まったりとしつこくて、時に激しくて。

そして、清四郎が普段は見せることのない表情を見せるのが、たまらない。

 

「ひとりで満足して、僕は放ったらかしとは、相変わらず我がままなお嬢さんだ」

清四郎は片肘をついて悠理の髪を梳きながら、微笑している。

言葉に反して、満ち足りた表情だった。

日頃は悠理に向けられることのない、切ないまでに優しい笑みだった。

 

 

――――好きだ、悠理。

 

彼が繰り返しそう告げたのは、初めてのあの時だけ。

“あれは下半身が言わせた失言”だの、“おまえに惚れたら最悪”だの、清四郎は苦虫を噛み潰していたけれど。

時に激しく、時に切なく。

睦みあう中で理性の切れた瞬間、清四郎の感情はその体が雄弁に語る。

 

 

悠理は恋なんて、知らない。

知らなくていいのだと、思っていた。

いつだって、楽しいことを追い求め、自身の欲求に忠実に行動してきた。

だから、清四郎と関係を続けるのも、気持ち良かったから。

体が彼を求めたから。

単純で明快な論理だ。

そのはずだった。

 

 

「・・・わがまま者には、罰が必要ですな。」

片肘をついて横たわり、隣で眠る悠理の体を見つめていた清四郎が体を起こした。

シーツが背中を流れ落ち、見事な体があらわになる。

清四郎はくったりとした悠理の体に手をやり、シーツを剥ぎ取った。そのまま、下肢に手を這わせる。

悠理の抜け殻は彼の意のままにされ、男の前で足を開いた。

 

“うひゃっ”

あんまりな光景に、さすがの悠理も瞠目した。

 

清四郎は悠理の足を大きく開き、中心を指で撫でている。弛緩した体は、男の節ばった指をやすやすと受け入れた。

室内に淫靡な湿った音が立つ。

 

“ぎゃあああ〜〜”

清四郎から日々恥知らず呼ばわりされる悠理も、客観的に見た濡れ場には、恥ずかしさで身悶えた。

 

「・・・悠理、これでもまだ目覚めないのか?」

清四郎が拗ねたような口調で笑う。

また、悠理の知らない顔で。

 

ずきん、と悠理の胸が疼いた。

なんだか、落ち着かない。羞恥のためだけでなく。

 

 

清四郎は悠理の小さな胸の先を唇でついばんだ。何度も、引っ張るように弄ぶ。

女としては大柄なはずの悠理の体も、清四郎に組みしかれていると、華奢に見えた。

 

ずくん、と悠理の体が疼いた。

だけど、今の悠理に体はない。疼いているのは、心なのだ。

 

“・・・・やだ”

 

悠理は無意識に呟いていた。

眼下の光景が耐え難い。

あそこに悠理の心はないのだから。

 

大きく足を開いたままの女の体の上に、男の広い背中が重ねられる。

浮き上がる背筋。力の込められた腕。

見ているだけで、引き締まった腹に触れた感触が蘇る。

肌と肌の触れ合う心地良さ。擦り合わせ熱を共有する快感。

今、悠理と清四郎が共有するものは何もないのに。

 

“許せない”

そう思った。

 

清四郎が抱いているのが、知らない女に思えた。

彼と身を重ねているのは、確かに自分の体なのに。

 

「悠理、ああ・・・悠理」

清四郎の声が切なく響く。

ぐちゅ、と音を立てて、彼の欲望が女の狭間に埋まってゆく。形の良い引き締まった尻が、ゆっくりと律動する。

 

 

“やだ、やだ・・・”

悠理は実体のない体で喘いだ。

 

彼を感じたい。

他には渡したくない。

単純で明確な、感情。

 

 

――――清四郎ーーっ!!

 

思わず、悠理は絶叫していた。

音にならない声で。空気ひとつ動かせはしない、心だけで。

 

 

*****

 

 

「はい?」

素直に返事され。

目を開けると、至近距離に、清四郎の顔があった。

 

「うにゃ・・・?」

一瞬、悠理は自分の状態を把握できなかった。

清四郎の匂い。そして、重み。全身が温もりに包まれていた。

そして、体内で脈打つ圧迫感が、悠理に現実を教える。

ずくん、と下腹が疼いた。

 

「やっと、目が覚めましたね?」

清四郎が重ねていた身を起こす。

悠理の中をいっぱいに満たしていたものが、わずかに動いた。

 

「あ・・・や。抜かないで・・・」

悠理は両腕を清四郎の肩に回した。

ぎゅ、と清四郎にしがみつくのは、腕だけではない。

悠理の全身が、清四郎を求めている。

 

「くっ・・・」

苦しげに、嬉しげに、清四郎が喉を鳴らした。

「本当に、淫乱な体だな」

揶揄する言葉に、彼は心を隠す。

清四郎の表情が、見慣れた意地悪なものに変わった。

口の端をゆがめた笑みに、心が疼いた。

 

「だ・・・誰のせいだよ!」

さんざん抱いたあと、絶頂感に意識を飛ばしていた悠理に、ふたたびのしかかって来たのは清四郎だ。

そう、清四郎のせい。意識のない抜け殻を抱いて、悠理を苛立たせたのは。

 

ゆるく突かれるだけで、漏れ出る嬌声。

擦られて、疼く箇所。

腹の奥から湧き出る、熱い奔流。

 

「僕を締め付けて放さないのは、悠理でしょう?ほら、こんなに溢れてきますよ」

自分を挿しいれたまま、長い白い指先が悠理の下肢をくすぐる。

「ひゃ・・っ」

粒を捏ねられ、沁み出す愛液。

接合部分を弄っていた清四郎の指は、しとどに濡れ雫を垂らす。

清四郎はからかいの笑みを浮かべた己の口元に、その指を持っていった。

赤い舌がちろりと舐める。

 

