11.

 

 

シティホテルにチェックインし、客室に入った途端、妙な恥ずかしさが込み上げてきた。

よく考えたら、ホテルで情事を経験したことがなかったのだ。

 

あの夕立以来、衝動のままに、身体を繋げてきた。

自宅、部室、屋上、無人の教室。

ひと目につかなければ、どこでも良かった。

ただ、ただ、身体を絡めて、湧き上がる熱を分かち合いたかった。

それが、狂おしいほどの愛だったと気づくまで、ずいぶんと遠回りをしたけれど、あの頃は、それで幸福だった。

でも、これからは、もっと幸福になる。

なのに―― 照れ臭い。

 

ワンクラス上のツインルームは、それなりに綺麗で広い。

でも、今の二人に必要なのは、愛し合うためのベッドだけだ。

それなのに、いざベッドを前にすると、妙に気恥ずかしくて、照れ臭い。

チェックインする前に、近くのコンビニで購入したコンドームを入れたビニール袋も、二人の意気込みを象徴しているかのようで、とても恥ずかしかった。

 

二人はベッドの縁に腰を下ろし、照れ隠しに微笑みながら、そっとキスをした。

すぐに離れたくちびるの代わりに、額と額をくっつけて、くすくすと笑う。

「何だか・・・改めて向かい合うと、照れるね。」

悠理が道化た口調で呟く。

清四郎も同じことを考えていたので、可笑しくなって吹き出した。

「何だよ?」

笑われたのが不満だったのか、悠理がくちびるを尖らして怒った。

「いえ、僕も同じことを考えていたので、可笑しくなったんですよ。」

 

そこで、ふっと妙な間が空いた。

互いの視線に、色が混じる。

 

悠理の白い咽喉が、こくり、と上下に動いた。清四郎を欲している、明確なサインだ。

むしゃぶりつきたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて、彼女に提案した。

「汗もかきましたし、とりあえず、シャワーでも浴びましょうか。」

すると、悠理は、残念そうで、どこか安堵したような、複雑な表情で、頷いた。

 

四ヶ月前なら、いくら汗をかいていようが、全身に舌を這わせて、快楽を共有していた。

だが、今は、すべてが気恥ずかしい。

 

先に悠理がシャワーを浴びることになった。

清四郎の視線を気にしながら、ソファの前で服を脱いでいく。

悠理がズボンを脱いだ途端、清四郎の鼻腔を、女体の放つ妙香が擽った。

 

思わず悠理を背後から抱きしめ、下着の上から彼女の中心を確かめると、すでにぐっしょりと濡れている。

何もしないうちから下着を濡らしているのを知られてしまい、悠理は羞恥のあまり顔を赤くして、秘所に貼りつく手を外そうとした。

が、清四郎は、悠理を強く拘束し、動きを封じて、濡れた下着を指で擦った。

悠理が、いやいやと首を振る。 二枚重ねの部分を捲り、指を差し入れてみると、淫らに湿った音がした。

「・・・んっ・・・いや・・・!」

逃げようとする身体を片腕で捕らえ、さらに指を動かす。

すると、悠理が放つ女の香りが、さらに濃くなった。

「やはり、一緒にシャワーを浴びましょう。」

耳元で囁くと、悠理は力なく頷き、観念したかのように、清四郎に身体を預けてきた。

 

 

両手にボディソープを取って、互いの身体に塗りつける。

泡で滑る身体を密着させて、胸と胸とを擦り合わせ、下肢を絡めて、己の身体で互いの身体を洗った。

 

清四郎の肌の上で踊る、尖った乳首の感触が、さらに男の欲を掻き立てる。

悠理の手が、清四郎の分身を包み、愛しげに扱く。

清四郎も同じく、敏感な女の芽を指先で捏ね、丹念な愛撫を施した。

 

迸る飛沫の下で、互いの性器を弄り合い、熱い吐息を舌で絡め取る。

 

欲望は膨張を続け、もはや、はちきれんばかりの状態だ。

 

ぬるめのシャワーで泡を洗い流し、ざっと身体を拭くと、二人はもつれ合いながら、 ベッドに倒れこんだ。

 

 

互いの髪を掻き乱しながら、貪るように激しいキスを交わす。

 

欲しくて、欲しくて、おかしくなるくらい相手が欲しくて、どうしていいのか分からない。

 

悠理の足を大きく割り、薄い繁みに隠れた部分を白昼に晒す。

洗ったばかりなのに、女の花園は、蜜を溢れ返させており、花弁はぽってりと厚みを増していた。 清四郎は、そこに猛った分身を宛がいながら、苦しげに呟いた。

 

