音色

 

 

 

初冬の午後。

授業も終わり、生徒達はほぼ帰宅の途についている。

それなのに、悠理は先日の小テストのことで教師に呼ばれ、ネチネチと細かいお説教に堪えて、やっと今開放されたところであった。

 

「もう皆、帰っちゃっただろうな」

 

憮然とした顔で、階段を上がり部室へと向かう。

カバンを、魅録に頼んで部室へ持っていってもらっている。

中には明日までに提出する予定の宿題も入っているから、それを持たずに帰るわけにはいかなかった。

 

叱られる事には慣れているけれど、やはり気分は重くなる。

心につられて重くなる足をゆっくりと動かし、一段、一段、階段を上る。

うつむいたまま、自分の足先だけを見つめていた悠理の歩みが、ふと止まった。

 

 

澄んだピアノの音。

少し物悲しく、そして優しい旋律。

人気のない校舎の中で、いつもよりもはっきりと聞こえるその音色は、沈んでいた悠理の心を優しく撫でた。

 

 

―――誰?

こんなにも、心の琴線に触れてくるような音色を奏でているのは誰だろう?

音楽好きな悠理は興味を引かれ、音楽室へと薄暗い廊下を歩き出した。

音楽教師?吹奏楽部の誰か?それとも…

 

そっと教室の引き戸に手をかけ、ゆっくりと引いた。

正面の窓から夕日が差し、眩しさに一瞬目をつむり、また開く。

夕焼けに、茜色に染まって見える教室の中。

窓際に寄せられたグランドピアノが、長い影を伸ばしていた。

開いたピアノの天板の向こうに見える、黒い髪。

 

「……清四郎?」

 

ピアノに向かっていたのは、よく知った友人。

けれど、心持ち首をかしげて一心にピアノをひいている表情は、まるで見知らぬ人のようだった。

 

「おや、悠理。お説教は終わりましたか」

悠理の姿に気付いた彼は、顔を上げてにこりと笑う。

 

「お前、ピアノひけたんだ?」

「小さい頃、姉と一緒に習いに行かされましてね。4年ほど習いましたよ」

あっけに取られて聞く悠理に、彼はピアノをひく手を休めずに答えた。

 

「ふーん、お前って、本当に何でも出来るのな」

「ええ。知らなかったんですか?」

感心する悠理に自慢げに答えるのは、いつもの彼。

悠理はピアノの横に立ち、側板のふちに手を組んで置くと、そこに顎を乗せて清四郎の手元を眺めた。

 

やや節ばった長い指が、鍵盤の上をすべるように動く。

大きく、小さく、10本の指が滑らかに上下していくつもの音色を奏でていく。

綺麗だな。悠理は思った。

すごく、綺麗だな。

 

目を上げると、清四郎の端正な顔。

伏目がちになると、睫毛が驚くほど長い。

自らの手の動きを追って細かく震えているそれをしばらくの間眺めて、悠理はゆっくりと目を閉じた。

ピアノにもたせかけた身体に、音楽が直に響く。

強張っていた心が、ゆっくりとほどけていく。

 

「悠理?」

「ん?」

清四郎の呼びかけに、悠理は目を閉じたままで応えた。

 

「…落ち込んでいるんですか?」

低くて、暖かい声。

 

「ううん」

軽く首を横に振り、目を閉じたままで、微笑んだ。

清四郎がそんな悠理の顔を見て、安心したように微笑む。

 

窓の外は、夕焼けが藤色のグラデーションに変わっていた。

それとともに、夜の冷たさが訪れ、木枯らしが窓をカタカタと揺らした。

 

けれど、悠理の心は、暖かな音色で満ちていた。

普段、意地悪だと思っていた友人が奏でる、思いがけなく優しい旋律。

 

暖かな、彼の心の旋律が、彼女をゆったりと包んでいた。

 

end


ただ、ピアノを弾く清四郎が書きたかったんです。(笑)

清四郎はお坊っちゃんだから、きっとピアノも習わせられているだろうな〜と思って。

タイトルはEXILEのATUSHIのユニット、COLORの曲から。

企画部屋にこの二人の後日談(?)として、「Holy,Hold me Christmas」 があります。

 

 

 

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