2.
街はクリスマスに向かってどんどん華やいでくる。 学園でもクリスマスプレゼントやら、パーティーの話やらであちこち盛り上がっている。 今年のクリスマスは週末にかかり、海外で過ごす者も多いらしい。 週末が近づくにつれ、仲間たちもその準備があるのか、部室によってもすぐに帰ってしまう。 なんだか、俺と可憐で過ごす時間が長くなった気がした。 「みんな…冷たいわねえ」 可憐がお茶のお代わりをそそいでくれながら、溜め息混じりに呟いた。 俺はお茶に口を付けながら、聞こえないふりをする。 なんだかんだといいながら、可憐は毎日違うお茶を俺に振る舞ってくれる。 昨日は挽きたての珈琲、今日はコクのあるミルクティー、一昨日は… 「ねえ、魅録」 「ん?」 「あんたも無理してあたしに付き合ってくれなくてもいいわよ」 「あ?」 「だから、あんただって、その、忙しいんでしょ。あたしが帰るまで付き合ってくれなくてもいいわよ」 可憐がそっぽを向きながら、そう言った。 「千秋さんがさ…」 「え?」 「帰ってきてるんだよ」 「あら…叔父さま、大喜びねえ」 「どちらにしてもおふくろの誕生日には、親父はどこにいようがお袋に会いに行くんだ。今年は日本にいるだけ楽だろ」 「じゃあ、そのまま日本でクリスマスなの?親子で水入らずのクリスマスなんていいじゃない」 「…だからさ、たまには二人にしてやろうかと思ってさ」 「…それもそうねえ…」 「だからさ、可憐…」 「何?」 「俺とクリスマス、付き合わない?」 「それって…同情?それともあぶれもの同士で慰めあおうってわけ?」 可憐の言葉に、俺はかちんときた。 なんだか、無性に腹が立って、 「あのさ、せっかく誘ってるのに、そういういい方はないだろ。可憐が嫌なら別にいいけどよ」 そう言うと、振りむきもせず部室を後にした。
大人げなかったかな…と思ったのは後の祭り。 クリスマスはもう数日という日まで、俺はなんだか可憐と顔を合わせるのが気まずかった。 可憐は相変わらず、美味いお茶を俺にいれてくれる。 だが、やはり、どことなくよそよそしかった。 「みんな…連休の準備で、慌しく帰っちゃったわね」 「そうだな…」 可憐はカップを洗うと、 「じゃあ、魅録、楽しいクリスマスをね」 そう言って、すこし微笑むと、部室の扉を閉めた。 俺は、意を決して可憐の後を追ったが、彼女の姿はもうどこにもなかった。 (…カッコ悪いな、俺…) 俺は、なんだか、わけのわからない感情が、心の中で渦巻いてくるのを感じていた。 「お帰り〜」 シャンパンを片手に、お袋がご機嫌な声で俺に抱きついてきた。 「魅録ちゃん、クリスマスに可憐ちゃん、誘ったの」 お袋の言葉に、俺は露骨に表情を歪めたのだろう。 お袋は眉を顰めると、 「ほんとに、奥手ね、あんたも」 と、くすりと笑った。
温暖化と言われて久しいが、今日の東京は寒い。 凍えるようだ。 これで雪でもチラつけば、ホワイトクリスマスなのにな… そんなことを思いつつ、俺は曇りがちの空を眺めた。 仲間たちはぱたりと連絡が取れない。 この東京に残されたのは、俺と可憐だけのようだ。 昨日、親父から抱えきれないほどの花束をもらった千秋さんは、今朝和貴泉の別邸に向かった。 親父は残務の後、桜田門から別邸に向かうらしい。 クリスマスとお袋と過ごせるので、親父は浮かれぎみだ。 「みんな…冷てえなあ」 俺はポツンと呟くとバイクを走らせた。 いつの間にか可憐の店の前にいた。 ジュエリーアキはかき入れ時のようで、お客で溢れている。 幸せそうなカップルたち。 俺は可憐の部屋を見上げた。 ぼんやりと灯がともっている。 「よしっ」 俺は意を決して、店の近くのパーキングにバイクを止めた。
なんだかむしゃくしゃして、可憐は銀座を散歩していた。 あたりは幸せそうなカップルばかり。 おまけに、今日はとびきり寒い。 声をかけてきた男はちらほらいるが…可憐は何もかも鬱陶しく思えた。 (こんなことなら、素直に魅録に付きあってもらえばよかった) そう後悔の念が心に痛みを走らせる。 ちくん、そう、ほんの少し。 「あ〜、もう、家に帰ってチキンでも焼こうかしら。焼け食いよ」 可憐は呟くと、大股でイルミネーションの輝く街を歩いて行った。
