By にゃんこビールさま

 

 

 

 

南の島は満月の夜。

珊瑚礁に砕ける波の音が、揺れるカーテンの間から聞こえ、

どこからか漂ってくる甘美な花の香りがする。

それはまるで眠れない可憐を手招きしているようだ。

可憐はそっとベッドから抜け出した。

 

6人がそれぞれ恋人同士になって訪れた南の島。

広いゲストハウスに通されて野梨子と悠理は当たり前のように

「じゃ、女の子はこっちの部屋〜」と部屋をさっさと決めてしまった。

それを見た清四郎と美童のガックリと落ち込んだ顔。

可憐は魅録と顔を見合わせて苦笑いをした。

 

「う、ん…」

となりで寝ていた野梨子が寝返りを打った。

昼間、美童にプールで特訓をうけて疲れたのだろう。

「う…ん もう… 食べられないよぉ…」

その向こうでは悠理がムニャムニャとお腹を出して寝ている。

夕食では相変わらずの食欲でバトラーを驚かせていた悠理。

まったく彼らの気持ちも知らないで、なんて無防備で幸せそうな

寝顔だろう。

可憐はふっ、と笑みをこぼしながら2人にシーツをかけてあげた。

 

 

 

プライベートプールに出るリビングから可憐は静かに外に出た。

月の光は驚くほど明るい。

悠理の帽子を乗せたまま微かに揺れるブランコ。

輝かしい昼間とは別世界のように見える。

素足のままプライベートビーチに出た。

頬を撫でる海風が心地よい。

月明かりはきらきらと波といっしょに転がっている。

ふと、ビーチに人影を見つけた。

ゆらゆらと紫煙を薫らせている人影。

「…魅録?」

青く柔らかい光に包まれた魅録が振り返った。

「可憐」

魅録は急いで携帯灰皿にタバコをもみ消した。

最近、魅録はタバコの本数を減らしていた。

特に可憐とふたりっきりのときはあまり吸わない。

「どうしてタバコ吸わないの?」と聞いた可憐に、「お前、タバコやめただろう?」という

魅録の返事に可憐は驚いた。

やっぱり美容にも体にもタバコはよくないと、誰に言ったわけでもなく

可憐はタバコをやめていた。

それを魅録が気か付いてくれていたことが、可憐はちょっと嬉しかった。

可憐は魅録のとなりに座った。

「どうした?眠れないか?」

優しい声に可憐は首を振った。

「何だか目が冴えちゃって…」

可憐はコツンと魅録の肩に頭をもたせた。

まだほんのりとタバコの匂いがする。

「そっか…」

魅録はそっと可憐の髪に頬を寄せた。

波は月明かりといっしょに打ち寄せてくる。

ふたりはしばらく寄せては返す波をただ黙って見ていた。

「…いいところね」

「そうだな」

「千秋さんに感謝しなくっちゃ、ね」

「そうだなぁ…」

魅録の返事はいつも言葉少ない。

少ないけど魅録の言葉には、偽りや飾りがないのが可憐は大好きだ。

可憐はそっと魅録の手に手を添えた。

「俺さ…」

魅録は可憐と指を絡めた。

「今まで和貴泉倶楽部って来たことないんだよなぁ」

可憐は魅録の横顔を見つめた。

「どうして?」

魅録は真っ直ぐ海を見つめたまま答えた。

「千秋さんってさ、俺がまだガキの頃から世界中飛び回ってたんだ。

 母親だっていうのにいつもいなかったんだぜ。

 だから家を留守にしてまで作った和貴泉倶楽部なんて、絶対に行ってやるもんかって思ってた」

一人息子を日本に残して世界中を飛び回る母親。

そんな寂しいとき、母親の仕事をどんなに憎んだことか。

母が働いている可憐には、その気持ちがよくわかる。

可憐は黙ってぎゅ、と魅録の手を握った。

「何年か前、スマトラ沖に大地震があっただろう?その時の大津波でここのリゾート地も

 壊滅したんだ」

可憐もよく憶えている。

地震の被害だけではなく、遠くアフリカ大陸まで津波が押し寄せたと。

