11.

 

 

ミラノに来て、三ヶ月が経った。

何とか日常会話はこなせるようになり、最初は暮らしていくだけで精一杯だったあたしにも、少しだけ周りを観察する余裕ができた。
街を歩いていると、はっとするくらいお洒落な人が歩いていたり、路地裏にすごく素敵なお店が佇んでいたりする。
もう少し余裕ができたら、ゆっくり散策してみたいけれど、今は語学とデザインの勉強で眼が回るくらい忙しいから、当分は実現しそうになかった。

六月ともなれば、気温もずいぶん上がる。
でも、湿度が低いから、日陰はとても涼しいし、夜になれば寒さを感じるほどだ。
ふと、日本の蒸し暑い夏が懐かしくなることもあるけれど、実際に帰ったら、肌にまとわりつく湿度にうんざりするだろう。


夕暮れどき、あたしは、勉強のしすぎで飽和状態になった頭で、家路についていた。
中世の雰囲気が色濃く残る街を抜け、贅沢にも一人で借りているミニアパートを目指す。
学生用の共同アパートでも良かったけれど、他人との暮らしは何かと面倒そうだし、豊作さんが良い部屋を紹介してくれたので、そちらに決めたのだ。
留学前は、一人暮らしなら男を連れ込み放題ね、なんて冗談を言っていたけれど、残念ながら、そんな余裕はない。夜は、予習と復習でいっぱいなのだ。
断言しよう。
あたしの人生において、今までこんなに勉強したことはない。
毎日が充実していなければ、とっくの昔に日本へ逃げ帰っていただろう。


アパートの玄関が見える場所まで来て、あたしは立ち止まった。

玄関の前に、見覚えのあるシルエットを見つけたからだ。


相手も、あたしに気づいたらしく、こちらを振り返った。
「久しぶり。」
そう言って、にっこり微笑む顔は、三ヶ月前と何も変わっていなかった。

あたしは驚きを隠せないまま、彼に駆け寄った。
「どうして、ここに?」
「こっちに用事があったから、ついでに寄ってみたんだ。」
まあ、世界を股にかける彼なら、こっちに用事があっても当然だけど。
「寄るなら、ひと言、教えてくれれば・・・」
せめて手料理でも準備したのに。
そう続けるつもりだったけれど、何だか誘っているみたいなので、途中で止めた。
彼には、これ以上、みっともない姿を見せたくない。
「・・・アパートの前で、待ちぼうけなんてさせなかったのに。」
すると、彼は、柔和な笑みをあたしに向けた。
「大丈夫。ちょっと顔を見たくなっただけだから。これで目的は果たせたよ。」
本当に、顔を見るのだけが目的だったらしく、彼は、じゃあ、と片手を上げて、歩き出した。

去り行く後姿に、どうしようもない焦燥感を覚える。
どうしよう。
このまま別れてしまって、本当に良いんだろうか?

次は、いつ会えるのかさえ、分からないのに。


「待って!」

考えがまとまらないうちに、あたしは彼を呼び止めていた。



彼が、驚いたように振り返る。
あたしは二秒の間、ぎゅっと俯いてから、振り切るように顔を上げた。

「時間があるなら、近くのバールでカフェでも一緒にどうですか?」

すると、彼は、眼鏡の奥で優しく笑ってから、こう言った。

「どうせなら、バールでカフェじゃなくて、リストランテをリクエストしたいな。」


照れ臭そうに告げる豊作さんに向かって、あたしは満面の笑顔で頷いた。


 


END

 

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はいっ!連日悲鳴を上げまくった皆様、お疲れ様でした。見事なラストでございます〜!

ああ、可憐が幸せになれそうでよかったよぉ。(涙声)

もうもう、最初っから最後まで可憐に感情移入しまくりでした。健気な姿に、抱きしめてあげたくなったりして。

 

ハチ子、こんな素敵な作品を書いてくれてありがとう!愛してるわ〜。

次は、この話の続きの清×悠をお願い(*^・^*)チュッ♪

 

 

 

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