「さんじゅろーく、さんじゅしーち、さんじゅはーち、さんじゅく、よんじゅ〜〜」
今年もやってきた悠理の「オヤツ大量ゲットディ」、世間様で言うところのバレンタインディの日の午後。 大量のチョコを抱えて帰宅した悠理は、上機嫌でもらったチョコの数を数えていた。
「よんじゅさん〜よんじゅよーん…あ、デメルのザッハトルテだ。なんか今年は、ケーキ系が多いよな。フォンダンショコラとかさ。…あれ、いくつまで数えたっけ?」 「44までですよ。小さなチョコより、食べでのあるケーキの方が喜ぶと思われたんでしょう」
清四郎はソファに座って、目の前のテーブルに広げたチョコの箱から、添えられたカードや手紙を取り除けていた。 今年は直接手渡ししようとする女生徒たちには丁寧な態度で断ってきたのだが、こっそりと下駄箱や机の中、あるいは生徒会室の扉の前に置かれていたチョコは仕方なく持ち帰ってきた。 むろんチョコ自体は後で悠理のお腹に収まることになるのだが、カードや手紙までそのままで渡してしまうほど、清四郎は無神経な男ではない。 例年よりはかなり少ないとはいえ、一つ一つパッケージを開けてカードの有無を確かめるのは時間がかかった。 ようやく作業を終え、清四郎が悠理に視線を向けると、悠理はすでに自分の分を数え終えたらしく、ザッハトルテの大きな一切れを口に運ぶところだった。
「全部でいくつありました?」 「ふ?ななじゅーよんこ」 悠理は口をもぐもぐと動かしながら答えた。 「じゃあこっちに15個ありますから、合計89個ですな。一度に食べ過ぎるんじゃありませんよ」 「わーってる!」 勢いよく頷いたものの、悠理は手に持っていたザッハトルテの残りを口に放り込むと、すぐに次に食べるチョコを物色している。 そんな悠理の様子に苦笑しながら、清四郎はテーブルの上に重ねていたカードを一枚手に取って読みはじめた。
悠理は指についたチョコを舐め取りながら、清四郎を見ていた。 薄ピンクの地に、薔薇模様が入った女らしいカード。それを持つ清四郎の繊細な指に見惚れた。 清四郎は悠理の視線など気付かぬ風で、一枚読み終えるとまた次のカードを手に取る。 女性たちの思いが詰まったカードを付けたままのチョコを悠理に渡さないという気遣いは出来ても、それを悠理の目の前で読むことには抵抗がないあたり、この男のどこかアンバランスな性格が現れている。 とはいえ、悠理もそれに対して特に気を悪くするということもなかった。 いままでダテに長く、この男にぞんざいに扱われてきたわけではないのだから。
それよりも悠理は、清四郎がいまだ手をつけていない自分からのチョコの包みの方が気になっていた。 ポップでカラフルな包装紙に包まれたチョコは、剣菱邸のシェフが作ったものだ。 甘いものがあまり好きではない清四郎の為にと悠理がアイディアを出し、この一週間、シェフと共に試作と試食を繰り返して作り上げた、自信の品である。 帰宅してからすぐに渡したそれを、清四郎は「ありがとう」と喜んでくれたが、いまだにテーブルの上に置かれたままだ。
「なぁ、チョコ、食わないの?」 悠理はチョコを指差しながら聞いてみた。 「後でいただきますよ。今はお腹がいっぱいなのでね」 清四郎は少し顔を上げて答えると、また別のカードを手にとって読みはじめた。 「これ、おいしーんだぜ〜。あんまり甘くなくって…口ん中で、とろっと溶けんの」 悠理は清四郎の隣に座るとチョコの箱を取り上げ、清四郎の顔の前で振って見せた。 「味が三種類あってさ、それぞれ違うリキュールを使ってあって…」 「…食べたいんですか? いいですよ、食べても。僕の分は1〜2個残しておいてくれれば…」 言いつのる悠理に、清四郎は顔の前に掲げていたカードをすっと下ろして答えたが、またすぐにカードに目を落としてしまった。
「いや、あたいが食べたいんじゃなくってぇ…」 悠理はそう抗議しかけたが、ポーカーフェイスな恋人の顔を見ているうちに、イタズラを仕掛けたくなった。 「じゃ、遠慮なく食べさせてもらうからな」 そういうと、昨夜メイドに頼んでやってもらった凝ったラッピングを剥がしにかかった。 長方形の箱の中には、丸い形のチョコが12個並んで入っている。 三種あるうちでも、悠理が一番気に入っている味のチョコをひとつ摘むと、悠理は清四郎の方に向き直った。
気配を察したのか、清四郎が横目で悠理を見た。 すると悠理はぽいとチョコを自分の口に放り込み、さっと清四郎の手にあったカードを奪い取って後ろに投げ捨てた。 何か言おうと清四郎が唇を開いた瞬間に、悠理は彼の両肩に腕を回し、彼の唇に唇を押し付けると、舌で清四郎の口にチョコを押し込んだ。
清四郎は不意打ちのキスに動じるような可愛げのある男ではないが、口の中に入り込んできた甘い固まりには少々驚いたようだ。 けれどすぐに面白そうに目を細めると、悠理の腰に手を回して引き寄せ、口の中のチョコを悠理の口に押し戻してきた。 悠理もまた、舌先でそのチョコを押し戻した。 ベルギー産の最高級クーベルチュールチョコを使った口解けのよいチョコは、二人の口腔を一往復する間にすっかり解けてしまった。 後に残るのは、ほのかな甘みとかぐわしい洋酒の香り。 それがすっかり消えてしまっても、二人は互いの唇を味わい続けた。
「ん……」 やがて悠理がかすかな声をあげると、ちゅ、と小さな音を立てて唇は離れた。 深い口づけに二人の頬は上気し、うっすらと赤みを帯びていた。 「悠理にしてはまた、大胆なことを…」 清四郎が微笑みながら言った時、悠理の頬はより一層赤みを増した。
たった一個の小さなチョコ。 そこに含まれたわずかなアルコール分より、二人の頬を上気させ赤く染めたのは、恋のエッセンス。
分け合い食べたチョコのおかげで、二人の間の糖度も一気にアップ―――
……したかどうかは、また別のお話。
ツヅク。 (2008.2.14up)
「Kiss You」シリーズの第二段です。チョコの話だけに、ちょこっと糖度アップ?(苦笑) 「話がまとめられへん」と嘆く私に、「キスで止めようとするからよ。最後までいっちゃえ!」と某姉からありがたいアドバイスが。この後の二人がどうなったかは、皆さまのご想像におまかせいたします。m(__)m
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Material By Abundant shine さま