10.
「なぁ、何か見つかったか?」 「今年もダメかぁ」 船の上で、二人の男が双眼鏡を手にしている。 それぞれの妻達は、出産直後、懐妊中とあって、日本で夫からの連絡を待っていた。 こうして、毎年2〜3度は仲間で船に乗り込み、旧友を探している。 魅録は一旦双眼鏡を置くと、地図を確認した。
「ここら辺はもう調べ尽くしたぜ。後は、この海域だけだ」 「こんな無数の島から探すのは無謀だよぉ」 美童の口からは泣き言が漏れた。 「煩い奴だな!疲れたならマイタイにでも行って休ませてもらえよ!」 魅録が言うと「嫌だ」と美童はきっぱり答える。 「あそこには良い思い出がない」 相変わらずな美童に魅録は笑いが堪え切れない。 「結婚したんだから、もうラバさんのことはいーじゃねーか」 「いや、良くない。男のロマンの問題だよ」 「お前の妻だって、いずれはあーなるかもだぞ。そん時は、別れる気かよ?」 「そんなことはないけどさぁ。有り得ないよ」 と美童はふてくされる。 「女は魔物だぞ」 魅録は笑った。 世話になるマイタイ王国で、お気に入りのラバさんを見つけたは良いが、再会の度に風船のような体型に膨らんでいく女性に美童は泣かされていた。
数年前に遭難したまま見つからない清四郎と悠理を探して、魅録、美童、可憐、野梨子は毎年南の島を訪れていた。 一緒に乗船していた船員や、マイタイ王国の人達は、「もう、あきらめたらどうです?あの海域で遭難して生き残った者はいません。残念ですが」と訪れる度に花を準備し、慰めてくれるのだが、有閑倶楽部の仲間は二人が生きていると信じて疑わなかった。 あんなに悪運に強い二人が簡単に死ぬわけがない。 捜索の費用は、惜しげもなく万作が工面してくれるおかげで、年に2〜3回はこの辺りに来ることができた。
だが、大抵の海域は調べ尽くし、残るは一部分だけだ。 数年が経過するうち、魅録も美童も結婚し、それぞれに家庭を持っていた。 できることなら、清四郎と悠理もどこかで二人一緒に幸せに生活してくれていたらいい、そう願わずにはいられなかった。
ガタンと衝撃と共に、船が止まる。 魅録は慌てて操舵室に駆け込んだ。 「何があったんです?」 「エンジントラブルが起きましてね。今確認を取っているところです。直るまでは、数時間潮に流されるかもしれませんが、いや、なに。すぐに航路に戻れるでしょう」 船長は受けあった。
魅録はため息をつきながら甲板へ戻った。 デッキチェアに横になり、ウトウトとする。 焦っても仕方がない。 美童も隣で横になった。
波の音が心地良い。
「なぁ、魅録。青い珊瑚礁って映画見たことある?」 「ああ、昔な」 美童はクスクスと笑った。 「あれを、そのまま清四郎と悠理がやっていたら楽しいな、とふと思ったんだ」 「ありえねーよ。清四郎はあんなに無知じゃないし、無垢でもないだろ」 ま、やることはやっているかもしれないが、子供を作るほど馬鹿じゃあるまい、と思った。口には出さなかったが。 「あれってさ。ラストは、子供と海岸で泥遊びしててさ。探していた人は二人を見つけたけど、人違いだって言って去って行くんだよな」 美童はそう言いながら、双眼鏡を手にした。 「僕は、二人がどんな姿になっていようと見つけるよ」と。
ふざけたことを言っているが、美童だって、二人を心底心配し、真剣に探しているのだ。 日本に残してきた、可憐や野梨子も。
魅録は懐かしい二人の顔を思い出そうと、もう一度目を閉じた。
「やあ、魅録。久しぶりですね」 数年間髭を剃ることもなく、菊正宗のおじさんのような顔をした清四郎が、満面の笑みで力強く握手を求めてきた。 「お前、やっぱり生きていたんだな!」 魅録が涙ながらに清四郎を抱きしめる。 だが、憎らしくも、あいつは涙も流さず、ケロっとして答えた。 「連絡方法も、帰る手段もありませんでね。いつかあなた方が助けに来てくれると思っていましたよ」と静かに微笑む。
そこへ、林の中からガキが走り出てきた。 清四郎は、子供をすっと抱きかかえ、「また何かやったんですか?」と汗でびっしょり張り付いた髪を梳いた。
「どこのガキだよ?ここは無人島じゃねーのか?それともどっかで拾ったのか?」 清四郎は、片方の眉をぴくりと上げる。
「こら〜清四郎のトコに逃げれば安全だと思ってンな。母ちゃんを甘く見るんじゃないぞ」 ガキが走り出てきた林の中から、今度は悠理が出てきた。 ガキは「父ちゃん!」と清四郎にしがみつく。 「父さんと呼びなさい、といつも言ってるでしょう」 清四郎は子供を叱った。 が、目が笑ってる。 垂れていると言ってもいい。 「まったく、いつもいつも二人してうるさいですな。今度は何をしたんです?」 魅録の存在を無視して、清四郎は聞く。 「こいつ、珍しい鳥を見つけたからって、木の上まで登ってっちゃったんだよ。危ないから止めろって言ってんのに!」 「ひっくっ、だって、見たことない鳥さんだったもん。きっとシンシュなんだ」 「わけのわかんないこと言って、いろいろ調べようとするのお前に似たんだぞ」 「木登りが上手なところはお前に似たんでしょうが」
