「…悠理」


自分を呼ぶ声に、窓の外を眺めていた悠理は振り返った。
キングサイズのベッドに横たわり、長い腕を目の上にかざしている男。
彼女の、世界で一番、愛しい人。




 




昨晩からこの海辺のホテルに宿泊している。
二人の記念日を、朝から晩まで二人っきりで祝いたくって。


「ゴメン、眩しかったか?」

悠理は掴んでいたカーテンをゆっくりと引いた。
「…いや。今、何時だ?」
「もう9時だぞ。ねぼすけ」
「…悠理に言われたくありませんね。」


苦笑しながら、男はベッドの上に肘を突いて半身を起こした。
シーツに覆われていた、逞しい裸の胸が露わになる。
洗いざらしの下りた前髪の下で、艶を帯びた黒い瞳がまだ少し眠そうに細められている。
すっきりと通った鼻筋、色の薄い形の良い唇、男らしい顎の線。
まるで絵に描いたような美しい男の姿。
悠理の胸が高鳴る。
ずっと見つめていたい気持ちを隠し、ベッドに歩いていきながらからかうように話しかけた。


「早く起きて、朝ご飯食べにいこーよ。まだ眠いのかよ?」
「ちょっと…昨夜は頑張りすぎましたかね?キスしてくれたら、目が覚めると思いますよ」
「ばーか」
悠理に向かって、唇を突き出して見せる男の仕草に笑いながらも、悠理はベッドに腰掛けて顔を近づけた。
あたしだけの、愛しい男。


「ん……」
唇が重なり合い、男の腕が悠理の頭を抱いた。
離れようとする悠理の唇を求めて男の舌が彷徨い、腕に力を込めて引き戻す。
唇と舌を蹂躙され、いつの間にか腰に回された手で、悠理の身体が男の裸の胸に押し付けられた。
シャツ越しにでも、男の熱い体温を感じる。


「…さっき、頑張り過ぎたって言ってなかったっけ?」
モーニングキスにしては、深すぎる口づけ。
ようやく開放された唇を喘がせながら、悠理が問いかける。
「よく眠ったので回復しました」
悪戯っぽい目付きで、男が答える。
「だ〜め!朝食が先!」
男の胸に両手を突っ張って、抵抗してやる。
ここで仏心を出してしまえば、今日一日を男の言いなりになって過ごさなければならなくなるのが目に見えていたから。



「起きろっ!せーしろー!」

男の腕から逃れ、ばっとシーツを剥いでやった。
清四郎はきっと慌てて起き上がるだろう。だって何にも身に着けていないのだから。
ところが。


「…ったく、乱暴ですねぇ。わかりました、起きますよ」
くっくっと喉を鳴らしながら、清四郎はゆっくりと起き上がり、愉快そうに悠理を見つめた。
露わになった、清四郎の裸身。
広い肩幅に長い手足。鍛え上げられた厚い胸板に、引き締まり綺麗に割れた腹筋。
男の理想を具現化したようなその身体に、ベッド脇に立った悠理は、思わずまじまじと見入ってしまった。

折り曲げられた足の間に仄見える、屹立した男の象徴まで。
「何をまじまじと見てるんです?」
ニヤリ、と笑いながら清四郎がわざと足を崩して見せるので、悠理は慌てて顔をそらした。
「…なんか、起きてるとこ違うくない?」
「朝ですからねぇ…」
清四郎がクスクス笑い出す。




イラスト BY たむらんさま



「…おいで」

両腕を広げた清四郎に優しく呼ばれ、悠理は抗えなかった。
ゆっくりとその腕の中に身を預け、彼の首に腕を回し頬を摺り寄せる。
清四郎の手が、優しく悠理の背中を撫でる。
「今日は、一日中抱き合って祝おう。僕たちが付き合い始めてちょうど一年の記念日だから」
「清四郎…」
「お前が僕の想いを受け入れてくれたなんて、今でもまだ信じられないくらいだ」
「なんでだよ。あたいだって、ずっとお前が好きだったんだぞ」
「悠理……」
ついばむように口づけられ、シャツの袷から差し入れられる手を悠理は拒まなかった。
それどころか、自分から手を伸ばして清四郎の熱い肌を撫でた。


シャツの前が広げられ、まだブラを着けていなかった悠理の胸が露わにされた。
清四郎の大きな手のひらがゆっくりと膨らみを辿る。
口づけられ、舐め、吸われる。
この一年の間に馴らされた感覚に、悠理はうっとりと目を閉じた。
初めて清四郎に貫かれた時の、痛みと感激を思い出す。
彼が本当に自分を愛してくれているのだと、心と身体で実感したあの時のことを。



全身に愛撫を施され、大きく広げられた足の間から清四郎が入ってきた時、悠理はためらわずに歓喜の声を上げた。



                     *****



情事の後、まだ火照った身体を清四郎の身体の上に重ね、悠理は彼の胸に耳を当てていた。
規則正しく、力強い彼の命の鼓動。
それは、生まれた時からずっと耳にしていたような、懐かしい響き。
泣きたいほどに愛しい気持ちが込み上げ、彼の胸に唇を押し当てた。
清四郎がくすぐったそうに笑う。


「…まだ、欲しいんですか?」
「そんなんじゃないやい、ただ…」
「ただ…何ですか?」
「……お前が、好きだなぁって思って…」


清四郎の両手が悠理の頬を挟み、軽く持ち上げるようにして口づけられた。
「僕も、好きです。愛していますよ、悠理…」
そう言われ、悠理は強く抱きしめられた。


お互いに求め合う気持ちは、付き合い出してから今日までの間にも強くなるばかり。
離れない、離さない。いつまでも、ずっと二人で。
そんな気持ちを、お互いに確かめ合う為の記念日。
これまでも、そしてこれからもずっと……



end

(2005.9.3 加筆修正)

 



皆さん、さっくり死んでいただけたでしょうか?
みんなの願望をたむらん画伯が見事なイラストにしてくださいましたよ。
勘違いしてはいけませんよ、彼は「悠理に」おいでって言ってるんですから。(笑)
黒背景部屋なのに、白背景。フロさんちの一周念記念にお送りした後朝ネタです。
いえ、私はこの話は裏に置くのはどうか…と思うんですよ。ええ、某嬢になんと言われようとね。(笑)

 

 

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 Material by あんずいろさま