「悠理・・・愛しすぎて、気が狂いそうだ・・・」

 

「清四郎・・・好き・・・」

 

二人の呟きが、合図となった。

男の根が、ずぶずぶと悠理の中に沈んでいく。

懐かしくて、愛しい、その感覚に、意識が遠のきそうになる。

 

一刻も早く、悠理の中に戻りたい。

 

根元まで埋まる時間がもどかしくて、思い切り突き上げて、一気に進入する。

「・・・ひっ!!」

快感より痛みが勝ったのか、悠理が悲鳴を漏らした。

細い手が、縋るものを求めて、宙を彷徨う。

清四郎は上半身を屈めて、悠理の手が落ち着く先を与えた。

背中に手を回し、ぎゅっとしがみついてくる悠理が、堪らなく可愛い。

「・・・せいしろ・・・ずっとしていないから・・・あんまり激しくしないで・・・」

「・・・え?」

悠理は、潤んだ瞳で清四郎を見上げ、恥ずかしげに告げた。

「他の男とやろうとしたけど・・・できなくて・・・」

意外な告白を聞いて、情けないことに、涙が溢れそうになった。

清四郎は、真っ赤に染まった悠理の顔を見つめながら、涙を堪えて微笑んだ。

「実は、僕もなんです。」

「・・・?」

 

「僕も、悠理以外の女を抱きたいと思えなかった。悠理でないと、駄目だったんです。」

 

悠理の瞳が、涙で盛り上がった。

その涙をくちびるで吸い取り、緩やかな律動を開始する。

悠理が痛みに苦しまないよう、ゆっくりと、優しく。

 

腰を緩く動かしながら、繋ぎ目に手を入れた。

淡い繁みを越えて、恥丘の割れ目から、充血した芽へ指を伸ばす。

快楽の源を指で捏ねられ、悠理はびくびくと震えて反応した。

細い喘ぎが、清四郎の動きに合わせて、嬌声へと変化していく。

 

可愛く啼きながら、好きだと繰り返す悠理。

その体内は、今まで以上に収縮し、清四郎の分身をきつく抱きしめる。

言葉だけでなく、身体も、清四郎が好きだと訴えているのだ。

だから、清四郎も、昔より優しく、そして激しく、悠理を揺さ振った。

 

 

腕の中で声を上げる悠理が、愛しくて、愛しくて、泣きたいくらい愛しかった。

こんなに愛しい存在と睦み合えるなんて、想像したことすらなかった。

身も、心も、何よりも、誰よりも、深く、深く繋がりながら、思いを巡らせる。

 

 

これは、神が与えた奇跡なのか、それとも、初めから決まっていた運命なのか。

 

どちらにしても、二度と離れない。

 

奇跡も、運命も、超越して、悠理だけを愛していくと、決めたのだから。

 

 

もう、決して―― 悠理を哀しみの雨の中に、置き去りにはしない。

 

 

 

外は、そぼ降る雨に、しっとりと濡れている。

慈しむような優しい雨に包まれ、殺気だった夏の熱も、優しくなる。

街も、空も、人々も、密やかな雨に打たれて、綺麗になっていく。

 

 

雨音すら優しい、藍色の夜が明ければ、そこには澄みわたった青空が待っている。

 

 

 

*********************

 

 

 

晩夏の風は、涼しいようで、まだ熱い。

 

だが、瑞穂を揺らす音は、聴覚的な涼を齎してくれるし、ぬるい風でも、汗ばんだ肌には心地良く感じた。

山々の稜線に沿って、力強い入道雲が湧き、空には瑞々しい青色が広がっている。

 

空の青、山の緑、雲の白。

圧倒的な夏のコントラストが、山里の風景を生き生きとさせていた。

 

 

清四郎と悠理は、畦道に黒々とした影を落としながら、晩夏の山里を歩いていた。

 

さすがに手を繋ぐのは暑いので、甘えん坊の悠理も、今日ばかりは清四郎のシャツをちょこんと握っている。

景色の中に、二人以外の人影はない。

青い穂波のざわめきに満ちた、夏の道を、二人はゆっくりと歩いていく。

 

畦道は、やがて舗装道路に突き当たった。

そこを右に折れ、さらに歩いていく。

前方の道は、太陽に炙られ、陽炎の逃げ水が揺らめいている。

その先に、二人が目指すものはあった。

 

 

