「聖夜の大停電」 By にゃんこビールさま

 

 

 

 

Side-S×Y

 

 

 

剣菱邸の広い玄関ホールは吹き抜けになっている。

その天井に届かんばかりのクリスマスツリーが飾られていた。

それは本物のもみの木を山梨県の山奥から株ごと持ってきたという。

枝先にはたくさんのオーナメントがぶら下がり、金銀のモールも

くるくると巻いてある。

そんな立派なクリスマスツリーの前にひとりの男が仁王立ちしていた。

幾分不機嫌そうな菊正宗清四郎である。

見上げている視線の先には大きな金色の星が揺れていた。

「ねーねーせいしろぉー!ここらへんでいいー?」

遠く天井から聞こえてくるのは悠理の声。

しかしガサガサともみの木と金の星が揺れるばかりで声の主は見えない。

「いいんじゃないんですかー!」

清四郎は見えない悠理に向かって投げやりに叫んだ。

 

今日はクリスマス・イヴ。

清四郎が悠理と恋人同士になってから初めてのクリスマス・イヴだ。

恋人同士が過ごすクリスマス・イヴというのは、光り輝くツリーの前で、

キャンドルを灯し、ワイングラスを傾け、お互いにプレゼントを交換し、

そしてそして、甘美な聖夜を過ごすもの。

若干19歳の清四郎はそう信じて疑ってなかった。

それが早朝に叩き起こされ、悠理の家に来てみればちょうどこの立派な

もみの木が玄関ホールに設置されているところだった。

呆然としている清四郎に悠理は「お揃いだじょ」とヘルメットを渡し、

小型クレーンを使って飾り付けを手伝わされた。

すでにこの時点で清四郎のご機嫌は傾き始めていた。

しかも「それはそっち」とか「これはあっち」など悠理に散々こき使われ、

挙げ句の果てには「清四郎… センスない」と悠理の一言。

朝からぶっ通しで手伝っているというのに「センスない」とは!

清四郎のご機嫌が完璧に斜めに傾いたのも仕方がない。

 

その情無くとも愛しい悠理は小型クレーンに乗り、もみの木の頂点に大きな

星を付けていた。

「うっひょー!やっぱ、てっぺんに星がないとクリスマスツリーにならないよなー!」

きゃはははは、と悠理は手を叩いて大喜びだ。

「おーい、せいしろー!」

「はいはい、センスのない僕に何ですか」

上機嫌の悠理に不機嫌な清四郎が小さい声で呟く。

悠理はぴょん、とクレーンから2階に飛び降りた。

「電飾つけてみてよー!」

「スイッチ入れるのはセンスは関係ないですからね」

ぶつぶつ文句を言いながら清四郎はスイッチに手を伸ばした。

「スゥイーーーーッチ、ゥオーーーーン!!!」

元気のいい悠理のかけ声に清四郎がスイッチを押した瞬間。

 

バチン!!!

 

「あ…」

「うわわわわわわ」

イルミネーション点灯のはずが、暗闇になった。

「せっ、せっ、清四郎!なんで電気消すんだよ!」

「消してませんよ!」

暗闇の中で悠理と清四郎が叫ぶ。

しかしふたりがいる玄関ホールだけではなく、家の中がすべて真っ暗闇だ。

「どうやら停電のようですね」

家のあちこちからメイドたちの悲鳴や、物が壊れたり割れたりする音がしている。

楽しいクリスマスが一転してホラーハウスに豹変。

それじゃサンタクロースではなく、悠理の一番苦手なものがやってきそうだ。

さっきまで浮かれていた悠理はすっかり怯えてその場にしゃがみこんだ。

「せーしろー」

小さい声で清四郎を呼んだ。

「ここにいますよ」

暗闇の中、階段を上がってきた清四郎はそっと悠理の隣に座った。

「どうしよう…ツリーに電飾付けすぎたからかなぁ…」

悠理はしょんぼりと呟いた。

「そのくらいじゃブレーカー落ちませんよ」

くすっと清四郎は微笑んで悠理の髪の毛を撫でた。

「大丈夫。悠理の家には自家発電があるはずですからすぐに電気つきますよ」

「うん…」

小さく悠理は頷いた。

とはいえなかなか電気はつかない。

どうやら公道の街灯も、遠くに見える街並みも灯りが消えている。

「ずいぶん広範囲で停電のようですね」

暗闇に目が慣れてきた悠理は窓のそばに近寄った。

「でも東京タワーはついてるよ!」

確かに遠くに見える東京タワーだけがオレンジ色に浮かび上がっていた。

「なんかロウソクの灯りみたい」

「本当ですね」

唯一灯りがついている東京タワーは、真っ暗な東京の街を照らしているみたい。

「きれいだね」

隣に立っている清四郎に悠理はにっこりと微笑んだ。

 

また゜停電は直らない。

メイドたちもやっと落ち着き、悠理たちのもとにロウソクを持ってきてくれた。

家の中にもロウソクが灯り、弱いながらも明るさが戻ってきた。

清四郎の悠理の前には非常用の白いただのロウソクが灯っていた。

「誕生日ケーキのロウソクは思いっきり吹き消すけど、こうやって見ると

 ロウソクの光って温かいね」

「そうですね。こんなに小さい灯りでも心強い」

ふたりの言葉にロウソクの炎が揺らめく。

悠理はロウソクの灯りに浮かび上がった大きなツリーを見つめた。

「清四郎とね、このもみの木に飾り付けしたかったんだ」

「えっ?」

清四郎はツリーを見つめる悠理を見た。

「クリスマスが終わったら、庭に植えるんだ。それで来年も清四郎と飾り付けするんだ。

 その次の年も…毎年毎年、ずーっとふたりでさ」

ロウソクの灯りに照らされた悠理の横顔は、少し大人びて見える。

「悠理…」

清四郎はそんな愛おしい悠理の肩を抱き寄せた。

悠理がそんなことを思っていたのに、不機嫌になっていた自分を清四郎は恥じた。

「でっ、電気、なかなかつかないねー!」

えへへ、と悠理は照れ笑いを浮かべた。

「いいですよ、このままつかなくても」

清四郎は悠理の頭に頬を寄せた。

「えっ?」

悠理は清四郎の顔を見上げた。

「悠理といっしょなら、停電だろうが何だって平気ですよ」

にっこりと悠理に優しく微笑む清四郎。

ロウソクの灯りは清四郎の顔を柔らかく照らしていた。

「あたいも!清四郎がいっしょだから全然平気!」

悠理も微笑むと清四郎に抱きついた。

 

電気がつかないまま、ふたりは悠理の部屋に行った。

この停電で東京中がパニックになっていたことに朝まで気が付かなかった。

 

 

 

 

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