清四郎と悠理は互いに見つめ合って笑った。 魅録の存在は無視だ。 「おいおい、悠理!助けに来てやったのに、挨拶もなしかよ?」 聞きたいのは、そんなことじゃない。 このガキの存在は何なんだ!ってことだ。
「おい、悠理!」 魅録が怒鳴っても悠理は振り向かなかった。 「「お前を産む時、母ちゃんも父ちゃんもホントたいへんだったんだからな。お前はあたいらの大事な大事な宝物なんだからな」 トドメの一言に、魅録は意識が遠のいた。
――― 天国にでも行った気分だぜ。
「魅録、魅録!」 身体を揺すられ、魅録は目を開けた。 横で一緒に寝ていたと思った美童が、双眼鏡を持ったまま魅録の身体を揺すっていた。 どうやら、熟睡していたらしい。 荒唐無稽な夢まで見て。
「何だよ、人がいい気持ちで・・・・・・」 魅録は美童から双眼鏡を分捕った。 「何か、見たことのある山じゃない?」 美童が言う。 「ああ、昔あれを探して船に乗ってたんだよな」 「行ってみる?」 「ああ。ここからはこのデカイ船じゃ無理だな。ボートを出して行ってみよう」 魅録は答えた。
*****
「悠理、悠理」 「う〜ん、何だよ、清四郎・・・・・・・」 「起きて下さい。あいつがいないんですよ」 「はぁ?さっきまでここに寝て・・・・・・」 悠理は、寝ぼけ眼で半分身を起こして、自分の腕の中を見る。 「あり?」
・・・・・・まったく。 清四郎は大きくため息をついた。
「お前、ひょっとして狩に連れて行った?」 「そんなわけないでしょう。あいつを連れて狩に行ったら命がいくつあっても足りませんよ。与えたヤシの実鉄砲であちこち打ちまくる上に、お前以上にはねっかえりでどこに行くのかわかならない」 「・・・・・・・その言い方はあたいに対して失礼だじょ!」 悠理は起き上がり、清四郎に向けてピシッと指をさした。 「事実を言ったまでです」 こういう時はあさっての方向を見て知らん顔するに限る。 いつまでも変わらない彼女を見ていると、思わず頬が緩むから。
「きっと海にでも行っているんでしょうよ。二人で迎えに行きましょう」 「しょうがないなぁ」 渋々立ち上がろうとした悠理の目の前に、清四郎は顔を寄せた。
「お前が寝坊するからですよ」 「・・・・・・・・」
数秒待って、名残惜しく唇を離す。 「まだ、おはようを言ってませんでしたな」 「ん・・・・・」 「おはよう、悠理」 「おはよ・・・・・」
甘い息につられて、もう一度唇を合わせた。
******
「おい、何か見えるか?」 魅録は、ボートを操作しながら美童に聞く。 「何だろ、あれ」 「おい、何かいるのか?」 その時だ。パシっという音がして、何かがボートに当たる。
え?
二人が驚くと同時にもう一度パシっと音がして、今度は美童のおでこを直撃した。
「痛ぇ〜〜〜〜〜っ!」 「おいっ、美童!」
何なんだよ!
魅録が美童を直撃した物を見ると、ヤシの実が何かだろうか。小さな果実だった。 どこかから投げつけられた、としか思えない。 「貸せ!」 美童が落とした双眼鏡を拾うと、魅録は海岸の端から端まで確認した。 岩場の影に何か動く物がいる。
もう一度、目を凝らして見ると同時に、魅録は「なんだよぉ〜」と頭を起こした美童を再び床に叩きつけた。 「痛いっ!魅録、僕の大事な顔を傷つける気か!」 「悪ぃ、悪ぃ。こいつが当たってもいいなら、そのまま身を起こせよ」 魅録は笑いながら果実の実を美童に見せた。 「何コレ?」 「ヤシの実か何かだろ。あの岩場の影からガキがこっちを狙って打ってる」 「へ?」 美童は、魅録の笑う意味がわからない。 「懐かしいな。俺が昔パチンコ玉飛ばすのに使ってたのと同じおもちゃだぜ。こんな遠くの島でも作る奴がいるんだな」 魅録はヤシの実を手のひらの上で転がしながら、作り方を悠理に教えてやったのを思い出していた。
「ここがどんな宝の島かわからねーけどよ。まずはあのガキを捕まえて聞こうぜ」
魅録は、双眼鏡を横に置くと、陸に向かってボートのスピードを上げた。
珊瑚礁に囲まれた美しい島は、すぐそこまで近づいている。
そこは、友達という名の素晴らしい宝石が待つ
Heavenly Island.
fin.
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Material By 自然いっぱいの素材集さま