3.
「だからね〜、結局あいつはまだまだこどもらっていうんですよ〜〜」
店のドアを開けた悠理の目に飛び込んできたのは、クダを巻いている清四郎の姿だった。 右手に持ったグラスをどんとカウンターに叩きつけ、肘をついた左腕で髪をぐしゃぐしゃとかき回している。 隣に座った魅録は眉をしかめて黙々と自分のグラスをすすり、美童は逃げ出すタイミングを窺っている。 落ち着いた雰囲気の店の中で、他の客達の視線も清四郎に集中しているようだ。 無理もない、ただでさえ長身で目立つ風貌の男3人のうちの一人が、だらしなく酔って愚痴っているのだから…
「…まったく、何も逃げることないじゃないですか…僕が何するって言うんですか?何もしませんよー。何も……いや、そりゃちょっとは…抱きしめたい、とか思いましたけど……でもそんなのは男だったら当たり前でしょう?!ねぇ、聞いてんですか?美童!」 「だ〜、聞いてるってば!髪の毛引っ張るなよぉ!魅録、何とかしてよぉ〜」 「清四郎をからかってやろうって呼び出したのはお前だろ、美童。責任取れよ。しかしなぁ…」
「あんた達…」 あきれたように口を開いたのは、悠理の後ろに立っていた可憐だった。 美童の表情が輝く。 「可憐〜〜!遅かったじゃないか。助けてよぉ」 美童の言葉に、清四郎がゆっくりと振り返って立ちすくんでいる3人娘を見た。
「悠理……」 呆然と呟き、清四郎は立ち上がろうとした。 バシャッ。 手に引っかかったのか清四郎のグラスが倒れ、カウンターにスコッチが流れた。 「あ…」 慌てて自分のハンカチを出して拭こうとした清四郎を、可憐の手が止めた。 「ああ、いいわよ。私がするから!悠理、この酔っ払いを家まで送ってやって頂戴」 どんっ、と可憐が清四郎の大きな身体を悠理の方に押しやる。 「お願いしますわね、悠理」 野梨子がそう言って悠理の脇を通り過ぎると、可憐を手伝ってグラスを店員に返した。 「頼むぜ、悠理」 「よろしくね〜」 ほっとしたように笑い、魅録と美童が手を振る。
「せーしろ…」 悠理の呼びかけに、清四郎はちらっと悠理を見たが、すぐに視線をそらして俯いてしまった。 そのまま所在無げに立つ大きな身体の男を、どう扱えばいいのかは悠理もわからない。 わからないけど、でも―― 「せーしろ、帰ろ。な?」 くいくいっと、清四郎の腕を引っ張ってみた。 一瞬ためらい、清四郎は背後の仲間を振り返る。 4人は呆れた様な、でも愛情のこもった顔で二人に向かって微笑んでいる。 「じゃあ、お先に失礼します。すみません」 そう言って頭を下げると、清四郎は悠理に手を引かれるままに店を後にした。
「清四郎んちに寄って」 運転手の名輪に告げ、悠理は車のシートに深く身を預けると、隣に座る男を横目で見た。 清四郎は膝の上に手を組んで置き、俯いて座っている。 いつもきちんと撫で付けられている髪は乱れ、前髪はほとんど落ちて目の上に被さっている。 きちんとアイロンがかかっているはずのスタンドカラーのシャツも、心なしかよれっとして、二つ目までボタンが外されている。 ―――こんな清四郎、初めて見た。 いつも隙のない男。 冷静で、沈着で、憎たらしいくらいに落ち着いている男。 その男が、今は酷く酔っ払って普段とはまるで違う表情を見せている。 そして、その理由は自分。 自分に振られたと、この男は荒れていたのだ。 酔って、大きな声を出して、友人に絡んでいたのだ。
―――なんか、かわいいぞ。 清四郎が知ったなら、憤怒のあまり死にそうになるような感想を悠理は抱いた。 くすくすと笑い出してしまう。 「…何が、おかしいんですか?」 清四郎の暗い声に、しまった、と思う。 「いや…えーと」 「…どうして、来たんですか?僕を笑いに?」 「違う!」 思ってもみない清四郎の言葉に、悠理は思わず大声で否定した。 「じゃあ、何で来たんですか?」 「……」
