2.
碓氷軽井沢ICを下り、魅録は別荘までの道をカーナビに写した。 別荘とはいえ、小さい山ひとつ丸ごと剣菱家の所有らしい。 魅録は可憐を起こさないように、カーナビの案内通り静かに右折した。 しばらく走ると、街頭も少なくなり家の灯りも乏しくなってきた。 すると軽井沢の条例にぎりぎり引っかからない程度に、派手で万作らしい 標識が見えてきた。 魅録は車を止めて、外に出た。 ひんやりとした空気が心地よい。 タバコに火を付けて、長く煙をはいた。 心地よい振動が消えて、可憐は目を覚ました。 魅録の姿は運転席ではなく、車の外でタバコを薫らせていた。 「わ… さむっ」 可憐も外に出てストールを体に巻き付けた。 「わりー…起こしちゃったか?」 車に寄りかかっていた魅録は振り返った。 可憐はにっこりと微笑んで首を横に振って、魅録の隣に回った。 「雪がなくてもさすがに軽井沢は寒いわね」 可憐はかじかんだ手に息をはいた。 魅録はそっと可憐を抱き寄せた。 「寒くないか?」 可憐の肩に、背中に、腕に、魅録の体温が伝わってくる。 「ううん… 大丈夫」 可憐が魅録の胸に顔を埋めると、かすかにタバコの匂いがした。
大きな窓ガラスを風が叩いた。 「あら、もうこんな時間ですわ」 野梨子はふと時計に目をやった。 温かな暖炉の前にいると、時間の経つのも忘れてしまう。 「そういえばみんな遅いね」 外は薄暗くなってきていた。 美童はテラスへと続く窓を開けた。 「さぶっ!」 冷たい風が部屋の中に入り、薪がひとつ崩れた。 「それにしても清四郎と悠理、どこまで行ってるのかしら?」 美童に続いて野梨子もテラスに出てきた。 「野梨子、風邪引くよ」 美童は部屋から厚手のストールを持ってきて野梨子の小さい肩に掛けてあげた。 「ありがとう」 にこっ、と野梨子は微笑んだ。 「魅録たちもそろそろ着くはずなのになぁ…」 魅録と可憐が乗ってくる車も見当たらない。 空を見上げると気の早い星がひとつ瞬き始めていた。
西の空はオレンジ色に染まっていた。 冬は日が落ちるのが早い。 やはり懐中電灯持ってきたのが役に立った。 とはいえ、私有地だがらといって暗くなってからの森を歩き回るのは危険だ。 清四郎は懐中電灯をつけて悠理の姿を探した。 「悠理!そろそろ戻るぞ!」 清四郎が呼んでも悠理の返事はない。 「…あいつ!」 小さく舌打ちをして清四郎は足を速めた。 耳を澄ますと、かさかさと落ち葉を踏む音、パキンと小枝を折る音が聞こえてくる。 悠理の足音なのか、なにか動物の足音なのか。 「悠理!悠理!!」 そう遠くにいないはずなのに悠理の返事がない。 概ね、モミの木探検にかくれんぼうを付け加えたつもりだろう。 清四郎はにやりと笑い、懐中電灯を消した。 これで悠理に清四郎の居場所もわからない。 清四郎は足音を立てないように森の中を歩いた。 すると目の前に黄色いリボンが揺れていた。
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「そろそろ行かないと美童に怒られるな」 魅録は可憐から腕を外した。 「そうね。お腹空いたって悠理が暴れてたら困るし…」 可憐も仕方なく助手席に戻った。 もうこの坂道を上がっていけば別荘があるはずだ。 魅録がエンジンをかけると、ヘッドライトが雑木林を照らした。 「そうだ。そこ、開けて」 魅録に言われて可憐はダッシュボードのボックスを開けた。 「…あ!」 赤い包み紙に金色のリボンがかかっている。 可憐がその小さい箱を手に取ったのを見て、魅録はアクセルを踏んだ。 「開けてもいい?」 魅録は黙って頷いた。 箱の中には、ベビーパールのネックレスにアンティークなクロスがブルートパーズとパールで縁取られて光っている。 「すごい…!きれい」 嬉しがる可憐に魅録は顔を赤くする。 「クリスマスプレゼント…」 魅録はちらりと横目で可憐を見て呟いた。 運転中じゃないと照れて渡すことができなかった魅録が、可憐は愛おしくてたまらない。 可憐は嬉しさのあまりじわりと目が熱くなる。 「魅録… もの凄く嬉しい!」 ギアを持つ魅録の腕に可憐は抱きついた。 魅録はただ黙って満足そうに微笑んだ。
