毎年、お袋の誕生日に命がけで花束とケーキを届ける親父。

はっきり言って、どんだけ振り回されてんだかと、苦笑交じりに眺めていた。

ベタ惚れと言えば聞こえがいいが、結局はお袋の我がままに翻弄されている。

情けねえなあ…

そう思っていたんだ。

ああ、だけど…

 

 

クリスマスに花束を

 

 

「あああ、もう、なんでこんな時期に駄目になるのよ〜〜〜」

可憐が部室で雄叫びをあげた。

玉の輿を狙って当たりをつけていた男が、実はゲイだったと分かったらしい。

「信じられないわ!ゲイだなんて、ゲイだなんて!」

「まあ、可憐、付き合う前に分かってよかったじゃないか」

「そうだよ、付き合ってから分かったんじゃ目も当てられないだろ」

美童と悠理が慰めるように言う横で、

「今度は狙いを定めたら、まず清四郎に会わせるといいですわ。ゲイなら反応しますわよ。ほほ」

と、野梨子が高らかに笑い声を上げた。

「…僕はリトマス試験紙ですか…」

と、清四郎が野梨子を睨む。

「あああ、もう、この時期にフリーだなんて、またクリスマスはあんたたちと過ごすことになるのね」

可憐が頭を抱えると、

「あ、僕、今年は予定があるから…」

「あたいもあるぞ」

「わたくしもですわ」

「あ、僕もです」

と、仲間たちが次々と手を上げる。

「へ?」

可憐は呆然と立ちすくむと、

「…な、なによ〜、み、みんな、冷たいじゃないの」

と、縋るような眼差しを俺に向けた。

「まあ、クリスマスまでにはまだ時間がありますよ」

「そうですわ。あと一週間もありますもの」

「可憐なら大丈夫だよ」

「そだな。ほんじゃ、お先に〜腹減った〜」

仲間たちは可憐の前をすり抜け、次々と帰っていく。

俺も、なんとなく気まずい雰囲気を感じ、そそくさと席を立った。

「魅録は…」

「え?」

「あんたは、クリスマス…どうすんのよ…」

「お、俺か?」

う?んと考え込んだ俺を見て、可憐ははあと溜息をつき、

「どうせ、バイク仲間とツーリングでもすんでしょ。聞いたあたしが馬鹿だったわ」

「う、うん。そんなとこだ」

「ああああ…なんか虚しいわ…クリスマスを一人で過ごすほど寂しいことはないもの」

「…そんなもんか?」

「そんなもんよ!」

可憐は、バンっと鞄をテーブルに叩きつけるようにすると、

「じゃあね、お先に」

と、俺に背中を向けた。

 

ちょっと俯き加減の背中が、なんだか寂しげな感じで、俺は何ともいえぬ気持になった。

 

家に着くと、珍しく居間でお袋が煙草をふかしていた。

「おや、珍しい。いつ帰ってきたの」

「さっきよ」

「そっか。親父、ついてねえな」

俺は、苦笑を漏らした。

あれほど愛妻に会いたがってた親父。

たまたま視察で出張の合間に、お袋が帰ってくるなんて。

「いつまでいるんだよ」

「…そうねえ…どうしようかしら。どっちにしても23日には時宗ちゃんはわたしに花束持ってくるから…お花受け取ったらまた出かけようかしら」

「クリスマスまでいてやれよ」

「え?」

「クリスマスに一人でいるほど、寂しいもんはないらしいぞ」

「あら…」

お袋は口の端に意味深な笑を浮かべると、

「魅録ちゃん〜♪」

「へ?」

「クリスマスに一人じゃ寂しいって、誰かに言われたの〜」

「はあ?」

俺はお袋の言葉の意味を量りかねたが、

「可憐がそう言ってたんだよ」

「あら?可憐ちゃんが?」

ふ?んと、お袋は呟くと、

「なに、それで、可憐ちゃんとあんたはクリスマスを一緒に過ごすわけ?」

「はあ?」

俺は呆れたように、

「可憐は、クリスマスを過ごそうとしていた男がゲイだったんだと。それで、みんなでクリスマスを過ごすことになりそうねって言ったら、今年はなんだかみんな予定があるみたいで…」

「で、可憐ちゃんとあんたが残ったわけ?」

「だから、何で俺が可憐とクリスマスを一緒にするんだよ」

「だって、あんた、クリスマス予定あるの」

お袋の問いに俺は一瞬言葉に詰まった。

ない…確かに、予定はない…

実のところ、俺もクリスマスは奴らと過ごすのだと思っていた。

俺と可憐以外のメンバーに予定がある時いて、実のところちょっとショックだったんだ。

「なら、いいじゃない。可憐ちゃんとクリスマスって言うのも」

「いや、だから、さあ」

「あんた、可憐ちゃんと二人だと、嫌なわけ」

「嫌とかそう言うんじゃねえよ」

「じゃあ、あんた、可憐ちゃんを誘ってあげなさいよ」

お袋は、シャンパングラスを揺らしながら、

「あたし、あんたと可憐ちゃんって意外とあうと思うわよ」

「何で、そういう話しになんだよ」

「だって、悠理ちゃんは女として見られないだろうし、野梨子ちゃんはあんたには個性が強すぎるわね」

「だから、なんで…」

「可憐ちゃんはああ見えても地味だし、家庭的だし、男を立てるから、あんたみたいな唐変木にはぴったりってこと」

千秋さんはにっこりと笑うと、

「それに、あんたには和貴泉の血が入ってるんだから…玉の輿でしょ。可憐ちゃんの条件にもぴったり」

「…お袋…俺をからかってんのか」

「…あんたいま、お袋って呼んだわね」

お袋は、俺にクッションを投げつけると、

「今度、お袋って呼んだら、クリスマスまで家にいないわよ」

そう言って、お袋は空のグラスを俺に差し出し、にっこりと笑った。

 