清四郎は、俯いたままだ。悠理の方を見ようともしない。 こんな清四郎に思いを伝えるには、半端な言葉じゃ駄目だ。 うわべだけの言葉なんかじゃ、今の清四郎には伝わらない。 考えるのは、苦手だ。 口で言っても伝わらないのなら…
すっと、悠理の身体が動いた。 俯いている清四郎の顔を、下から覗き込むように。 ちゅ…唇を、重ねた。 清四郎の目が、大きく見開かれる。 唇を離し、下から顔を覗き込んだまま悠理は囁いた。 「大好きだよ。せーしろー」
「…止めてください」 「は?」 蒼白になり、片手で口元を覆った清四郎の言葉に、悠理は耳を疑った。 「車を止めてください!」 急ブレーキをかけて止まった車から、清四郎は転がるように降りると、道路わきの街路樹の下にへたり込んだ。 悠理も慌てて後を追う。
「う……もう駄目です…うっ、うえっ〜〜」 「って……吐くな〜〜〜!ふざけんな、馬鹿やろ〜〜!」 勇気を出して初めてのキスだったのに、目の前で吐かれてはたまらない。悠理の絶叫が響く。 「悠理の所為で吐いたんじゃありません…」 「当たり前だ!」 道にしゃがみ込んだまま、青い顔をして肩で息をつきながら、清四郎がやっとのことで弁解した。 悠理はもう、涙目だ。
何でこんな、情けない男。 人の必死の告白を、台無しにしてしまうような。 それなのに、何であたいは放っておけないんだろ? 何でこんな姿でさえ、好きだと思ってしまうんだろう? ついさっきまで自覚もしていなかったというのに、気付いてしまった恋は加速していくばかり…
「…すみません、悠理…今日はもう、放っておいてください……」 「そんなことできるかよ。第一、こんな酔っ払い放っておいたら、はた迷惑じゃんか」
まったくロマンティックではない会話を交わしながら、悠理は清四郎を抱きしめた。 情けないけど、悠理にとってはただ一人の男。 「気分が良くなるまで、一緒にいる!」 「悠理……」 清四郎の手が、悠理の頬に触れた。 じっと、瞳を覗き込まれる。 「……こんな、情けない男でもいいんですか?」 「…情けなくっても、清四郎だったら、いい。」 ぎゅっと、抱きしめられた。
*****
「今頃、うまくやってるかしらねぇ?あの二人」 ほぉ、と溜息をつきながら、可憐がカクテルのグラスをカウンターに置いた。 「まったく、世話の焼ける奴らだぜ」 魅録のバーボンは、今夜何杯目だろう? 「ちゃんと、家に帰ったかなぁ?どこかに寄り道してたりして」 「ま…美童ったら」 ニヤニヤ笑いながら呟く美童を、野梨子がやんわりとたしなめる。 「でも、まぁ……」 「とにかく…」 「「「「あの二人に、幸あらんことを」」」」
*****
友人達が二人の幸せを願っていたその頃… 悠理はまだ、清四郎の腕の中にいた。 「清四郎……寝るなよ…」 悠理を抱きしめたまま、黙り込んでしまった恋人の腕の中に。 「寝てませんよ…幸福に、酔いしれてるんです」 悠理の首もとに埋められた清四郎の口から、甘いささやきが零れる。
初めての恋の成就は、ちっともロマンティックなものじゃなかった。 むしろ、かっこ悪くて滑稽で。 だけど、どんなお洒落な映画の中の恋人達よりも、二人は幸せだった。 これから、変わっていく自分達の関係を予感して。 二人はずっと、幸せな想いに浸り続けた。
「…清四郎、寝るなよな〜」
end
(2005.10.15)
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We拍手のお礼SSとして書いたもので、「初めての夏」の続編です。
「酔いどれ清ちゃん」は、フロさんの名作「すき」で描かれていた「完全なる酔っ払い」清四郎が好きなので、一度書いてみたかったんですよね〜。なのに、吐いてるし。(笑)
実はこのお話の翌朝の二人を妄想中です。
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