アイシテルなんて言えない By フロさま
目覚めた瞬間に、昨夜のことが夢ではないとわかった。 腕の重み。素肌に直接触れる、柔らかな肌。ふわふわの髪の香り。
「・・・さて、どうしたものか・・・」 清四郎は天井を睨みつけ、思案した。 視線を下ろせば、清四郎の胸元に顔を寄せて眠る悠理の顔が目に入ってしまう。
まだ、日の昇りきらない早朝。 セミダブルのベッドで身を寄せ合う裸のふたり。 しかし、彼らは恋人同士でも、ふたりきりで泊まりに来たわけでもなかった。
チチチ、ピチュ、と鳥の声。 ここは皆で訪れた高原の別荘だ。お決まりの宴会のあと、仲間たちはそれぞれの部屋で眠っている。
「・・・やべ、野梨子がそろそろ起きてくるかな?早朝散歩したいって言ってたもんなぁ」 清四郎の胸に顔を押し付けたまま、悠理がぽつりと呟いた。 「起きてたんですか・・・」 「いま、起きたとこ」
もぞり、と悠理が身じろぎ、丸い肩と胸が見える。いまさらながら、清四郎はなんとなく目を逸らせた。
「あー・・・えーと、昨夜は・・・その、申し訳なかったですね」 「?」 「酒の上でのアヤマチというか、双方本意でなかったので・・・その、なかったことに」 「忘れろってか?」 「お互いの精神安定のためには、その方がいいかと」
悠理は左手で片肘をつき、頬を乗せた。 至近距離からじっと見つめられ、清四郎はますます目を逸らせる。
「・・・あたいの処女を奪っておいて、なかったことに?」 「大丈夫です、おまえの記憶力なら、数歩歩けば忘れられますって」 清四郎がそう太鼓判を押した途端、悠理の右手が布団の中に潜り込んだ。 「痛っ!」 いきなり敏感な箇所を握られ、清四郎は悲鳴を上げた。 「な、なにするんですか!」 「大声出したら、早起きの野梨子以外も起きてくんぞ。シンミョーにしろぃ!」 ぎゅうう、と小さな手が握り締めているのは、男の大事な部分。 悠理の手の冷たい感触と、かがんだ体勢だとさすがに存在を主張している揺れる胸が妙にリアルだった。 すくんでもよいシチュエーションながら、健康な成人男子の朝にふさわしく、清四郎の分身は質量を持つ。
「昨夜あんなにヤッたのに、元気だな」 「・・・どこまで下品なんだ、おまえは」
悠理の手を危険箇所から引き剥がす。しかし、ふぅ、と清四郎がついたため息は安堵のためではなかった。
「ったく、一生の不覚ですよ。まさか悠理と一夜を過ごすとは」
本当にそんな気はカケラもなかったのだ。 いっそ記憶を失うほど飲んでの結果なら、まだマシだったかもしれない。
朝の陽の光の中で、金色に輝く悠理の産毛。少年のような意志の強い貌。 その貌が、清四郎の腕の中で女の表情に変わる様を覚えている。快感に色づく白い肌の滑らかな感触も、はっきりと。
「・・・はっ」 気づくと、清四郎の両手は悠理を引き寄せていた。掌が勝手に彼女の胸を揉みしだく。唇がうなじを這う。 それは、昨夜酔ったあげくにそうしてしまったのと同じように。
「あん」 悠理が鼻にかかった声を上げた。 「悠理・・・嫌じゃないんですか?」 左手でマシュマロのような小さな乳房を揺らしながら、右手は下腹を辿り狭間に侵入する。足の間で指を動かし、くすぐり突つく。 「んんんん・・・最初は痛かったけど、だんだん気持ち良くなったしぃ」 とろんと潤んだ瞳で悠理は微笑した。上気した頬。はふ、と甘い息を吐く濡れた唇。 朝の光の中でも、艶めかしく肌が色づく。幼い色の胸の先も、指で挟んで苛めると充血し形を変える。 「もしやと思ってましたが、そんなところもケダモノだったんですね。本能に忠実すぎですよ」 苦い思いで呟きながら、清四郎の手は止まらない。昨夜は時間をかけて嬲り慣らし犯した場所に、性急に指を埋める。 悠理はぶるぶる身を震わせた。しっとりと全身が湿り、女の香りが匂い立つ。 「なかったことにする前に、もう一回くらいしときましょうか?」 男の勝手な言い草にも、悠理の体は柔らかく潤み開かれる。 答えを聞く前に、清四郎は彼女の内部に欲望を埋め込んでいた。
