「婚約騒動のその後(2)」
(たっく悠理の奴、ホントにでかい声だな。まだ耳が痛い) あの後悠理から発せられた言葉は定かではない。かなりでかい声で叫ばれたのは覚えているが、至近距離だった為、耳にはキーンという耳鳴りの音しか残らなかった。 おそらく・・・と言うかきっと、かなり否定されたであろう事は間違いなさそうだ。 悠理はそのまま怒りのオーラを隠そうともせずどこかへいってしまった。 「あの怒り方はおばさんそっくりだな。まぁおばさんなら目だけでも十分だろうけど」 などと苦笑していると、その本人が近くの部屋から出てきた。 どうやらさっきの悠理の声で、何事かと思ったらしい。 「あら、清四郎ちゃんいらっしゃい。さっきの悠理の声?あの子ったらもっと普通の声で喋れないのかしらねぇ」 「いえ、僕がちょっと怒らせてしまいまして」 「相変わらず清四郎ちゃんには、敵わないのね。自分が何か不利になったから大きな声でも出したんでしょ」 ほぅとため息をつきながら言う。 さすがに清四郎も怒らせた理由までは言えなかった。 「そうだ、そんな事より豊作さんがどこにいるか知りませんか?それを聞く前に悠理を怒らせてしまったので」 「あら、今日は悠理じゃなくて豊作に用事だったの?でも・・・そうねそう言えばあの子どこにいるのかしら?」 「コンピューター室を借りようと思いましてね。悠理に聞いたらどうもあそこはいつも豊作さんがお使いの様なので」 「そうなの?じゃぁあの子、今そこにいるのかしら。もしそこにいなくても勝手に使って頂戴。清四郎ちゃんなら別に構わないわよ」 ごゆっくりねと微笑みながら、百合子はその場を後にしていった。 百合子と別れた後一旦、元自室へと置いてあった本を取りに寄った。 部屋は悠理が言っていたように、自分が出ていったときのそのままにしてあった。それどころかいつ来てもすぐ使えるように掃除までしてあった。 百合子の笑顔に何か含みがあったような気がしたのはどうやら当たっていたらしい。 (悠理が言ってたこともあながちはずれとも言えなさそうだな)
結局コンピューター室に豊作の姿がなかったので、勝手に使いながら先ほどの事を考えていた。 (悠理と結婚・・・か) 悠理が好きだ。愛しいと思う。 まさか自分の中にこんな感情があるなんてはっきり言って思わなかった。 以前可憐に「真剣に女に惚れるなんてできそうも無い」と言われた時だって、否定できなかったぐらいだ。 なのに、自分の気持ちに気付いた今となってはその想いがどんどん大きくなっているのを実感している。 結婚という形にこだわるつもりは無いが、これから先もあいつといる為にはそれがベストなのかもしれない。 剣菱の事だって、さっき悠理が言っていたように時間をかけていけば何とかなると思う。おじさんの様にはいかないかもしれないが、僕は僕なりのやり方でやっていけるだろう。 と、そこまで考えてはたと思った。 (一体悠理は僕のことをどう思っているのだろう) 自分がいくら考えたところで悠理が他の男を選んでしまえば何の意味も無い。 悠理が自分を想ってくれなければどうしようもないのだ。 先ほどのプロポーズ、悠理には『自分をからかって楽しんでいる』としか思われていないだろう。 あれが本気だったと言えば悠理はどんな顔をするだろう。 今の関係は音を立てて崩れていくのだろうか。 あの無邪気な笑顔はもう自分には向かないのだろうか。 そんな事になるぐらいなら、冗談だと思ってもらってた方がまだいい。 こんな自分はらしくもなく臆病だと思うが、それでももうしばらくは今のこのままの関係を保ち続けるのも悪くないと思う。 (焦らず、のんびりいきますか) そう自分の気持ちに区切りをつけると、当初の目的だった調べ物を本格的にはじめた。
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