Side-BN

 

 

 

美童の家は北欧様式のシンプルな邸宅である。

小さいながらも美童の部屋にも暖炉がある。

普段はもちろん使うことはないのだが、今日のように特別な日には火を入れる。

ぱちぱちと音を立てて、薪からオレンジ色の炎が上がっている。

野梨子は黙って、その炎を見つめていた。

炎がリズムよく踊るアニメを小さいときにビデオで見たことがあったが

本当にその通り。

いくら見ていても飽きない。

「野梨子」

名前を呼ばれて振り返ると、美童がティーセットを持って微笑んでいた。

「まぁ、ジンジャークッキーですの?」

野梨子は立ち上がって紅茶を入れるのを手伝った。

「そう。北欧のクリスマスには欠かせないからね」

 

今日はクリスマス・イヴ。

美童と野梨子が仲間から一歩踏み出したのは、ついこの前。

恋愛のHowToは誰にも負けない美童も、野梨子相手にはまったく歯が立たない。

いや、今までの相手とは比べものにならない。

美童にとって野梨子は大切な宝物なのだ。

「どうかしまして?」

紅茶を入れながら野梨子は不思議そうに首をかしげた。

「いや、野梨子は今日も可愛いなーと思って」

恥ずかしげもなく美童はさらりと口にする。

「からかわないで下さいな」

頬をピンク色に染めてぷいっと野梨子は横を向いた。

そんな野梨子がますます可愛くて美童はくすくすと笑った。

「ところで、杏樹の姿が見えませんわね」

美童の両親は大使館のクリスマス・パーティに出かけていないのは聞いていたが、

いつも顔を出す弟の杏樹の姿が見えない。

「えっ?あ、ああ。あいつは友だちの家でパーティするんだって出かけた」

いつまでもお子様で困っちゃうよ、と美童はぽいっとクッキーを口に入れた。

美童は野梨子とまったく視線も合わせず、聞いてもいない杏樹のクリスマス・パーティの

話を始めた。

大体、美童が話をごまかすときは視線を外し、饒舌になる。

いつも優雅でスマートで多くの女の子たちから憧れの視線を浴びているというのに。

ぷっと野梨子は吹き出した。

男性をこんなに愛しいと思える日がくるなんて、野梨子は思いもしなかった。

野梨子が何も言わずに笑っていることに美童はちらっと視線を戻した。

「なに?ぼく、何かおかしいこと言った?」

ますます焦る美童が可愛い。

「いえ、別に何でもありませんわ」

うふふ、と微笑む野梨子につられて美童もへへへ、と笑う。

さしずめふたりでクリスマスを過ごすために、弟におこづかいを渡して出かけてもらったのだろう。

「そうだ!」

美童は話題を変えるべく立ち上がった。

「野梨子にスウェーデンのおばあさまからプレゼントがあるんだよ」

「まぁ、わたくしに?」

美童がくるりと体をひるがえした瞬間。

 

バチン!!!

 

「きゃっ」

「うわっっっ」

ドタン!と派手な音と、電気が消えた。

「一体なんですの?電気なんか消して!」

幾分、憤慨気味の野梨子が叫んだ。

小さいながらも暖炉があるおかげで暗闇にはならないが、部屋を照らすほどは明るくない。

「電気なんて消してないよ〜 いてて…」

美童もいきなり電気が消されて椅子に足を引っかけて転んでいた。

「まぁ、美童!大丈夫ですの?」

暖炉の弱い灯りの中、野梨子は床に転んでる美童に近寄った。

「うん… ちょっと小指ぶつけただけ」

「それって痛いんですのよね。…でも一体どうしたのかしら」

野梨子は窓の外を伺った。

「停電?」

「えーっ!停電?」

庭の外灯も、遠くに見えるビルの窓も、みんな電気が消えている。

ただすぐそばにある東京タワーだけが炎のようにオレンジ色に光っていた。

「それにしても暖炉があってよかったですわ」

「本当だね」

部屋の中は暖炉の灯りでオレンジ色に染まり、大きな影を映し出していた。

とりあえず明るくて温かな暖炉の前で座ることにした。

美童はそっと手を差し伸べて野梨子をエスコートする。

そのとき、美童はチェストの上にあった小さな包みを取って野梨子に渡した。

「野梨子、これ」

小さな野梨子の手に赤い包み。

「まぁ… 開けてみてもいいかしら」

「もちろん」

美童はにっこりと微笑み、嬉しそうな野梨子の顔を眺めた。

「まぁ!」

包みから出てきたのはクリスタルのツリー。

以前、クリスマスを美童の故郷で過ごしたときに見かけた、雪が氷となって輝いていた

あの木々たちみたいだ。

「気に入ってくれた?」

「ええ!もちろんですわ」

大切にツリーを持つ野梨子の手を、そっと美童が包み込む。

細かくカットされたクリスタルに暖炉の灯りが赤や黄色やオレンジ色となって写る。

「きれいですわ」

野梨子の手の中に小さなツリー。

「ほんとう。すごく綺麗だね」

美童の手の中には野梨子という宝物。

「おばあさまにお礼をしなくっちゃなりませんわね」

にっこりと野梨子は微笑んだ。

「それじゃ今度の休みのときに、ふたりでスウェーデンのおばあさまのところに行かない?」

唐突な美童の提案に野梨子は瞳を丸くした。

暖炉の灯りに照らされた美童の顔は、少し男気があるように見える。

「そう… ですわね」

野梨子はにっこりと微笑んだ。

暖炉の灯りに照らされた野梨子の顔は、少し艶やかに見える。

美童はそっと野梨子の頭を自分の肩に抱き寄せた。

「きっと喜ぶよ、おばあさま…」

「ええ」

ふたりはそのまましばらく暖炉の炎を見ていた。

「野梨子、寒くない?」

美童は野梨子の緑の黒髪に頬を寄せながら問いかけた。

「大丈夫ですわ」

毅然とした野梨子の返答に美童はほんの少し力が抜けた。

「だって美童がそばにいますもの」

そっと顔を上げた野梨子の顔は暖炉の炎が移ったように赤くなっていた。

「そうだね。ぼくも野梨子がいるから寒くないや」

美童はそっと野梨子の髪にキスを落とした。

 

ふたりの時間はまだ始まったばかり。

この停電でみんなが寒さに震えていたことに、暖炉の前のふたりは気が付かなかった。

 

 

 

end

 

 

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