「…いないのか?」 何度かチャイムを鳴らしても応答はない。 (もしかして、誰か相手を見つけてデートに行ったとか…) そう考えると、俺はどんよりと落ち込んできた。 ああ、ちゃんと誘っておけばよかった。 そう後悔の念が俺を嘖む。 今日は寒い。 震えるようだ。 オートロックのエントランスは固く閉ざされていて、まるで可憐の気持のようだ。 俺は手にした色とりどりの花束が、妙に重いものに感じられてきて、情けなくなった。 マンションから出ると、すっかり暮れた空は、ますます寒々しい。 息は白く糸を引き、俺はその場に立ち尽くした。 「魅録…?」 振りむくと、可憐が驚いたような顔で俺をみていた。 「あんた、何してるの?もしかしてうちにきたの?」 俺は、可憐の顔をみるとなぜかほっとし、彼女に花束を差し出した。 「メリークリスマス」 可憐はびっくりした顔で花束を受け取ると、急に顔をほころばせて、 「なんて、奇麗なの」 と、とびきりの笑顔を俺に向けた。
ああ、そうだ。 俺は、この笑顔が見たかったんだ。 そう思った時、俺は可憐に向かって、自分でも思いも寄らぬ言葉を発していた。 「来年も、再来年も、ずっと、クリスマスに俺は可憐に花を贈るから」 可憐は息を飲むと、泣き出しそうな顔で、 「クリスマスには、どこにいても、どんなことがあっても、絶対、直接渡してくれなきゃ嫌よ」 と言う。 「…それ、どっかで聞いた台詞だな…」 「あら、そうね」 俺と可憐は顔を見合わせて笑い出した。 「チキンを焼くわ。食べて行って。二人でディナーしましょ」 「おう」 俺たちはいつの間にか、お互いの手を取りあっていた。
「上手く行ったかしらねえ」 雪の舞う和貴泉の山荘。 暖炉の前でくつろぐのは千秋と悠理、野梨子、清四郎に美童である。 「あの子、奥手だから」 「可憐だって意外とそうですよ」 清四郎の言葉に、みな苦笑を浮かべる。 「それよりも、あんたたちはどうなの?野梨子ちゃんに美童ちゃん、悠理ちゃんに清四郎ちゃんなんて、お似合いだと思うけど」 「うげ〜、やめてよ〜清四郎となんて」 「美童とわたくしは趣味が合いませんわ」 間髪おかず否定する二人に、清四郎と美童は不愉快そうに眉をあげた。 「じゃあ、野梨子ちゃんと清四郎ちゃん、悠理ちゃんと美童ちゃんは」 「そっちの方がありえない」 4人の口から同時に発せられた言葉に、4人は顔を見合わせた。 (…それって…意味深だよなあ(ですわね)) 千秋はくすくすと笑い出すと、グラスの中のピンク色の液体を流し込んだ。 「そろそろ時宗ちゃんが万作さんと百合子さん共々やってくる時間ね」 「わ〜い、パーティーだ」 悠理はわくわくした顔で、千秋を見つめた。 「それにしても…悠理ちゃんが気がついたなんてねえ」 「さすが、魅録のマブ達ですな」 「だってさ〜、魅録、可憐が彼氏の話するといっつもいなくなっちゃうんだもん。変じゃん」 「悠理からそう聞かされて、ずっと二人を観察していましたの。すると、可憐も彼の話をしながらも魅録を意識しているのがわかりましたわ」 「あの二人、純情だからねえ」 「で、おば…千秋さんにメールしたら…結びつけちゃおうって事になって」 「こうして、わたくしたちはここにいるわけですわね」 4人は顔を見合わせて笑いあった。 あの二人ならお似合いだ。 きっと上手くいくだろう。 その時、千秋の携帯の着メルがなった。 「あら…ふ〜ん…可憐ちゃんの家で晩ご飯食べてるって」 「ひゃっほ〜、魅録達に幸あれ!」 美童が大げさに言うと、ぽんっとシャンペンの栓を抜いた。 「さあ、二人の未来に乾杯」 「乾杯!」
連休明け、魅録と可憐が、どれほど冷やかされるのかは、また後日のこと。 メリークリスマス。 素敵な夜を…
end
|
Material by かぼんや さま