Side-M×K

 

 

 

キッチンからは鼻歌と香ばしいグリルの匂いが漂ってきた。

ダイニングテーブルにはブルスケッタ、サーモンのマリネ、はまぐりのエスカルゴソース焼き、

アボガドとズワイガニのサラダ、そしてふたり分のテーブルセット。

可憐はクレソンとじゃがいものスープの仕上げに取りかかっていた。

ワインも冷えてるし、あとは鶏肉が焼き上がれば出来上がり。

今日のメニューは彼女オリジナルのクリスマスディナーだ。

可憐は視線に気が付いてふっと微笑んだ。

「お腹空いた?」

「いや、大丈夫」

魅録は見ていた雑誌を閉じてダイニングに入ってきた。

「あと、5分で出来上がるわ。そしたら乾杯、ね」

「おう」

カウンターを挟んでふたりは微笑んだ。

 

今日はクリスマス・イヴ。

魅録と可憐が恋人同士になってから初めてのクリスマス・イヴだ。

どこかお洒落なレストランでも予約した方がいいか、それともクリスマスイルミネーションが

綺麗なテーマパークに行くか、魅録は悩んだ。

どちらも魅録の不得意とするところだった。

そんな魅録を見て可憐は「家でホームパーティしましょうよ」とにっこり微笑んだ。

ジュエリーショップを営んでいる可憐の母親は、この時期が一番忙しい。

昨日、誕生日を迎えた千秋さんを追って、時宗も不在だ。

今まで一人っきりだったクリスマス・イヴが、今日から二人で過ごせる。

誰にも邪魔されないクリスマス・イヴを過ごすことができる。

魅録はポケットにしまってある小さな包みを確かめた。

「そ、そろそろワインでも開けようか?」

「そうね。お願いするわ」

可憐は冷蔵庫を開けてワインを出した。

ふと、冷蔵庫の影に隠してある包みを見て微笑んだ。

ソムリエナイフを用意した魅録にワインを渡す。

キャップシールをはがし、クルクルとナイフを回す。

無骨だけど器用な指先をじっと可憐は見ていた。

男らしくて、だけど優しい魅録の指が可憐は大好きなのだ。

キャップを外したところで可憐の視線に魅録が気が付いた。

「ん?どうした?」

「ううん、なんでもない」

魅録はニッと笑ってスクリューを差し込んだ。

レバーをビン口に固定してコルクをゆっくりと引き抜く。

ポンッと栓が抜けた瞬間。

 

バチン!!

 

「えっ!」

「なっ、なにっ?」

一瞬にして暗闇になった。

「ブレーカーが落ちたのかしら!どうなってんのよ!」

憤慨する可憐の手を魅録はそっと掴んだ。

「そうじゃないかもよ、ほら」

魅録に言われて外を見ると窓に映っていたネオンも消えていた。

ただビルの間から見える東京タワーだけがオレンジ色についていた。

手を繋いだまま窓のそばに寄る。

「ここら辺だけ停電ってこと?」

「みたいだな。ほら、信号も消えてる」

下の片側3車線の通りは車のヘッドライトだけが煌々とつき、その先の信号機は

真っ暗になっていた。

防音されている窓なので音は聞こえないが、外はクラクションが鳴り響いて

大騒ぎになっているだろう。

「大変…」

「停電になったら東京は大パニックだぜ」

その言葉に可憐は我に返った。

「やだ!お料理できないじゃない」

真っ暗なキッチンに目をやった。

可憐の家はこの前、流行のオール電化にリホームしたばかり。

電気がなくては料理も、お湯もどうしようもできない。

「すぐに直るよ」

「でもぉ…」

せっかく魅録のために作ったのに、肝心のメインができあがらない。

しょんぼりしている可憐に魅録は微笑み、そっと手を握った。

「すぐに直ると思うけど、懐中電灯とかロウソクはないのか?」

「懐中電灯?どこかしら。アロマキャンドルならあるけど…」

手を繋いだまま魅録のジッポの灯りをたよりに可憐の部屋へと向かった。

今にも消えそうな灯りと、固く結んだ手から伝わる相手の温かさ。

見慣れた家の中がいつもと違う表情を見せる。

可憐の部屋の前に辿り着いたとき、魅録は一瞬躊躇した。

今まで何度も入ったことがある可憐の部屋だが、いつも仲間がいっしょだった。

まして今はひとりきりで、小さい灯りしかない。

そんな魅録の心の内を知らない可憐は振り返った。

「魅録、早く」

「あ、ああ…」

チェストの引き出しからアロマ用のティーライトキャンドルを出した。

「こんなのしかないわ」

「十分だろう、すぐに電気もつくだろうし」

小さいキャンドルに火をつけ、キャンドルホルダーにセットした。

幾何学模様のガラスから美しいキャンドルの灯りが映し出された。

ルビー色、サファイア色、トパーズ色…

「色が綺麗だから衝動買いしちゃったんだけど、役に立ったわ」

にっこりと微笑む可憐の顔にはピンクの光。

「ワイン、飲むか」

ボトルを持ち上げた魅録の顔には黄色い光。

注いだワインにもキャンドルの光が映る。

「じゃ、乾杯」

「メリークリスマス」

チン、とグラスが美しい音を立てた。

ワインを傾けながらお互いに視線を絡める。

「ほら、食べて食べて」

何だか気恥ずかしくなって可憐は並べた料理を勧めた。

キャンドルの灯りに照らされた可憐の顔は、少し幼く見える。

「うん、いただきます!」

魅録は上手にブルスケッタをパクッと口に運んだ。

「どう?美味しい?」

「ああ、すごい美味いよ」

魅録はにっと笑うとフォークを取ってサーモンのマリネに手を伸ばした。

美味しそうに食べる魅録を見て、可憐は気持ちが柔らかくなる。

キャンドルの灯りに照らされた魅録の顔は、少し紳士に見える。

可憐の視線に気が付いた魅録が少し顔をしかめた。

「可憐も食べろよ」

「うん、いただきます」

アボガドを口に運んで、美味しいと可憐は微笑んだ。

 

ときどき目を合わせて微笑み合いながら、ゆっくりとふたりっきりのディナーを楽しんだ。

この停電で外は大渋滞で混乱していたことにまったく気が付かなかった。

 

 

 

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