「あああ、もう、クリスマスまで日がないっ」

可憐が苛々しながら声を上げると、みな、そそくさと腰を上げ、

「お先〜」

「ごきげんよう」

「また、明日ね〜」

「では、失礼」

と、出ていってしまう。

ここ数日、いつもこんな具合だ。

まったりとした午後を過ごし、可憐の癇癪がはじける頃、みな帰る。

(あいつら、意外と冷たいんだなあ)

俺はそんなことを思っていた。

「魅録…」

「な、なんだ」

「もう一杯、お茶はどう?」

「お、おう」

可憐ははあと溜息をつくと、それでも丁寧にお茶をいれてくれた。

甘いショコラの香りがする、オランジュショコラというお茶。

味は甘くなく、ほのかに柑橘の爽やかな味がする。

「美味いな、これ」

「そう?」

不機嫌そうな顔の可憐が、その時顔をほころばせた。

「甘い香りなのに、甘くないなんて、面白いな」

「ふふ、香りで想像した味と違うでしょ」

「ああ。口に含むと、意外とさっぱりしてる」

「二種類の味が楽しめるようで、ちょっとお得な感じがするじゃない」

「そうだな」

「面白い味のお茶ならもう一つあるわよ」

可憐がいそいそと席を立つと、湯のみに琥珀色のお茶をいれてきた。

ふわっと甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「なんだか、これ、懐かしい匂いだなあ…」

俺はくんくんと湯のみに鼻を近づける。

「あ!そっか。夜店のべっ甲飴みたいな、砂糖の焦げたみたいな匂いなんだ」

「そうそう。飴みたいな匂いなのよね。飲んでみて」

俺は、その甘い香りにちょっと退いたが、思いきって口を付けた。

「…なんだ、これ?甘くない…っていうか、渋いくらいだなあ」

「すっごく甘い香りだから、甘い味だと思っちゃうでしょ」

「何のお茶だ?」

「明日葉茶」

「明日葉って…あの癖のある味の草だよな?伊豆で天ぷら食ったことあるぞ」

「そうよ」

可憐は微笑むと、

「香りの印象と味が違うのってさ、人もそうじゃないのかしら。見かけと中身が違うのなんて、たくさんいるでしょ」

「ああ、そうだな」

可憐はほおっと溜息をつくと、

「玉の輿に乗るのだって、そういう中から本物を見つけなきゃならないから…大変よぉ。この間みたいに見た目に騙されちゃうことも多いしさあ…駄目ねえあたしも…修業が足りないわあ」

自嘲気味に笑う可憐の顔は、先ほどのお茶をいれてくれた時に見せた笑顔とは別人のようだった。

「…さって、帰ろうかな…」

「なあ、可憐…」

「なあに?」

「俺と付き合えば、玉の輿じゃないか?」

「え?」

俺はあっと思った。

お袋の言葉が頭の片隅に残っていたのか、妙なことを口走ってしまったようだ。

俺は恐る恐る可憐の顔を見た。

(なにあんた馬鹿なこといってんのよ〜♪)そう言って、可憐は笑うと思っていた。

それが…

俺が目にしたのは、顔を真っ赤に染めていた可憐だった。

「あ、悪い…俺、つい…」

そんな可憐を見た俺は、つい慌てて、そう口にした。

可憐は、顔を真っ赤にしたまま、眉間に皺を寄せると、

「あ、あんたね、いくら友達だからって、言っていい事と悪いことがあるわよ。あんたは美童じゃないんだから。そ、そういうことは、その気がないのに言われても、傷つくだけよ」

怒ったように俺に背を向けると、

「魅録にそんな事言われても、嬉しくないわよ」

と言い残し、部室の扉をバタンと閉めた。

「…なんだよ…俺に言われても、嬉しくないのかよ…」

俺は、なんだかがっかりしたような、切ないような、何ともいえない気持になった。

 

スッキリしない気分を抱えた俺は、夜道をバイクで飛ばした。

別に今まで可憐を女として意識したことなどない。

悠理や野梨子もそうだ。

あんな美女に囲まれて、何も感じないのかと言われたこともあるが、別に俺は彼女たちの姿形がいいから付き合っているわけじゃない。

一緒にいて楽しいから、仲間だから、だから付き合ってるんだ。

埠頭を見渡せる小高い丘の上から、俺は夜風を浴びる。

「冷てえなあ…」

顔を真っ赤に染めた可憐は、何となく自分の知らない女みたいだった。

色っぽくって、自信家で、男なんて鼻であしらうようないい女。

だが、今日の可憐のあの表情は、ただの十代の少女の顔だった。

「反則だよな…」

俺はぼそっと呟いた。

あんな顔、反則だ。

男なら、思わず抱きしめたくなるじゃないか。

(え…)

俺の顔に血が上ってきた。

「な、何考えてるんだ、俺」

頭をふるふると振ると、俺はメットをかぶった。

夜風に当てられたらしい。

俺は、切れるような寒さの中、バイクで家路に向かった。

 

 

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