「ん、ん、ん、あん、あん、あん」 ギシギシとベッドが揺れ、男の荒い息と女の嬌声が重なる。 「悠理、もうちょっと声を・・・くっ」 重厚な造りの別荘の壁は厚いが、窓の外の散歩道を散策する仲間がいれば、声を聞かれてしまいかねない。 「む、無理だよぉ・・・あ、あーーっ!」 「ったく、淫乱な体だ。好きな男でなくとも、こんなに感じるんですか・・・」 清四郎は憎憎しげに、大きく腰を突き上げる。 担ぎ上げた細い足が、男のたくましい肩の上で跳ねた。
女の内部が収縮し男を締め付ける。清四郎は息をつめて、襲い来る快感に耐えた。 「・・・ふぅ」 挿入したまま絶頂感をやりすごす。 悠理の上に崩れるように身を重ね、清四郎は身の裡の波が引くのを待った。 顔を乗せた柔らかい胸は激しい鼓動を打ち、上下に揺れている。珠の汗の浮いた肌が、陶磁器のように日光に煌いた。
――――こんなに綺麗な女なのに、中身はドーブツ。
達しなかった清四郎とは違い、快感に身をまかせた悠理は満足そうに目を閉じている。 むにゃ、と口元が気持ちよさげに緩んでいる。 まるで、マタタビをあたえた猫だ。
清四郎は滑らかな肌に頬を寄せたまま、ため息をついた。 「食欲があれだけすごいんですから、性欲も人一倍ですよね・・・どうするんですか、これから」 ポツリと呟いた言葉に、悠理は即答。 「ん・・・よろしく」 「“よろしく“って!」 清四郎はむっと眉を寄せて目の前の悠理の乳房を弾いた。ぷるんと揺れる乳首に、歯を立てる。 「あのね、おまえが非常識なのは知ってますがね、こんなことは今後はなしですよ」 「なんで?」 「なんでって、精神衛生上良くありません。友人を続けていくためにはね」 「べつにいーじゃん」 胸をいじられて、悠理は気持ち良さそうに身をよじる。 そうすると、まだ交わったままの下肢が刺激される。 清四郎はゆっくり腰を動かしながら、ぶつぶつ文句を言った。 「おまえはいいかもしれませんが、僕はこんなことはこれきりにしたいんですよ」 「ヘンな奴」 「どこがですか」 「だっておまえは、あたいを好き、なんだろ?」 「はぁ?!」
清四郎は裏返った声を出した。腰の動きが止まる。
「なんで、僕がおまえをっ」 「違うの?」
まだ交わったまま、腕の下で小首を傾げて問われ、清四郎は頬が赤らむのを感じていた。
仔犬のような悠理の色の薄い瞳が、真っ直ぐ見つめてくる。 ここで、否と言えば情け知らずのロクデナシだろう。
「・・・男は、好きな女でなくても、抱ける生き物なんです」
潤んだ瞳と同じ、潤みきった場所に温かく包み込まれ。男の体は女を求めるが、理性は別の答えを出していた。 立派にロクデナシ。情け知らずの男で十分。
普通の女ならここでわっと泣き伏すところだったが、なにしろ相手は悠理。彼女も普通の女のメンタリティは持っていまい。 まだ彼女の中から自分を抜かぬまま、清四郎は全身を緊張させて鉄拳に備えた。
「・・・ふぅん」 しかし、悠理は口をわずかに尖らせて眉の端を上げただけだった。 悠理は指先で清四郎の胸に触れる。つつつ、と筋肉の隆起を辿る。突くわけでもない害意のない指が、男の胸でのの字を描いた。 「悠理?」 唇は尖がっているものの清四郎のひどい台詞にもかかわらず、さして傷ついた表情でもない。 常に感情の起伏の激しい彼女らしくない、物憂げな顔。情事の艶の浮かんだ女の貌。 それは、怒りの鉄拳をぶち込まれるよりも清四郎を戸惑わせた。 突き出された桃色の唇に、視線が吸い寄せられる。 思わず身を近づけて、唇に触れそうになった。
「・・・はっ」 口付ける寸前に、あやういところで清四郎は我に返った。あわてて体を起こして悠理に重ねかけていた顔を引き戻す。 セックスしておいて(しかも現在進行形)、キスに躊躇するのもなんなんだが。ここは自分の意思を明確にしておきたい。 清四郎は悠理とは友人に戻るつもりなのだ。 昨夜――否、現在進行形の関係は単なるアヤマチ。彼女に“よろしく”されて、今後関係を続けるつもりはない。
決然と意思を固め、少し生まれた距離で見下ろすと、悠理は上目遣いで清四郎を睨んでいた。
「・・・昨夜はずっと“好きだ、好きだ”つってたじゃん」
ちろりと悠理の紅い舌が、男の乳首を舐め上げる。 「・・・・・っ!!」 全身に痺れが走った。 反応するのは、生理現象。
