「悠理、僕はお前が好きです」


やっとのことでそう口にした僕に、あいつは輝くばかりの笑顔を見せて、こう答えた。
「そっかぁ〜、そうだと思ってたんだっ!あーすっきりした。じゃな、清四郎。また明日!」

そうして彼女は、身を翻して駈けて行ってしまった。
呆然と、ベンチに座り込む僕を残して。




『Anniversary〜二人の記念日〜』




リリリリリリリリ……がしっ!
ベッド脇の目覚まし時計を掴んで、耳障りなベルの音を止めた。
時計は7時を指している。
くっ。いつもなら、目覚ましが鳴る1時間前には眼を覚ますのに。
今日は、朝の鍛錬は無しですね。
…ここの所、どうも夢見が悪くていけない。
はっきりしない頭を軽く振り、起き上がってパジャマから制服に着替える。
シャツのボタンを留めて、蝶ネクタイをつける。
ズボンに足を通してベルトを締め、上着を手にとって部屋を出る。


「はあ……」

溜息が出た。

―――ああ、学校に行きたくない…

そんなことを考えた自分に驚く。
学校に行きたくないなんて思ったのは、曜変天目を割った時以来だ。
しかしこの菊正宗清四郎、聖プレジデント学園生徒会長として、学校を休むわけにはいかない。
…それに今日は、数学の小テストだし。



家を出ると、ちょうど野梨子が隣家から出てきたところだった。
「おはようございます、野梨子」
「おはようございます、清四郎。今日は暑いですわね」
変わり映えのしない挨拶を交わして歩き出す。
学園までは、歩いて15分。


学校に近くなると、毎度おなじみ通学時間の交通渋滞である。
連なった車の中の一台から、元気な声が聞こえてきた。
「ここでいいよ!ありがと名輪。行ってきま〜す!」
バンッと車のドアを閉める音がし、こちらに走ってくる足音が聞こえてくる。
どきどきどきどき…高鳴りだした心臓の音と、足音が重なる。


「おっはよ〜!清四郎、野梨子!」
「「おはようございます、悠理」」
ぴょんと一跳ねして、野梨子の隣に並んで歩き出した悠理と、おなじみの挨拶を交わす。
ちら、と横目で見ると、悠理は僕の方を見もしないで、野梨子と楽しそうに談笑中だ。

 

……どういうことなんでしょうかね?この態度は。



―――僕がやっとの思いで、悠理に気持ちを打ち明けたのは、3日前のことだ。
何故自分のことが心配かと尋ねるあいつに、僕は正直な気持ちを伝えた。
「悠理、僕はお前が好きです」と。
僕を見つめるあいつの瞳の中に、僕と同じ熱を見たと思ったから。
当然、「ありがとう」とか、「あたいもお前が好きだ」とか言う答えが帰ってくるものと思っていたのに、返ってきた答えは、「そっかぁ、すっきりした。じゃあな!」であった。



正直に言って、一昨日と昨日はまだ期待していた。
もしかして悠理が、「清四郎、昨日のことなんだけど…」なんて言って来るかも知れないと。
しかし、3日後の今日になっても、悠理の態度は変わらない。
これはやっぱり、今までどおり友人で居ようって言うことなんですかね?
つまり、僕は振られたってわけですか。



授業が終わり、放課後、野梨子と共に倶楽部の部室に向かった。
ドアを開けると、既に皆が揃っていた。
美童と可憐、魅録は何やら雑誌の話で盛り上がっているようだ。
悠理の前には、既に多くの食い散らかした菓子の残骸が散らばっている。
全くいつも通り。何の変化もない。

 

なんとなく切ないような気持ちになりながら、ぼくは悠理の前に椅子を引いて座った。
テーブルに肘を着き、頬杖をついて悠理を眺める。
またぞろ意地悪を言いたいような気分になった。

 

「全く、よく食べるなお前は。ほら、菓子屑を散らかすな」
あからさまに不機嫌な声が出てしまった。


「ぐっ……」

 

…おや?いつもなら「うっさいな!」とか返してくる悠理が、何も言い返してこない。
それどころか。顔を赤らめて俯いてしまった。

 

「…ごめん……」
蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。な、何?

