By ポアンポアンさま

 

 

 

 

「南フランスでバカンスなんてどう?僕は、ミモザちゃんとデートできるしさ」

「美童はよくても私はいやよ。過去の経験から言ってバカンスに来ているヨーロッパの男は軽いんだから。もっとロマンチックな恋ができるところがいいわぁ」

「失敬だな、可憐!それじゃ僕が軽い男みたいじゃないか」

「あんたが軽くなかったら、どの男を軽薄っていうのよ!」

「だよなー」

「魅録まで同意するなよ!」

 

大学3年の7月のこと。

 

夏休みの予定を立てるため、有閑倶楽部は例年のごとく大騒ぎをしていた。

「今年こそ静かに過ごしたいですわね」

言い合いを始めた美童と可憐の横で、野梨子は涼しげにお茶をすする。

「うまいもん食えるならどこでもいい!」

悠理は、にかっと笑ってせんべいをかじった。

「色気に食い気。大学に入っても進歩ねーな。どこでもいいからまずは行き先を決めようぜ」

落ち着き払った様子で煙草を灰皿に押し付けながら魅録が提案した。

 

女に夢中な美童に、理想の男を追う可憐。

男気のない野梨子に、女気のない魅録。

そして、食い気ばかりの悠理。

大学に入っても、有閑倶楽部は何も変わっていなかった。

それぞれの個性も、絶妙のバランスも。

 

「ですな。早く予約をしないと、夏休みの飛行機なんてどの便も満席ですよ」

清四郎は、肩肘をつき指先でトントンと机を叩きながら先を促した。

ヨーロッパの男にこだわり続ける可憐に、美童がぶすっと聞く。

「ロマンチックな恋ができるところってどこだよ」

「そうねぇ、私も魅録とチチのような純な恋がしたいわぁ。南の島で王子とロマンスなんて素敵」

「ぶーーーーーっ!」

げほげほと咳き込みながら魅録がお茶を噴出した。

咄嗟に避けた清四郎に反し、隣に座り煎餅に夢中だった悠理は直撃を受ける。

「だーーーーっ!汚ねぇな」

「悪りぃ、悪りぃ」

魅録はハンカチで悠理の顔を拭いてやりながら、「で、どこへ行く?」と気を取り直して聞いた。

 

チチとの思い出は、魅録にとって安易に触れられたくない過去だ。

冗談で受け流せるほどまだ思いを昇華できてはいない。

親友である男の部屋を幾度となく訪ねている清四郎は、彼の机の引き出しにマイタイ王国で撮った写真が大切にしまわれているのを知っていた。

自分は恋愛に疎い男だと自覚しているが、魅録の気持ちがわからないわけではない。

「可憐!」

引き攣った顔をする魅録に助け舟を出そうと清四郎が思わず声を張り上げそうになった時。

悠理がポンと手を打ち話題を変えた。

「南の島ならさぁ、父ちゃんがニュージーランドで帆船買って宝探しに行くんだって」

動揺する魅録を助けるかのような発言だったが、悠理が奴の恋心を理解しているはずもなく。

へ?と振り向くメンバーに対し、悠理はお茶をすすりながら淡々と呟いた。

「マイタイ王国の近くに宝の島があるかもしれないって。一緒に行く?」

 

「は?」

一瞬思考が止まった。

 

「「「「「なんだってぇ〜?!」」」」」

今度は、全員の声が見事にハモった。

 

 

 

「・・・・宝探しなんて素敵ですけれど、どうして帆船ですの?おじさまなら豪華クルーザーをお持ちでしょう?」

野梨子が聞くと、悠理はため息をついた。

「今、父ちゃん嵌っているんだよね。パイレーツオブカリビアン」

ひょえ〜と素直に驚く美童と魅録に対し、野梨子と可憐は、さすがですわ・・・・・と絶句した。清四郎は唖然と口を開ける。

 

「・・・・・相変わらずやることが派手ですねぇ。で、どんな宝物を探すんです?」

呆れつつも、謎解きと冒険は清四郎と魅録の興味を大いに惹いた。

美しい宝飾品は、美童、可憐、野梨子の。

 