「それを知った千秋さんが、絶対に復興させるって周囲の反対を押し切って

 ここを開発したらしいんだ」

豪華なリゾートというだけではない。

ホテルのスタッフのホスピタリティのレベルの高さだけでもない。

千秋さんからもらった活気が、このホテルをより輝かせていたのだ。

「ここに来ることができて、よかったよ」

ふっと魅録は可憐に笑顔を見せた。

「うん…そうね」

可憐もにっこりと微笑む。

もしかしたら千秋さんは、自分の仕事を魅録に見てほしかったのかもしれない。

「可憐、サンキュー、な」

「え、どうして?」

可憐は目を見開いた。

「だって可憐と付き合ってなかったら、ここには来なかっただろう?」

魅録はちょっとはにかんだ笑みを浮かべた。

「…魅録」

切ないくらいの幸せが可憐の体中に溢れてくる。

「可憐…」

魅録は繋いでいた手を引き寄せ、くちびるを可憐に近づけていった…

 

「うっひゃ〜 気持ちぃ〜」

「こら、静かにしろ…!」

パシャパシャと水音と囁き声にぱっと魅録と可憐は離れた。

振り返るとプールサイドにふたつの影。

「…悠理?」

「…と清四郎だ」

どうやら清四郎と悠理も部屋を抜け出してきたらしい。

悠理はプールに足をつけて水をはじき、清四郎はデッキチェアに座っている。

またもや邪魔をされた可憐は、俯いて小さくため息をついた。

このメンバーといっしょでロマンチックを望む方が間違っていたかもしれない。

「可憐、行こう」

魅録はそっと立ち上がり、可憐の手を引っ張った。

「え?行くって…?」

「せっかくの満月の夜だから散歩してこよう」

「う、うん」

可憐も立ち上がり、砂を払った。

「それに、あいつらの邪魔したら何されるかわからないぜ」

魅録はニッとプールサイドでじゃれてる2人を指差した。

「そうね」

清四郎と悠理の邪魔をするのも無粋な話。

それにふたりの仲を邪魔されるのももう御免。

魅録と可憐は腕を絡めて青い砂浜を歩き始めた。

 

 

***********

 

 

「…一体今までどこに行ってたのさ!」

コテージに戻ると、美童が腰に手を当てて待ちかまえていた。

「さ、散歩だよ、散歩!」

「散歩よ、ね!」

魅録と可憐は顔を見合わせて笑った。

「ほう、夜中からずーーーっと朝まで散歩ですか」

清四郎はコーヒーを口に運んだ。

すでにダイニングテーブルには朝食の用意ができている。

「え〜、夜中にこの島の探検しちゃったの?ずりー!」

マンゴーをむさぼっていた悠理からブーイング。

「…探検なんてしてないと思いますよ」

呟きながら清四郎は悠理の果汁が滴る口元を拭いた。

ドカッとむくれた美童が椅子に座った。

「夜中に起きたら魅録はいないし、清四郎もなかなか戻ってこないし…」

「清四郎もですの?悠理も戻ってきませんでしたわ」

野梨子が言ったとたん、悠理はブーーーッとジュースを吹き出した。

「悠理!汚いですわよ」

野梨子に窘められた悠理はなぜか顔が真っ赤。

それを見た美童は「は〜ん♪」としたり顔。

「魅録も可憐もシャワーでも浴びて着替えてきたらどうです?」

呆然と立ったままの魅録と可憐を清四郎は急き立てた。

「あ、ああ」

「…そうするわ」

ダイニングでは「みんなずるいぞ!」とひとり騒ぐ美童の声がする。

可憐は首を傾げて魅録を見ると、魅録はただ苦笑いを見せた。

 

しばらくしてテーブルに着替えてきた魅録と可憐が席に着いた。

「昨日は満月でしたものね。きれいでした?」

軽い嫌みなのか、野梨子はふたりにコーヒーを入れた。

「お、おぅ。サンキュー」

「きれいだったわよ〜」

なぜかふたりは言葉少なげ。

 

「ふーん、それだけ?」

 

