粉雪がちらほらと舞う。

 

去年とは違い、今年の冬は寒さが厳しい。

けれどいつもなら忌々しく思うだろう寒さも、舞い散る粉雪も、今この通りを歩いている人達は皆、好ましく感じているようだった。

 

今日は12月24日。クリオスマス・イヴ。

一年で一番、白い雪が似合う日である。

 

 

 

 

 

 

たくさんの人が楽しげに行きかう通りを、悠理は鼻歌混じりに歩いていた。

胸元にトナカイやそりやツリー、クリスマスの柄が編みこまれた白いニットのワンピース。

フードから垂れ下がった紐の先のポンポンが、歩くたびに胸の辺りで弾む。

濃いグリーンのカラータイツにダークブラウンのブーツ、羽織ったコートは真っ赤なダッフル。極め付けに、頭には真っ赤なサンタ帽。

クリスマスカラーをビシッと合わせた装いに、悠理はしごく満足していた。

 

すれ違う人たちもすらりとしたモデルのような体躯の悠理に、憧れの目を向けてくる。

当の悠理自身は、人々の視線など慣れているのか感じもしない風で、目の前にふわりと落ちてきた雪を舌で受け止め、冷たさに微笑んだりしていた。

 

彼女のご機嫌には理由がある。

彼女が歩いていく先に見えるクリスマスツリーのイルミネーションと、その前に立つ長身の青年だ。

 

 

「清四郎、お待たせ!」

「遅い! 待ちくたびれましたよ」

一足跳びに脇に跳んできた悠理に、清四郎は黒革の手袋を嵌めた指で、ぴんと彼女の額をはじいた。

「10分しか遅れてないじゃーん」

「10分も、です」

ぷぅと頬を膨らませる悠理に、清四郎は言葉とは裏腹に優しい瞳で答え、二人は顔を見合わせて微笑んだ。

清四郎はダークグレーのスーツにえんじのネクタイ姿だが、コートは悠理に合わせたようにグレーのダッフルだ。

 

今日は、二人が付き合いだして一年目の記念すべきクリスマス。

聖夜に生まれた二人の恋は、一年の時を経ても、ますます強く互いの心に湧き上がるばかりだ。

 

しばらく互いに見詰め合った後、悠理は清四郎の背後のクリスマスツリーに視線を移した。

例年はひたすら大きなツリーが飾られていたこの場所だが、今年は小さなツリーがピラミッド型に並べられた幻想的なものになっている。

「綺麗だなぁ…」

「去年のとは少し趣向が変わりましたけど、こういうのもいいですね」

呟いた悠理の肩を抱きながら、清四郎が答えた。

 

「去年ってどんなのだっけ? あたい、あんまり記憶にないんだ」

「悠理は見る余裕もなかったでしょうからね」

清四郎がくすくすと笑い始め、悠理はまたふくれっつらになった。

「仕方ないじゃん、あの時はさぁ!」

 

去年のクリスマス・イヴも二人はこの場所で待ち合わせをしたのだが、来る途中チンピラに絡まれていたカップルを助ける為に、一戦を交えてしまった悠理は酷い格好で現れ、驚いた清四郎に抱えられるようにして、早々にこの場を離れたのであった。

 

「今日だって、もし同じような場面に出くわしたら、やはり悠理は同じ行動を取るんでしょうな」

「だからほら、今日はそういうことになっても大丈夫なような格好をしてきたから」

やれやれという表情で言う清四郎に、悠理はニカッと笑って両手を広げて見せた。

「そういう問題ですか?」

清四郎は破顔し、悠理の頭をポンポンと叩くとサンタ帽の先についているぼんぼりを持ち上げた。

「これも武器のひとつですか?」

「そう」

悠理は笑って、頭を左右に振ってぼんぼりを揺らしてみせる。

その仕草に清四郎は目を細めてひとしきり笑った後、ポツリと呟いた。

 

「おまえはいつも、変わらないな」

 

「ん?」という顔で悠理が清四郎を見上げると、清四郎の優しい瞳にぶつかった。

清四郎は微笑みながら悠理を見つめると、悠理の頭越しにクリスマスツリーを見上げた。

「10年後も、おまえとここでこうしてツリーを眺めたいですね」

 

「…10年後?」

悠理は怪訝な表情を浮かべ、やがてそれは不安げなものに変わっていった。

「なんで10年後?おまえ、どっかいっちゃうの?」

清四郎のコートを掴み、悠理は彼の顔を見上げて聞いた。

 

「は?」

悠理の悲壮な表情に、清四郎は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに笑い出した。

「どこにも行きませんよ。すまない、言葉が足りなかったか」

よしよしと悠理の頭を撫でる。

「違いますよ。10年後“に”、じゃなくて10年後“も”。つまり…」

 

清四郎は身をかがめ、悠理の耳元で囁いた。

 

「ずっと、おまえと一緒にいたい」

 

そして、清四郎はそのまま悠理の身体をぎゅっと抱きしめた。

無言で空を見つめる悠理の瞳に、舞い落ちてくる雪の粒が、ぼやけて大きく見えた。

 

 

「さ、ディナーの予約に遅れますよ。行きましょうか」

一呼吸置いてそっと悠理の身体を離すと、清四郎はにっこりと笑いながら言った。

「うん!」

悠理も満面の笑みを清四郎に返した。

 

並んで歩き出すと、二人はごく自然に手を繋いだ。

大通りを通り抜け、去年のクリスマスに一緒に食事をした店に向かう。

細い路地の脇を通り過ぎようとした時、路地の奥から女性の悲鳴が聞こえた。

 

「きゃーー!やめて!」

二人はぴたりと足を止めると、声がした方を窺った。

薄暗い路地の奥、二人から10メートルばかり離れたところに、女性が数人の男に囲まれている姿が見えた。

 

悠理が清四郎の顔を見上げると、清四郎はにやりと笑った。

「しょうがありませんね」

悠理もにやりと笑い返すと、繋いでいた手を離して駆け出した。

 

「こらーおまえら! なにやってんだ!」

「なんだ、おまえ?!」

男達の怒声が聞こえる。

 

「やれやれ。きっとあいつは、いつまで経っても変わらないな」

苦笑しながら、清四郎はゆっくりと悠理の後を追う。

「どうやら、僕の出番はなさそうですな」

そう呟いた彼の目に、ふわりと宙を舞う悠理の姿が映った。

 

―――二人の仲も、きっといつまでも変わらない。

 

 

 

end

(2007.12.23up)

 


去年のクリスマスに書いた、「Holy,Hold me Christmas」の続編です。

二人の仲というか、悠理はいつまで経っても変わらないようですね。(笑)

 

 

Material by Coco さま