清四郎はごくりと息を飲んだ。 「・・・下半身が言わせた言葉ですっ」
――――好きだ、悠理。おまえがずっと好きだった。
たしかに昨夜、初めての行為に怯えすすり泣く幼い彼女に、何度もかすれた声で囁いた。 欲望のあまり、我を忘れて。
「おまえみたいな本能だけのケダモノ女に惚れたら、最悪じゃないですか!ただでさえとんでもなくトラブルメーカーだし、目を離せないわ、ぶんぶん振り回されるわで、早死にします!だいたい、おまえは恋愛なんてできますか?!そんな相手に恋するなんて、不毛以外のなにものでもありません!」
清四郎は一気にまくし立て、荒い息をついた。 まだ悠理の指は清四郎の胸の辺りを彷徨っている。 激しく脈打つ鼓動を探るように。 心の裡を探るように。
――――ずっと、おまえが好きだった。おまえから、目が離せなかった。おまえだけが、欲しかった。
言葉を重ねれば重ねるほど、悠理のこわばっていた体は甘く蕩けた。牡が雌を得るための、卑怯な手管。 そう、それに過ぎないと思ってくれればいい。
「・・・えらい言われようだな。で、ソレは下半身じゃなく、上半身でしゃべってるのか?」 「見ればわかるでしょう!」 悠理は布団を持ち上げて、中を覗き込んだ。 「見るのはそっちじゃありません!」 まだ絡み合ったままの下肢。 「下半身も、なんかしゃべりたそうだけど?」 「・・・っ」 どくんと応える脈動。
男の体はとっくに、白旗を揚げている。 理性だけがまだ抵抗を試みる。
「おまえに惚れたら、不幸一直線じゃないか!」 体は天国でも、心は煉獄。ことここに至っても、その認識は変わらない。 彼女は普通の恋愛などできる女ではない。
「・・・ま、おまえが性格曲がってるのは知ってるけど」 悠理はもう一度清四郎の胸を舐めた。 翻弄されてなるかと、清四郎は思わず腰を引く。 だけど、悠理の足が彼の腰を挟みつけ、抜くことを許さない。
悠理はニヤリと、微笑した。 上半身からの理性の叫びも下半身の欲望も、悠理は頓着してないらしい。 人並みはずれた彼女の本能は、すでに察している。 理性がいくら拒否しようと、酒と欲望によって暴露された、清四郎の感情を。
「で、いつからあたいを好きだったの?」 獲物を捕らえた獣の目が、愉快気に細められた。
――――どうすれば、おまえは僕のものになる?
昨夜、彼が懇願した問いに答えてくれない彼女に。 「・・・・・・・・・・忘れました」 清四郎はついに屈した。 逃げ回り避けまくり、気づかないふりをし続けて来た、心の声に。
告げるつもりなどなかった。成就など望むべくもなかった。 ずっと、友人のままでいたかった。 それは、素直じゃない男の、根性曲がりな本心。 彼女への想いを、隠し続けるつもりだった。
清四郎は悠理のしなやかな足を抱え上げ、身を乗り上げた。 へし折られたプライドの代わりとばかりに、激しく責めたてる。
「あ・・・ん、ま、また・・」 「・・・くそ!」
奥の奥まで突き、清四郎は苦い絶頂を迎えた。
――――いつから、あたいを好きだったの? ――――忘れました。
真っ白になった脳裏に鮮やかに蘇るのは、遠い記憶。 それは、遥か昔。 一瞬にして、囚われた心。言葉に反して、彼女と出逢った瞬間を、忘れるはずもない。 あまりに遠い昔に、すでに落ちていた、恋。
敗北は認めても、悔しくて、悔しくて。
――――ずっと愛してたなんて、とても言えない。
END
フロ氏からいただきました〜! 大好物の、後朝シチュ。素直になれない清四郎が、かわいくってたまりません!
このSSを読ませてもらって、そのときに自分が書いていたSSとの被り具合にびっくり。 同じケダモノ悠理を扱った作品、プチ企画を立てて同時発表しちゃおう!ということで、 私のSSはフロ氏サイト、「ふろいらいんの煩悩空間」でアップしていただいております。 どうぞそちらも、ご覧くださいませ。
しかし好きだね、二人ともこのシチュが。「カラダからはじまる恋愛」〜。(爆) 続編の「アイシテルなんて言わない」はコチラ。
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Material By Abundant shineさま