いつの間に来たのか松竹梅千秋がドアに手をついて立っていた。

「げっ!」

「ち、千秋さん!」

「魅録のお母様!」

「魅録のおばちゃん!」

「魅録のママ!」

「魅録のおばさん!」

千秋はムッとして「誰がおばさんだって?」と凄んでみた。

「ど、ど、ど、どうしてここにいんだよ!」

明らかに動揺している魅録に対して千秋さんは落ち着いている。

「あら、かわいい息子の後朝のお祝いを持ってきただけじゃない」

「はぁ…?????」

魅録が顔を真っ赤にして言葉を失ってる間に、バトラーがシャンパンを運んできた。

「えーお祝い?ふーん…何か知らんけど、おめでとう魅録!」

訳のわからず悠理はポンポンと魅録の肩を叩く。

清四郎と美童は、母親にお祝いされる魅録に同情の笑みを向け、

野梨子は黙ったまま真っ赤になってパクパクとオムレツを口に運んだ。

「キヌギヌって?」

そっと魅録に聞く可憐。

このときばかりは可憐が無識でよかった、と魅録はほっと胸をなで下ろした。

そんなふたりのもとに千秋さんがやってきた。

「可憐ちゃん、本当にありがとうね」

「え?ええ、はい…?」

可憐は曖昧な返事をして魅録の顔を見る。

魅録は真っ赤な顔を横に振るばかり。

「魅録!可憐ちゃんを不幸にしたらあたしが許さないわよ、いいわね!」

千秋さんはキッと鋭い視線で息子を睨んだ。

「ねーねー、おばちゃん!早くシャンパン開けようよー」

理由は何にしろ、お祝い気分の悠理は嬉しそうに手を叩いている。

「悠理ちゃん、おばちゃんって誰のことよ」と言いながらも千秋さんは嬉しそう。

「ほら、あんたが開けなさい」

千秋さんはぐいっとシャンパンを魅録に渡した。

この母親に逆らうことはできない。

不本意ながら魅録はシャンパンのコルクを少しずつずらす。

 

ポーーーーーーーーーン

 

コルクが勢いよく飛び出た。

「さすが魅録!」

美童がパチパチと手を叩いた。

「魅録ちゃん、おめでとー!」

「かんぱーい!」

魅録の気持ちも知らないで仲間たちが祝福する。

「いただきまーす」

暢気に可憐までシャンパンに口を付けている。

「…はぁ」

魅録、ため息ひとつ。

そんなお祝い気分じゃないのだ。

昨夜は――――

 

 

青く幻想的な月夜に、魅録と可憐は時間も忘れておしゃべりをしていた。

笑ったり、ときには怒ったり、そしてまた笑ったり。

気が付けば水平線が白くなってきた。

月も少しずつ色が薄くなり、瞬いていた星たちも姿を消そうとしていた。

このまま夜が明ければ、また仲間たちといっしょになる。

魅録はそっと横を見た。

化粧もしていない、素顔でも十分華やかで美しい可憐が海を見つめている。

魅録の視線に気が付いた可憐がこっちを見た。

「…可憐」

「魅録…」

切なげな瞳で魅録を見つめ、可憐がそっと瞼を閉じた。

ゴクリ…と唾を飲み込む音がしないように気を付けて、

そっと可憐の髪に手を添えた。

ふわり、と触れた可憐のくちびるは柔らかくて甘い。

『可憐ってこんなに柔らかいのか…』

魅録はその感触に一種の感動を覚えた。

やっとくちぴるを合わせたふたりに一筋の光が差し込んだ。

『このまま押し倒しても…』

ガバッ

可憐は力強く魅録の胸を突き放した。

「えっ?」

頭の中で考えていたことが可憐にばれたのか?と魅録は困惑。

「だめ!」

「ご、ごめん」

とっさに魅録は謝った。

そのとき、水平線から太陽が昇ってきた。

「睡眠不足は美容の敵なのよ!それに日焼け止めも塗ってないし」

可憐はピンクに染まった頬を両手で覆った。

「へ?」

魅録は間抜けな返事をした。

「帰りましょう、魅録!」

可憐はすくっと立ち上がって魅録に手を差し出した。

魅録は黙って可憐の手を取った。

嬉しいのと、照れ隠しで勢いよく前を歩く可憐と、

一晩もかけてキスしかできない自分を責める魅録。

可憐と結ばれるまで何時間かかるんだ、と魅録は明るくなってきた空を

見上げてため息をついたのだった。

 

 

 

 

     end

 

  

TOP

 

 Material by アルカディア さま