「初めての夏。」
「どっか、気持ちのいい高原でサイクリング〜!」 今度の休みに、どこへ行くかを決めるジャンケンに、勝利した悠理が高らかに宣言した。
「い、嫌ですわ。サイクリングなんて…ねぇ悠理、何か他のことにしてくださいな」 自転車に乗れない野梨子が、慌てて悠理に懇願する。 「え〜、負けたくせに文句言うなよ〜!」 「野梨子にサイクリングは無理よぅ。何か他のことにしてあげたら?」 悠理が唇を尖らせて言い返し、きゃはははと腹を抱えて笑いながら、可憐が言う。 そんないつもの倶楽部内の光景を、僕は笑いながら見ていた。
「まぁ、いいじゃないですか。那須なんてどうです?美術館もたくさんありますから野梨子も楽しめるでしょうし、サイクリングには僕と魅録が付き合いますよ。」」 「那須って言やぁ、確かハイランドパークにレゴミュージアムが出来てたよな」 僕の提案に、魅録が目を輝かせて答える。 「あら、いいじゃな〜い。かわいいペンションもたくさんあるし…ねぇ、どうせなら一泊しない?」 「那須なら温泉もありますものね。それならいいですわ」 「じゃあ、決まりだね!いいとこ探して予約しとくよ」 可憐と野梨子も同意し、最後に美童が粋にウインクしながらそう締め括った。
*****
「はぁっ、キモチいい〜〜!」 夏草の上に座り、後ろ手を付いて背を逸らして、高原の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、悠理が言った。 僕らは、既に公園の中を一通りサイクリングして回り、野梨子たちとの待ち合わせ場所に戻ってきていた。
レンタルした自転車が、すぐ横に放り出してある。 初夏の日差しに明るい色の髪がきらきらと輝き、茶色の瞳に青空が映る。 自転車をきちんと並べて立て掛けてから、悠理の隣に腰掛けた僕は、横目でそっと彼女の様子に見惚れた。
僕が悠理への想いを自覚してから、まだ日は浅い。 はっきり言って、えらく戸惑っている。 この菊正宗清四郎、齢19にして初めて憶える感情である。 ―――完全無欠を自他共に認めるこの僕が、恋というものをするのなら、それは特別なものでなくてはならない。 ずっとそう思っていた。 間違っても凡百の男と女がしているようなものではなく、あくまで格調高く品位に満ちたものでなくてはならないと。
ところが、である。 こともあろうに僕が恋してしまった相手は、剣菱悠理。(ある意味、特別と言えなくも無い) この山猿相手に、「格調」も「品位」もあったものではない。(「胃拡張」位ならあるかもしれない) それなのに…想いを自覚した時から、僕の心臓は彼女の笑顔に跳ね上がり、他の男に向けられる視線に嫉妬し、僕への言動に一喜一憂し、彼女のことを考えて眠れない夜を過ごしている。
かなり情けない。 この菊正宗清四郎も、恋の前ではただの男だったということだ。
「清四郎、悠理!ほらよっ!」 魅録がミネラルウォーターのペットボトルを放り投げてきた。 その後ろで可憐、野梨子、美童が笑っている。 魅録は自転車は脇に並べて止めたものの、僕達の隣には座らず、近くで弁当を広げる準備をしている野梨子たちを手伝いに行ったのだ。
最近あいつらは、何かと僕と悠理を二人きりにしようとする。(有り難迷惑だと言いたいところだが、嬉しくないことも無い) 連中には、すでに僕の気持ちはバレてしまっている。(不覚。) 大方、こういうことには鋭い可憐か美童が気付いて、皆に注進したんだろうと思っていたが、野梨子に聞くと 「清四郎はバレバレですもの。いくらこういうことには疎い私でも、気付きますわよ」 だ、そうだ。
「サンキュ!魅録。」 ペットボトルを座ったまま頭上でキャッチした悠理が、一口飲んで僕によこす。 「清四郎も飲むだろ。ほら!」 屈託の無い笑顔を見せて。 「ありがとう、悠理」 にっこりと悠理に向かって笑顔で答えた僕だが、慌てて目を逸らした。
まったく、何でそんな格好してるんですか。 丈の短いTシャツにショートパンツ。動くたびに、悠理の贅肉などついていない腹がチラチラ見える。 おまけに生足。立膝で座っているのだから。 そんな格好でいられたら押し倒したく…もとい、目のやり場に困るじゃないですか。 大体そのTシャツ、何で魅録とお揃いのなんか買うんですか?
―――朝、全員集合した時に二人の格好を見た僕は一瞬固まった。 「あら?悠理と魅録のTシャツってお揃いですわね」 ま、と口に手を当てて野梨子が言った。 「あ?な、なんで同じの着てんだよ!お前」 魅録が焦って口を開く。 僕の体から発せられた殺気に気付いたようだ。 「へへっ、いーだろぉ?こないだ魅録が着てんの見てさ、カッコ良かったからおんなじの買ったんだ〜」 「だ、だからって何も今日着てこなくても…俺、着替えるわ。」 そそくさと、鞄から違うTシャツを引っ張り出して魅録は着替えた。 「え〜、なんでだよ〜」 その後ろで悠理が脳天気にボヤいている。 「…そろそろ行きましょうか」 「はいっ!?」 魅録の肩に手をかけて言った僕に、魅録はなぜか裏返った声で返事をした―――
そんな光景を思い出しつつ、ペットボトルの水を一口飲む。 ん?待てよ。これって間接キス? にまり。思わずほくそえんだ僕の顔を、下から覗き込んだ悠理が言う。 「なー、お前さっきから何一人で百面相してんの?」 不意討ちに、思わず顔が音を立てて赤くなっていくのを憶える。ま、まずい!まずい〜〜〜!
「悠理、清四郎!写真撮ったげるからこっち向いて〜」 幸い、可憐のナイスなフォローに、悠理の視線は僕から離れ友人達に向いた。 (ナイス、ナイスだ可憐!次の期末試験の時は頼ってくれていいですよ) デジカメを構える可憐の後ろでm肩を震わせている野梨子、美童、魅録が見える。(あなた達は自力でやってください)
「はい、撮るわよ〜チーズッ!」 その瞬間、悠理が僕に凭れ掛かった。 どくん…ひとつ大きな音を立ててまた心臓が跳ね上がる。
カシャッ!
……参ったな。不意討ちですよ、悠理。 きっと写真に収められた僕の顔には、まぎれもない恋心が表れているだろう。 その写真を悠理が目にした時が、この思いを告げる時なのかもしれない。
そう、もう僕は「特別な恋」なんて望んじゃいない。 お前が喜び、笑い、哀しみ、怒るのをずっと見ていたい。 そして、お前が泣いた時は、その涙をそっと指で拭ってやれる、そんな距離にいつもいたい。
―――君と過ごす夏がやってくる。
end
(2005.9.5 加筆修正)
ぽちさんサイトに降臨した、たむらん画伯の超絶素敵イラを見て,
思わず妄想を回してしまい、発作的にぽちさんに送りつけてしまった作品。
これ以降、私は画伯のイラがアップされる度に、ストーカーのように妄想を回すように。(←迷惑) タイトルはSMAPの曲名から。一部歌詞も入ってたりします。
novel
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