「!」

 

直接、疼き痺れる部分を舐められたように、悠理の体に電流が走った。

そんな反応も、繋がった部分から清四郎に伝わってしまうのに。

 

「ったく、ケダモノめ」

 

忌々しげに、清四郎は悠理を嘲笑った。

罵倒の言葉が、空中を漂う。もう、清四郎はあの切ない笑みを見せない。

 

悠理の腰に添えられた手に力が込められた。

下肢を繋げたまま、上体を引き起こされる。

 

「ん・・・んっ」

 

悠理は逞しい体にすがりついた。

清四郎の肩から胸にかけて、悠理は指の腹で辿った。筋肉の隆起を確かめ、上腕に歯を立てる。

 

欲しかったのは、この体なのか。

求めていたのは、この刺激なのか。

 

ウエストに添えられた手が軽々と悠理の体を持ち上げ、揺らした。

抵抗する内壁をめくりあげるようにぎりぎりまで引き抜かれ、突き入れられる。

抱き合った彼の膝の上に座り、悠理は淫猥な踊りを踊らされた。

 

悠理の中を穿つ塊。

眼差しよりも熱い、彼自身。

言葉よりも正直な、固い切っ先。

 

揺れる体の最奥が、彼を締め付ける。

「おまえは・・・コレが好きだな。」

清四郎は誇示するように腰を動かし、屹立で悠理の中をかき回す。

「せ・・いしろ、の、せいだかんなっ」

「責任は、取ってるでしょう?」

意地悪な口を利きながら、清四郎の貌に影が差す。自分の言葉に傷ついたように。

体だけの関係を望んだのは、彼自身なのに。

 

荒い息。熱い目。

彼の汗と吐息に、欲情する。

 

耐え切れず、悠理は上体を反らせた。

清四郎の唇が喉を這う。

そのまま下って鎖骨を辿り、悠理の薄い胸に辿り着いた。

 

「あっ」

 

上下に揺すられながら、胸の先を唇に挟まれた。

舌先が敏感な場所をくすぐる。甘く歯を立てられる。

自分の体重で太い屹立を飲み込みながら、悠理は甲高い声を上げた。

 

「あああっ!」

「・・・・っ」

 

ベッドの軋む音が速まる。

悠理の胸の先をついばみながら、清四郎が苦しげに眉を寄せた。

彼の限界も近い。

挿入のリズムに合わせて、悠理の体が収縮する。

捻じ込まれ突き上げられる熱い棒、彼自身が愛しい。

 

「せいしろ・・・清四郎・・・!」

 

荒い息の下で、悠理は彼の名を呼んだ。

清四郎は深い口づけで応える。

「・・・んっ・・・」

口が塞がれ、封じられた。

悠理が告げようとした言葉を。

 

 

――――彼はもう、“好きだ“と言ってはくれない。

口づけさえ、熱情の中でしか与えてくれない。

 

 

唇を深く重ねたまま、清四郎の体が震えた。

最奥を突かれると同時に、精を放たれる。

 

「っ・・悠理!」

 

離れた唇が吐き出した、彼の苦しげな呻きに、歓喜を感じた。

獣じみた嬌声を上げ、悠理は清四郎の肩に噛み付く。

悠理の全身が痙攣し、彼のすべてを飲み込もうとする。

 

体と心が、ひとつになる。

全身全霊、悠理のすべてが、清四郎を求めてる。

 

 

“悠理は恋なんかしない“

そう思っているのは、悠理自身だけじゃない。

まるで、そうあって欲しいというように、清四郎は悠理に暗示のように繰り返す。

悠理のことは何でも知っているのだと、言いたげに。

 

だけど、清四郎は知らない。

セックスが好きなのは事実だけれど、悠理は彼にしか、感じない。

体の熱が、心を溶かしたのか。

心が求めるから、感じるのか。

こんなにも、激しく、狂おしく。

 

 

 

息をまだ荒げたまま、悠理はしどけなくシーツの上に横たわり。

ベッドに腰を下ろして後始末をしている清四郎の背中を、黙って見つめていた。

「・・・・どうした?」

悠理の視線に気づき、清四郎が口の端を歪めた。

「まさか、いくらおまえでも、まだ足りないってことはないでしょう?まぁ、あと10分待ってくれれば、ご要望に応えてもいいですがね」

嘲笑するような口調に、悠理は彼を睨みつけた。

「・・・・言ってろ、スケベ」

きっと、悠理は物欲しげで貪欲な顔をしていたのだろう。

確かに、まだ足りない

心と体が遊離した先ほどの経験が、教えてくれた。

痛いほど彼を求めているのが、体の欲望だけではないのだと。

 

 

だけど。

封じられた言葉を、今さら口にする気はない。

――――“おまえは、あたいのものだ”なんて。

そう悠理が言っても、きっと彼は苦笑を浮かべるだけだろうから。

 

 

いつだって、腹が立つ位に鋭敏で自信家のくせに。

体は繋がっても、心は通じない。

 

好きだと言いながら、馬鹿にして蔑んで。

決して彼女を信じない男。

 

 

 

悔しいから――――”アイシテル”なんて、言ってやらない。

 

 

 

 

End

 

 


 

フロ氏から、サイト二周年のお祝いにいただきました〜♪「アイシテルなんて言えない」の続編です!

素直じゃない清四郎と、こちらも素直じゃない悠理。二人が互いに本当の気持ちを伝え合うのは、いったいいつになるんでしょう?……サイト10周年祝いぐらい?(←ボコ殴)

 

 

 

 黒背景部屋へ

Material by あんずいろさま