 

「…悠理?どうしましたの」
不審に思ったのか隣に座っていた野梨子が、悠理の顔を覗き込む。
はっとしたように、その目が大きく見開かれた。

 

「ごめん、野梨子。あたい、帰る…」
立ち上がってポツリとそう言うと、悠理は鞄を取り上げて部室から出て行った。


悠理は、泣いていた。


「清四郎!悠理に何かしたんですの?」
「僕は何も…と言うか、いつも通りのことを言っただけですよ」
僕を責める野梨子の言葉に、僕は両手を上げて待ったのポーズをとりながら答えた。
「そうよねぇ。あれぐらい、いつものことじゃない?」
「悠理が泣くほどのことじゃないよねぇ。清四郎が悠理にイジワルするのなんて、いつものことだもん」

「……」

可憐と美童のフォローになっていない言葉に、僕は苦虫を噛み潰した。


「いつも…ってのは違うんじゃねぇか?」
頬杖をついた魅録が、斜向かいから僕を軽く睨み付けながら言う。
その口調になんとなく挑発的なものを感じた。

 

「何がですか?魅録」
「二人の関係が、さ」
「…どういうことですか?」
「とぼけんなって。…付き合ってんだろ?お前ら」


「はぁ?」

「えっ!」
「嘘!」
「まぁ…」

思っても無い魅録の言葉に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
その声に美童、可憐、野梨子の声がかぶさる。


「はぁ?って…誤魔化すなよ。悠理に告白したんだろ?3日前に。」
え?何で魅録が知ってるんですか。
「まぁ…したと言えばしましたが…」
「悠理がよ、すっげー喜んで俺んとこに報告に来たぞ。『清四郎が好きだって言ってくれたんだ〜。どうしようっ!』って」
喜んで…悠理が?
「お前まさか、そういう意味じゃなかったなんて言うんじゃないだろーな!」


「……」
言葉が、出ない。

 

悠理、お前は僕の気持ちをちゃんと受け取っていてくれたのか?
何も言わず、恋人らしい態度も取れなかったのは僕のほうか?

 

―――掴まえなくては。
悠理を。僕の、恋を。


がたんっ!
立ち上がると椅子が倒れた。
でも、そんなことに気を取られてなどいられない。
鞄を引っつかみ、部室を飛び出し、階段を駆け下りる。
廊下を突っ切って校舎を飛び出し…いた!悠理!!


「悠理っ!」

驚いて振り返るあいつの瞳には、まだ涙の跡。
「悠理……」
無茶苦茶に走ったために、乱れた息を整えながら考える。
何と言うべきなんだろう、こんな時は…


「…一緒に帰りましょう」
ようやく口から出た言葉の余りの馬鹿さ加減に、いい加減情けなくなる。
悠理はしばらく、呆れたように口をぽかんと開いて、僕を見ていた。
だが、やがてゆっくりと口の端が上がっていき、僕の大好きな、輝く太陽のような笑顔になった。

 

「うん!!」


ほっと息を吐き出し、僕は悠理の隣に並んで歩き出した。
なんとも言えない暖かい気持ちが、胸に込み上げて来る。

 

今日は僕にとって、一生忘れられない記念日になりそうですね。
僕と悠理が、共に歩き出した記念日。


「…交際記念日、ですかね?」
そう呟くと、悠理がうん?と言うように僕の顔を上目使いに見上げた。
「…なんでもないです」
そう言って苦笑すると、悠理の眉根が寄った。



これから二人で、たくさん記念日を作っていこう。
一つ一つの記念日を記したら、カレンダーが真っ黒になる位に。
僕らしくもなく、ロマンティックなことを考えながら、見慣れた通学路を二人で歩く。


 ―――手を繋いでもいいでしょうかね?


 

end

(2005.9.4 加筆修正)




ロさんサイトの、20万ヒット記念に贈らせていただいた作品です。

このシリーズの続きは、ナオさまのサイト「ふたりのにちじょー」で不定期にアップさせていただいておりますので、お気に召しましたらそちらの方も読んでみてください。m(__)m

ヘタレな清四郎と、思い切りの良い悠理の取り合わせ。結構好きなシリーズです♪




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 Material By Four seasonsさま