かすかに木々の間から灯りが見えた。 「魅録たちかしら?」 「清四郎たちかな?」 美童と野梨子は顔を見合わせて微笑んだ。 どちらにしてもふたりきりの時間は終わりだ。 「さ、そろそろ中に入りましょう。風邪を引いてしまいますわ」 野梨子はストールの前を合わせて踵を返した。 「…野梨子!」 美童は冷たくなった野梨子の手を取った。 「美童の手は温かいんですのね…」 暗くても野梨子の頬がバラ色になっていくのがわかる。 温められていた野梨子の手に何かが握られた。 「まぁ…!」 そこにはパールの包み紙にピンクのリボンがかかった小さい箱があった。 「野梨子、開けてみて」 野梨子の手を包んだまま美童は微笑んだ。 小さい箱を開けると、中には薔薇色の石が粒ダイヤに囲まれたピンキーリングが入っていた。 「まぁ、綺麗ですわね…」 野梨子はうっとりと見つめた。 「その石、インカローズって言うんだって。ピンキーリングなら着物のときでも邪魔にならないだろう?」 そういうと美童はリングを外して野梨子の白くて細い小指にはめた。 「ぼくからのクリスマスプレゼント」 美童は薔薇色に輝く野梨子の指先に軽くキスをした。 「美童…!」 野梨子は大きく目を見開いて美童を見上げた。 そしてゆっくりとインカローズのように染めた頬を美童の胸にうずめた。 「わたくし、とっても幸せですわ」 「ぼくもだよ、野梨子」 美童も野梨子の黒髪に頬を寄せた。
「悠理ー!モミの木見つけましたよー!」 「ホント?!」 清四郎の声に悠理は茂みの中から飛び出してきた。 ふわふわの髪に枯れ葉を付けて走り寄ってくる姿はまるで犬のようだ。 「ほら」 清四郎が指さす方に黄色いリボンがついているモミの木があった。 「やったー!清四郎、すごいじゃん」 飛び跳ねて喜ぶ悠理に清四郎も微笑む。 「さっそくリボンの代わりに星を付けたらどうです?」 「うんっ!」 悠理は大きく頷いて、清四郎といっしょにモミの木に近づいた。 黄色いリボンの先のカードを見た。 『当たりだがや!メリークリスマスだがや!』という万作からのメッセージ。 「うん、父ちゃんサンキュー」 悠理はにっこりと微笑んだ。 しかし悠理が手を伸ばしても、モミの木のてっぺんに星を付けることはできない。 「清四郎、ちょっと手貸して」 ヘンなことすんなよ、と悠理は念を押して清四郎に抱き上げてもらった。 「じゃーん♪クリスマスツリーのかんせー… ん?」 星を付ける場所にブルーの包み紙にシルバーのリボンがかかった小さい箱があった。 「ありゃ?」 清四郎に抱き上げてもらったまま、悠理はバリバリとその包みを開けた。 箱の中には、革ひものネックレスにプチダイヤとイエローダイヤの鍵のトップが光っていた。 悠理ははっとして清四郎の顔を見た。 「…やっと気が付きましたね」 清四郎は悠理を抱き上げたまま、とても優しい笑顔で見上げていた。 「清四郎があたいに…?」 清四郎はそっと悠理を降ろして、そのまま腰に腕を回した。 「ダイヤモンドは地球上で一番強固だけど、衝撃には弱いんです。だからいつもは強いけど本当は弱いところもある悠理にいいかな、と思いまして…」 清四郎の言葉に悠理はくちびるを尖らせた。 「弱くなんかないやいっ」 そんな悠理のくちびるに清四郎は軽くキスを落とした。 「いいんですよ。僕の前で強がらなくても…」 照れ笑いを浮かべた悠理は清四郎の首に腕を伸ばした。 「清四郎… ありがと」 悠理は清四郎のくちびるにそっとキスをした。
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気が付けば大きな満月が辺りを照らしていた。 どこからともなく鈴の音が聞こえてくる。 車を停めて降りた魅録と可憐は空を見上げた。 テラスに出ていた美童と野梨子も空を見上げた。 モミの木の前で清四郎と悠理も空を見上げた。
大きな満月を横切っていくのは、一頭のトナカイが引くソリ。
「えっ」 「うそっ」 「あ!」 「…まさか」 「あ、あ、あ、あれ!」 「もしかして…?」
ソリに乗っている人がこっちを見下ろして微笑んだのがわかった。 ―――Merry Christmas!! 確かに聞こえた、サンタクロースからのプレゼント。
end
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Material by Abundant Shine さま