2.
清四郎は、そう言うだろうと思っていた。 選べないのだ、二人とも。 お互いの存在だけを、選ぶことは出来なかった。 魅録の思いを犠牲にして、野梨子の思いを犠牲にして、二人だけが幸せになるなんて、出来なかった。 昨日今日の友人なら、こんな風に思わなかっただろう。 けれど、清四郎にとって野梨子は生まれたときから一緒にいた大切な幼馴染で、魅録は、唯一彼が適わないと思えるくらいに、認め合える親友で。 悠理にとって、魅録は誰よりも心を許せる親友で、野梨子は悠理にとっても生涯初めて喧嘩で引き分けた特別な存在で。 だから…二人の犠牲の上に成り立つ幸せなんて、清四郎と悠理には選べなかった。
万感の思いを込めて、二人はじっと見詰め合った。 清四郎の手が、悠理の頬に触れた。 そっと、キスを交わす。 最後のキス。 今まで、軽いキスしか交わしたことはなかった。 急ぐことはないと、思っていたから。 時間は、いくらでもあると思っていたから。
最後のキス。 初めての、深く激しいキス。 互いの唇を、舌を求め合い、硬く抱きしめあった。 つ…と、唇が離れる。 お互いの頬を、涙が伝った。
「悠理…」 「せーしろ…」 泣きながら、もう一度キスを交わす。 これが最後、もう、これが本当に最後…そう思いながらも、離れがたくて。
泣きながら、何度も何度もキスを交わした。 抱き合って、お互いの体温を確かめて。 ずっとずっと、このままでいたいと思った。 だけど―――
「もう、帰りましょう、悠理」 ついに清四郎が、終わりを告げた。 「ん……」 悠理も、黙って頷いた。 「僕はもう少しここにいますから、悠理は先に帰ってください」 「…わかった」
悠理は立ち上がって身体についた砂を払い、項垂れたまま歩き出した。 その後姿を、清四郎も立ち上がって見送った。 離れていく、二人の距離。雨に打たれた花のように、萎れた悠理の後姿が小さくなっていく。 駆け寄って抱きしめてやりたかった。 あんな後姿を、ただ見つめてなんていられない。 けれど、しょうがないのだと、清四郎は必死で自分に言い聞かせた。 夏と共に始まった恋は、夏が終わると同時に終わってしまうのが運命。 そして今、二人の夏も終わりを告げようとしている――
「い…や、だ…」 急に、清四郎が呟いた。 「嫌だ、嫌だ、悠理!」 驚いて、悠理が立ち止まって振り返る。清四郎が涙を流し、首を左右に大きく振りながら叫んでいた。 「これで終わりだなんて、嫌です!友達になんか戻れない!思い出になんかできない!あなたを、離す事なんて出来ない!悠理!」 悠理の瞳が大きく見開かれる。 新たな涙が、その瞳から零れ落ちた。 だっと、悠理が駆け出す。清四郎に向かって。大きく広げられた、その腕に向かって。 何者にも止められない、ただ、彼が愛しいという気持ちから来る力によって。 彼の胸に、飛びつく。清四郎の腕が、しっかりと悠理を抱きとめる。
「悠理!悠理…」 「清四郎…清四郎…清四郎!」
お互いの名を呼び続ける以外に、何の言葉もいらなかった。 離れられない。 夏は終わらない。 二人の中で、きっとそれは永遠に。 恋が夏の終わりと共に終わると言うのなら、これはきっと、愛の始まり。 恋が流れ溶け去り、消えた後に現れるのは……純粋な、愛の結晶。
*****
二人が別荘に戻ったとき、なかなか戻らない二人を心配した魅録と美童が、探しに出ようとしている所であった。 手をしっかりと繋ぎ、目を真っ赤に泣き腫らした二人の様子に、仲間達は大方のところを見て取ったのだろう。 二人の心配をかけた事を詫びる声には耳を貸さず、ただ中に入って暖まるようにと勧めた。 可憐が大きなバスタオルを2枚抱えてくると、一枚を清四郎に渡し、もう一枚で悠理の頭をすっぽりと覆ってガシガシと拭き始めた。
「まぁったく、こんなに潮に濡れちゃって…風邪ひくわよお。清四郎、先にシャワー浴びてきなさいよ!」 「夜になって冷えてきたな…暖炉焚くから、美童手伝えよ」 「オーケー。野梨子、二人になんか暖かいものでも入れてやって」 「わかりましたわ。コーヒーでいいですわね?皆にも…」 騒がしい仲間の声に追い立てられるようにして二人は、順にシャワーを浴びて着替えた。
「あれ?皆は?」 悠理が着替えてリビングに入ると、暖炉の前では清四郎が一人で座って火を掻いていた。 「皆、もう寝るといって部屋に引き上げてしまいました」 「そか…」 「こっちに、来ませんか?」 隣を指差されて、悠理は清四郎の隣に腰掛けた。 暖炉の前、敷物の上。
「さっきね、魅録に言われてしまいましたよ。友達甲斐のない奴だって」 「魅録に?」 「ええ。俺に遠慮なんかするなって、ね」 「…あたいも、野梨子に言われたんだ」 「何と?」 「二人とも、馬鹿ですわねって。悠理だったら、仕方がないですわ、って」
明日になったら、二人して皆に謝ろうと帰る道々二人で決めていた。 魅録にも、野梨子にも、きちんと二人の気持ちを話そうと。 離れられないのだと。 お互いが、何よりも大切なのだと。 きっと、皆はわかってくれる。 あんなに悩んで泣いたことが嘘の様に、二人は確信していた。
「せいしろ…」 幸せそうに目を閉じて、悠理は清四郎の肩に頭をもたせかけた。 清四郎が悠理の肩を抱き、髪の中に口づけを落とす。 見詰め合って、微笑を交わす。 まだ、悠理の目は腫れが残っている。清四郎の目も同じ。 片方の手を悠理の頬に添えて、優しく口づけた。 優しいキス。 これが最後じゃない。 これからの二人の、始まりのキス。
夏は、終わろうとしている。二人の関係を変えた熱い夏は。 けれど、二人の愛は終わらない。 あの涙のキスを乗り越えて、離れようとする心を乗り越えて、再び結び合ったから。 今の二人が交わすのは、幸せのキス。未来へのキス。
夏の終わり、恋の後。 姿を現した、純粋な愛。 抱き合う二人には、もう、何の迷いもない―――
end
(2005.10.15)
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サザンの「涙のキッス」からの妄想です。 昨夜この歌を聞いていたらいきなり妄想が沸き、泣きながら書き上げてしまいました。(笑) 歌詞どおりだと当然、二人は別れてしまうわけですが、私の全身がそれを拒否しました。よって、清四郎の叫びは私自身の心の叫びに他なりません。
私にしては、珍しくピュアな二人。書きなぐり状態の作品ですが、共感していただけたらな〜。
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