By にゃんこビールさま

 

 

 

車内では魅録が編集した軽快なクリスマスソングが流れている。

車は首都高から関越道に入ったところだ。

「出るの遅くなっちゃったわね」

助手席の可憐はちらりと時計に目をやった。

「さっき美童に電話したら雪も降ってないっていうし、渋滞もなさそうだから大丈夫だろう?」

魅録は何も表示されていない交通情報板を見送った。

「そう?よかったわ」

可憐はほっとため息をついた。

今年のクリスマスは万作おじさんが新しく買ったという軽井沢の別荘で6人で過ごすことになった。

魅録と可憐、美童と野梨子、清四郎と悠理、それぞれが付き合い始めたばかりだが、やはり6人で行動することが多い。

家の用事があった可憐と、それを待っていた魅録以外は、午前中のうちに別荘に着いているはずだ。

「そういえば、今夜は美童が夕食の支度してるんだって?」

魅録は右にウインカーを出して追い越し車線に車線変更した。

「そうなの!行く前からすごい張り切ってたわ」

可憐が遅れると聞いてから美童がクリスマスディナーをプロデュースすると言い出した。

しかも野梨子や清四郎にも手伝わなくていいと美童は念押ししていた。

「でも昼過ぎに悠理からメールがきて、量が足りなそうだから何か作ってきてって言われたのよ」

呆れ顔で可憐は後ろの座席にある紙袋を指さした。

魅録はバックミラー越しにちらりとその荷物を見た。

「ったく… しょうがねぇな」

くっくっ、と魅録は笑みをこぼし、可憐もふふっ、と笑った。

車は順調に北上していった。

 

 

今年は暖冬のせいか、軽井沢の積雪量は少ない。

積もったと思っても、温かな日が続いてすぐに溶けてしまう。

別荘では暖炉で薪がパチパチと心地よい音を立てて燃えていた。

野梨子はテーブルに6つのフルートグラスを並べていた。

「野梨子〜、ちょっといい〜?」

キッチンから美童の呼ぶ声がした。

野梨子は自然と笑みがこぼれてくる。

「ちょっと待って下さいな」

手を休めて野梨子はキッチンに向かった。

キッチンでは長い髪を結び、エプロンをしている美童が微笑んでいた。

「ちょっと味見してみて」

鍋からスプーンで一口すくい、野梨子に差し出した。

「ローストビーフのソースなんだ… ちょっとアレンジしてみたんだけど…」

スプーンを口に運んだ野梨子の顔を美童は心配そうに覗き込んだ。

「とても美味しいですわ」

野梨子はにっこりと美童に微笑んだ。

「本当?よかったー!」

くったくない笑顔で喜ぶ美童。

「何かお手伝いしなくてもよろしいんですの?」

野梨子は首を傾げてキッチンの奥をうかがった。

「いいの、いいの。野梨子は座って本でも読んでて」

美童は野梨子の小さい背中を押してキッチンから追い立てた。

「わかりましたわ」

くすくす、と野梨子は笑いながらキッチンから出た。

振り返ると美童は鼻歌を歌いながら野菜の下準備を始めていた。

部屋の中は、美童の鼻歌に、心地よくリズムを刻む包丁と、暖炉の音が優しく包み込んでいる。

野梨子も楽しそうに残りのテーブルセッティングを始めた。

 

 

