4.
―――――――― 三日目。
最終日は、午前中に実行委員主催のゲーム大会が行われたが、まったく盛り上がらないままに終わった。 各クラスから選出された実行委員だが、どこのクラスもジャンケンに負けた奴とか、面倒を押しつけても文句を言いそうにない奴とかが選ばれているので、リーダーシップなど期待できるはずもないし、また、誰も彼らにそれを望んでいないので、仕方ないことだ。
昼食を摂ったあとは、すぐに出発となる。 大人たちに押しつけられた、友情を育むための合宿とも、これでおさらばだ。 面倒臭い行事も、中等部を卒業したらなくなると思うだけで、心の底からせいせいする。
悠理は、大欠伸をしながら体育館を出た。 方向が同じなので、大勢の生徒たちと、ぞろぞろと連れ立って歩く格好になる。
その途中、悠理は、ロビーで立ち止まった。 立ち止まった悠理の後ろを、同級生たちが通り過ぎていく。 悠理は、流れから離れるように、ロビーを横切り、クライミングウォールの前に立った。
カラフルな石が嵌め込まれた、粘土細工みたいな大きい壁。 悠理は黄色い石に触れ、壁を見上げた。 脳裏に、この壁をするすると登る清四郎の姿が甦る。 それと連動して、バレーボール大会でアタックを決める姿や、昨夜の海で見た姿が、次々と甦ってくる。
この三日間、いろんなことがあったのに、思い出すのは、清四郎と過ごした時間ばかりなのは、何故だろう? 悠理は壁を見上げたまま、ぼんやりと考え込んだ。
「何をぼんやりしているのですか?」 突然、真後ろから声をかけられ、文字通り飛び上がって驚く。 抗議の意味も籠めて、勢いをつけて振り返ると、いきなり清四郎の笑顔とぶつかった。 心臓が跳ねて、息の仕方を忘れる。 「せ・・・」 名を呼ぶだけなのに、咽喉に声が引っ掛かって、うまく喋られない。 仲良くなったとはいえ、まだ清四郎に慣れていない自分が、そこにいた。
黙り込んだ悠理を見て、清四郎は、ん?と眼を大きくしてみせた。 悠理は、視線を合わせづらくて、そっぽを向いた。
清四郎は、黙り込む悠理の横に立ち、クライミングウォールに触れた。 「これも、本気でやれば、楽しいのでしょうね。」 「楽しくなかったのか?」 気になって尋ねてみる。 清四郎は、頂上を見上げたまま、悠理に答えた。 「僕がやりたいこととは、違いますから。」 悠理を見ない横顔が、やけに大人びて見えた。
負けたのは口惜しかったけれど、悠理は清四郎と競争できて楽しかったのに。 清四郎は、楽しくなかったのだ。 そう思ったら、酷く哀しくなった。
「でも。」 清四郎は、ひと言ずつ確かめるように、はっきりと、こう言った。
「一昨日は、悠理と一緒だったから、楽しかったです。」
とくん。 鼓動が、踊った。
清四郎が振り返って、悠理を見た。 「悠理。」 低い声で名を呼ばれ、思わず緊張に身を硬くする。 清四郎は、悠理の変化に気づかず、一歩ぶん、二人の距離を縮めた。 続いて、悠理の耳元へ顔を近づけてくる。 悠理は、思わずぎゅっと眼を瞑った。
「昨日のことは、二人だけの秘密ですよ。」
遠くから、野梨子が清四郎を呼ぶ声が聞こえてきた。 清四郎は、呆然とする悠理に向かって、じゃあ、とだけ言い、声がしたほうへ駆けていった。
残された悠理は、清四郎の吐息がかかった耳朶に触れ、頭の中で、先ほどの言葉を反芻した。
―― 二人だけの、秘密。
昨夜の、月光の青に沈んだ清四郎の姿が、ありありと甦る。 そして、悠理が差し出したオニギリを頬張りながら、はにかむように笑う姿が。
「二人だけの、秘密かぁ・・・」
大した秘密でもないのに、何故だろう? 自然と口元が緩んでしまう。
悠理は、頬をぴしゃぴしゃと叩き、大股に歩きはじめた。
こんな合宿、面倒臭くて仕方なかったはずなのに。 友人との懇親なんて、真っ平御免だと思っていたのに。
なのに、何故、こんなに嬉しくて、胸が弾むのだろう?
「きくまさむね、せいしろう。」 口の中で、友達になったばかりの少年の名を転がしてみる。 ただの名前なのに、何だか、とても素敵な魔法の呪文みたいに感じた。
嫌々参加した合宿は、間もなく終わる。 中学三年生の夏も、もうすぐ終わる。
悠理は階段を駆け登り、踊り場でうんと背伸びをした。
高い窓から見える青空は、今の悠理の心と同じように、晴れ渡っていた。
今、抱いている感情が、やがて、かけがえのない想いに育っていくとは、幼すぎる14歳の悠理には、想像もつかない。
けれど。
今は、確実に未来へと繋がっている。
数多の困難を乗り越え、何よりも固く結ばれた絆の先にある、未来へと。
―――― FIN
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Material by Canary さま