古いバス待合所は、去年と同じように、傾いでいた。

夏の日差しを浴び、白茶けた板葺きの壁が、余計に白く見える。

「一年前よりボロくなってない?」

悠理が、待合所を見上げて言う。

「去年と違って、この陽気ですし、干乾びている感じはしますね。」

答えながら、中を覗く。

暗がりの中に、あの日と同じベンチが、あの日と同じように、同じ場所に鎮座していた。

 

 

一年前の記憶が、ありありと甦る。

夕立の薄闇の中、白い乳房を露出させ、下半身を剥き出しにして、ベンチに横たわっていた悠理の、あられもない姿。

ベンチの下に撒き散らされた、白い精。

性交の匂いが濃く漂う、湿気た空気。

それらのひとつひとつが、強烈な印象をもって、記憶に刻まれている。

 

 

清四郎の横をすり抜けて、悠理が待合所の中へ入った。

あの日、白い身体を横たえたベンチに腰を下ろし、記憶を辿るかのように、少し眼を細めて、そっと座面を撫でる。

「ここから、二人ははじまったんだよね。」

悠理が、懐かしげに呟いた。

そして、入口に立つ清四郎を仰ぎ見て、小首を傾げた。

 

「あのとき、夕立に遭わなければ、あたいたち、今も友達のままだったのかな?」

 

生徒会室で、数え切れないほど快楽に溺れた。

昼休みの美術室で、失神寸前まで突き上げた。

授業中、誰もいない屋上で、悦楽に浸った。

互いの自室で、幾度も、幾度も、交わった。

埃っぽい昇降口で、声を殺して、享楽に興じた。

 

清四郎は、透明な風を眺めるように、中空に視線を投げてから、答えた。

「いいえ。僕たちは、ずっと前から無意識のうちに求め合っていました。あの日、夕立に逢わなくとも、いつかきっと、こうなっていたはずです。」

清四郎の答えを聞いて、悠理は艶やかに微笑んだ。

「あたいも、そう思っていた。」

 

二人は、はじめから互いを求めていた。

身体を繋ぐことが、当然だった。

だから、虚構の関係に疑問を抱いても、離れられなかった。

それが、今なら、分かる。

 

 

清四郎は、悠理を。

悠理は、清四郎を。

 

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。

 

欲していた。

 

 

二人は、語り合うこともなく、狭い待合所から、光の溢れる世界へと戻った。

 

ひさしの作る影に身を寄せて、瑞穂の波が揺れる景色を並んで眺める。

黙り込む二人を、大らかな自然の静寂が包んだ。

 

真っ白な入道雲が湧く、青い空。

鮮烈な、緑のグラデーション。

眼が眩みそうなほど光に溢れた、夏の景色。

 

清四郎は、眩い景色を眺めながら、悠理に話しかけた。

「実は、九月になったら、家を出て、マンションを借りようかと思っているんです。」

「へえ、そうなんだ。」

二人の眼前を、蜻蛉が一匹、つい、と飛んでいった。

ざあ、と穂波が音を立てて風に揺れる。

清四郎は、悠理を見た。

悠理は、瑞々しい景色に、眼を細めている。

 

「―― 僕が部屋を借りたら、二人で一緒に暮らしましょう。」

 

ざあ、と、穂波がうねり、悠理が弾かれたように振り返った。

 

「・・・本気?」

眼を見開いてこちらを凝視する悠理に、穏やかな笑みを向ける。

「もちろん、本気です。」

 

青い穂波が、透明な風に揺れる。

目に滲みるほど青い空に、真っ白い入道雲。

 

「剣菱のご両親や、うちの親は、僕が説得します。家事は、二人で協力してやっていきましょう。たまには喧嘩をするのもいいし、皆を呼んで馬鹿騒ぎするのもいい。暇なときでも、二人でいれば楽しいはずです。」

清四郎の提案に、悠理は低い声で答えた。

「・・・うちの父ちゃん、ああ見えて娘贔屓だから、清四郎と同棲したいなんて言ったら、きっと頭から火を噴くぞ。」

くちびるは尖らせているけれど、表情には喜びを滲ませている。

そんな悠理に向かって、清四郎は道化た仕草で胸を張ってみせた。

「構いません。来るなら来い、です。」

そして、真剣な表情で、悠理を見つめる。

 

 

「悠理・・・これから、ずっとずっと、死ぬまで一緒に、僕と暮らしませんか?」

 

 

 

穂波がうねり、水晶の煌きに似た光が、穂先の一本一本に宿る。

 

蝉が鳴き、風が渡る。

 

世界が、光に包まれる。

 

 

はにかみながら頷く悠理の顔も、幸福に、輝いていた。       

 

 

 

 

―― FIN

 

 

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