「告白の後、二人の行方」
「はい、これ、清四郎の。で、こっちが悠理」
可憐がにこやかに、パウダーブルーの封筒を差し出した。 放課後、倶楽部の部室。いつもの顔ぶれ。 「あんがと。可憐」 「ああ、ありがとうございます。この間の写真ですか」 先日、倶楽部の皆で那須に行った、その時の写真。 読んでいた新聞をたたみ、ちら、と悠理を見る。 大口を開けてお菓子を口に放り込んでいる。写真は脇に、置いたまま。 少しほっとする。
……魅録、美童、可憐、野梨子。 さっきから、あなた達の視線は感じていますよ。 なんですか、皆一様にニヤニヤして。 美童、そういう顔をしていると、アホ丸出しですな。
皆で那須に行った時、悠理とのツーショットを可憐が撮影した。 「はい、チーズ!」 その瞬間、僕にふわりともたれてきた悠理に、僕は動揺を顔に出さずにいられなくて。 きっと、その写真には、紛れもない恋心が映し出されているはず。 悠理が、恋しくて、愛しくて、もう我慢ができないところまで来ている僕の欲望すらも。 その写真を悠理が目にした時、僕は悠理に打ち明けよう。 そう、決心していたというのに。 いざとなると、まだ迷っている。 今までの関係を壊してしまうことへの恐れ……いや、違うな。 伝えて、拒絶されることに対する恐れから。
「清四郎、写真は見ないんですの?」 「そうよお、悠理もよ。人がせっかく、焼き増ししてあげたんだから〜」 …野梨子、可憐、面白がってますね。(可憐、期末テストの件はチャラにしてください。) 「ん?ああ…」 悠理が封筒を取り上げた。 ずくん…心が、跳ねる。 僕も焦る心を抑えて、封筒を手に取る。 一番初めに、二人の写真―――ああ、何て表情してるんですか、僕は。バレバレですな。
手に持った写真越しに、悠理を見る。 大きな煎餅を咥えたまま、楽しげに写真を見ていく悠理。 その隣に魅録がテーブルに片手を着いて立ち、悠理の表情を見ている。 僕の視線に気付くと、ニッと笑い、親指を立てて見せた。 2枚…3枚…次々に、写真が繰られる。 悠理の目が、楽しげに細められている。 そして、最後の一枚。
ぽろり、と咥えていた煎餅が落ちた。 悠理の瞳が、大きく見開かれる。 ああ……
遂に、あなたに告げる時が来ましたね。 悠理。あなたを思う、切ないこの気持ちを。素直に今、伝えますよ。
*****
ぽろ…… 咥えてた、煎餅が落っこちた。
慌てて拾ってまた咥え直し、もう一度写真を見る。 夏の初め、皆で那須に行った時の写真。 清四郎と、二人で写った写真。 写真の中で、横目であたいを見ている清四郎の表情… これって…… そっと、写真の陰から向かいに座った清四郎を覗き見る。 あっ!目が合っちゃった。
……なんてカオ、してんだよ。 まるっきり、一緒じゃん。この写真の表情と。 いくら、こういうことに疎いあたいでも、わかっちゃうぞ。そのカオの意味。
清四郎は、あたいに恋してる―――
ぱり……煎餅を、噛み砕く。 いつの間にか、他の皆は出て行ってしまったようで、この部屋には清四郎とあたいだけ。 ぱり、ぱり、ぱり… なんか気まずくて、沈黙が怖くて、わざと大きく音を立てて煎餅をかじる。 ぱり、ぱり、ぱり… せーしろー、なんか言えよ。
「悠理」 うわっ!何? 「その…僕は……」 だから、何? 「…勘違いしないで下さい」 へ? 「僕は、別に…その……」 ……。 「お前と、特別な関係になりたいなんて思っているわけじゃない」 ……そーなの? 「ただ…」 ただ?
「ずっと、お前の側に居たいんです」
「…それって、どーいうこと?」 「どういうことって…」 清四郎が、困ったように眉を下げる。 「言葉どおりの、ことなんですが」 口の端を下げて、やれやれと溜息をつく。 「説明しないと、わかりませんか?」 呆れたような、でも、いつもとは違う優しい口調。
「わかんない」 ぽろ…涙が、零れた。 あれ?何であたい泣いてんだ? 「わかんないよ、せーしろ」 「悠理……」
清四郎が立ち上がり、テーブルの向こうから身を乗り出して、あたいの頬に触れる。 親指で、あたいの涙を拭った。 いつもと同じ、温かい、清四郎の手。 ぽろ、ぽろ、ぽろ 涙が、零れる。 何故だかは、わからない。 わかりたく、ない。
ずっと、今までと同じ関係でいたかった。 ダチの一人として、じゃれ合って過ごしていたかった。 今までも、これからも、ずっとそうしていけると思ってた。 怖い――― 変わっていく関係が。 認めなきゃ、いけない事が。 お前は男で、あたいは女だと。
テーブルを回り、あたいに近付いてくる。 熱を帯びた清四郎の黒い瞳。 抱きしめられたら、きっと、逃れられない。 力では、敵わない。 だから……
「悠理っ!」 清四郎の声が後ろで響く。 部屋を走り出て、一目散に逃げ出した。 清四郎から。あの、熱を帯びた瞳から。
変わりたくなんか、ない。
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