「父ちゃんがケンブリッジ時代の同級生から聞いた話だと、先祖の船がどっかで海賊に狙われて王室に届けるための財宝が船ごと行方不明になったんだって。未だにそれを探しているって言ってた」

「ほお、その方のご先祖は航海家だったわけですか」

「へ?コーカイカって何?先祖も海賊じゃないの?」

「海賊が王に会ってどうするんです!」

相変わらず馬鹿が治らない友人に、清四郎は深々とため息をついた。

 

「ねぇ、ねぇ、財宝って何が積んであったのかしら?」

可憐の目はすでにハートマークになっていた。

彼女は、貨幣マークのついた男と光る物にはとことん弱い。

「そりゃ、財宝といえば金塊ざっくざくってなもんだよ。ね?」

美童が同意を求めると、野梨子が首を振った。

「そうとも限りませんわよ。当時は香辛料だって高級品でしたもの。それらが目的でしたら、財宝なんて残っていませんわ」

「・・・・何とかダイアモンドを探してるって言ってたよなぁ。う〜〜〜む」

悠理は指先を頭に当てて、スカスカの脳内で記憶を辿る。

「昔、インドでコー・イ・ヌール、光の山という名のダイアモンドが見つかったという話は聞いたことがありますな」

「そう!それ、こーい犬!」

喜びポンと手を叩く自らが犬のような友人に向い、清四郎はもう一度深々と溜息をついた。

「・・・・何が犬だ、馬鹿」

 

むすっとした顔をする彼女に向かい、清四郎は悠理にもわかるようにゆっくりと説明する。

「コー・イ・ヌールダイアモンドならイギリスの航海家がビクトリア女王に東インド会社を通して献上したはずですよ。もっとも輝きが少なくて再研磨させてますがね」

「今でも英国王室にあるんじゃないかしら?」

間髪入れず可憐が答えた。

「さすが可憐。詳しいですな。その通りですよ。悠理、聞き間違いではないんですか?犬の首輪を海に落としただけとか」

呆れて聞く清四郎に悠理が怒鳴る。

「違うやい!馬鹿にしやがって。海賊に盗られて困ったから偽物を差し出したに決まってんだろ!父ちゃん、そいつの家には恩があるから見つけたらこっそり摩り替えてやるんだって」

「・・・・・・その話を信じろと?」

二の句が継げない清四郎の前で、ヨーロッパの王室に詳しい美童が絶叫する。

「王室にあるダイアモンドが偽物だってぇ?」

 

「嘘だと思うなら、清四郎だけついて来なきゃいいじゃん!」

むくれ顔で怒りを爆発させる悠理に、魅録が微笑みかけた。

「俺は行くぜ。王室がらみの海賊ごっこなんかワクワクするぜ」

「私も行きますわ。こう見えても好きですのよ。ジョニー・デップ」

「あらぁ。オーランド・ブルームの方がいい男よ」

きゃっきゃと騒ぎ出した女性人に対し、「ちちちちっ」と美童が指を振った。

「君たち、カン違いしてない?探すのは男じゃなくてダ・イ・ア・モンド」

言いながらぐふふふっと不気味な笑い声をもらす。

 

「何だよ、こいつ」

締まりのない、にやけ顔の美童から魅録は気持ち悪いと身体をそらした。

「美童の考えていることはわかってますよ。アン王女とローマの休日でも企んでいるんでしょう」

清四郎は、ほら、時々新聞で見ませんか?と魅録を肘でつついた。

 

(イギリス王室といえばアン王女だよな。彼女ってキュートなんだよなぁ。ウエストなんかキュッと細くてさー。箱入り娘だからキスもまだだったりして♪)

美童の心はダイアモンドを届けに行くイギリス・・・ではなく確かにローマ(の休日)へと飛んでいた。

 

「・・・・・可憐のこと言えっかよ。懲りない男だな」

美童の並々ならぬ女への執着心に呆れつつ、魅録が清四郎に「で、清四郎どうするんだよ、行かないのか?」と一瞥をくれてきた。

ニヤリと片目をつぶりながら。

 

「興味ならどんなものにでも」

 

清四郎も片目を閉じて答えた。

 

 

これが、とんでもない人生の始まりになるとは気付きもせず。

 

 

 

 

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