真っ青だった空は、少しずつ色が薄くなってきた。

西に見える浅間山の輪郭はより一層黒く、はっきりしていた。

「せいしろー!まーだー?」

悠理は懐中電灯をグルグル回した。

「もう… 少しだと思いますよ」

清四郎は地図を見ながら答えた。

別荘に行く悠理たちに万作がモミの木をプレゼントしてくれていた。

万作が書いた実に大ざっぱな地図を頼りに、清四郎と悠理はモミの木を探しにきていた。

「目印は黄色いリボンらしいんですが…」

『モミの木のてっぺんに大きなリボンがあるだがや!』と記載されている。

「えー、見えないよー」

ぴょんぴょんと跳びはねて悠理は左右の森の中を探した。

悠理が跳ねるたびに胸元の大きな星も揺れる。

モミの木を見つけたらとりあえず星を付けると言って悠理が持ってきたものだ。

「どうして昼間のうちに探しにこなかったんです?美童や野梨子もいた方が早く見つかるのに…」

清四郎のつぶやきに悠理は足を止めた。

暗くなる夕方よりも明るい昼間の方が、2人よりも4人の方が、見つけやすいことは悠理にだってわかっていた。悠理はぶんぶんと腕を振って先を急いだ。

「文句を言わない!ほら、清四郎、地図見て探す、探す!」

清四郎にもわかっている。2人でモミの木を見つけたかった悠理の気持ちが。

「悠理、そっちじゃありませんよ」

清四郎はふっ、と顔を緩めて悠理を呼び止めた。

パタパタと星を揺らしながら悠理が清四郎の元に駆け寄ってくる。

悠理はへへっ、と笑って清四郎と手を繋いだ。

 

 

*****

 

 

車は関越道から上信越道に入った。

碓氷軽井沢ICまで1時間もかからないだろう。

魅録は繋いでいた左手を軽く握ったが、可憐の反応がない。

ちらりと助手席を見ると、可憐は寝息を立てて眠っていた。

薄暗くなってきた車内と、音楽と、ほどよい暖かさが可憐を眠りへと落としていた。

可憐は母親と、店の従業員が打ち上げを兼ねたクリスマスパーティの支度をするために、みんなより出発が遅れたのだ。

旅行もあるし、母親は遠慮したのだが、どうしても可憐が用意すると言ったらしい。

きっと昨日の夜から下ごしらえをしていて疲れてしまったのだろう。

見た目の華やかさと違って、実に母親想いの優しいところが可憐にはある。

魅録はオーディオの音を小さく絞った。

「うんん…」

繋がれていた手を離された可憐は体をよじった。

「大丈夫だ。まだ着かないから…」

魅録はそういうとまた優しく可憐の手を握った。

可憐は深く息を吐いてまた眠ってしまった。

 

 

料理の下ごしらえも終わり、美童は髪をほどきながらキッチンを出た。

あとはみんなが揃ったらオーブンのスイッチを入れれば完璧だ。

野梨子がセッティングしたテーブルには、松ぼっくりと深紅のバラで飾ったリースの中のキャンドルがクリスマス気分盛り上げている。

野梨子は、暖炉の温かな灯りに包まれて静かに本を読んでいた。

美童は黙ったまま野梨子を見つめて、初めて会ったときのことを思い出していた。

いつか本で見たままの、清楚で美しい日本人形が目の前に現れたと愕然とした。

花のように柔らかく華奢なのようで、凛とした強さが野梨子にはある。

美童が触れたくても触れられないほど高尚で優雅な女性。

そんな野梨子の一番近くに、今美童はいる。

美童の視線に気が付いて、野梨子は振り返った。

「準備終わりましたの?」

にっこりと野梨子が微笑む。

「うん。バッチリだよ」

美童は親指を立てて微笑んだ。

 

 

「清四郎!あった、あった」

きれいに伐採されている森の中で悠理が手を振った。

確かに目印の黄色いリボンが見えるが、

「あれはどう見たって白樺の木ですよ…」

清四郎は小さくため息をついた。

「あ゛ーーーーーっ まただ!」

悠理の叫び声が森の中にこだまする。

リボンの先には『残念だがや。これは白樺だがや!』という万作のメッセージ。

最初は赤松で、今度は白樺。

どうやら万作はモミの木探検ゲームをさせているらしい。

「絶対にこの森の中にあるんだ!清四郎、手分けして探そうぜ!」

万作の思惑どおり、悔しそうな顔をしつつ、悠理はモミの木探検を楽しんでいる。

「こら!あんまり遠くに行くんじゃありませんよ!」

清四郎が言い終わる前に悠理は森の中に消えていった。

 

 

 

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