「大好き」と言う気持ちを表すのに、言葉なんかいらないかもしれない。
ただ、ギュッてして、チュ。
ほらそれだけで、互いに笑顔になれるだろう?
「KISS YOU」
「うがぁ〜〜〜っ!」
静かな部屋に突然、悠理のうなり声が響いた。 「なんです? 怪獣かおまえは」 ソファに座り読書にふけっていた清四郎が、顔をあげて眉をひそめた。
「だぁって、やってもやっても終わらないんだもん、コレ。外は雨降りだし、気が滅入るのなんのって…」 悠理は、分厚いプリントの束を手で掲げてバサバサと揺らし、忌々しげに机に叩きつけた。 補習に出る代わりにと、教師から渡されたプリントだ。
「プリントは、ちゃんとやっていけばいつか終わりますよ。それに外が雨だから嫌だなんて、晴れてたら晴れてたで、こんな日に家の中でじっとしてるなんて…って、言うんでしょ?」 呆れたように言うと、清四郎は本をソファに伏せて立ち上がり、悠理の側へ寄った。 ぱらぱらとプリントをめくり、終わった分をチェックすると、これから悠理がやるべき部分を開き、こぶしでしっかりと折り目をつけた。 「ほら、もう三分の二まで出来てるじゃないか。もうひと頑張りしろ。嫌な事をさっさと済ませてしまえば、後は楽しいことばかりが待っていますよ」 「んー」 悠理は突き出した唇と鼻の間にシャープペンを挟み、机に突っ張った足を軸にして、椅子をゆらゆらさせていた。いかにもやる気が失せたという感じだ。 そんな彼女の様子を見て、清四郎の表情が少し険しくなった。
「悠理」 低い声で、たしなめるように名を呼ぶ。 その声の調子に、悠理は一瞬肩をびくつかせたが、ぐっと唇を引き結ぶと清四郎の顔を見上げて懇願した。 「なぁ、ちょっとだけ休憩させて。ちょっとでいいから」 眉を下げ、すがるような瞳の悠理に、清四郎の表情がふと緩む。 いつだって、清四郎は悠理に厳しいようでいて、実は甘い。
「…しょうがありませんな。オヤツにでもしましょうか?」 「やたっ! 清四郎ちゃん、愛してる〜♪」 とたんに上機嫌になって、メイドにおやつの用意を言いつけに走る悠理に、清四郎は苦笑しながらソファに戻った。 伏せてあった本を手に取り、読んでいたところにしおりを挟んで閉じた。続きを読むのは、もう少し後になるだろう。
ソファに二人並んで座って待っていると、メイドがケーキとコーヒーを運んできた。 悠理はすぐに大喜びでケーキにかじりつき、清四郎はゆったりとコーヒーを飲みながら、そんな悠理を微笑みながら見ていた。
「お前、何笑ってんの?」 清四郎の視線に気付いた悠理が聞いた。 「子どもみたいだな、と思いまして」 清四郎は、自分の口の端をとんとんと人差し指で叩きながら答えた。 悠理はそのゼスチュアを見て、慌てて口の端についたクリームを舌で舐め取った。 へへ、と首をすくめて笑う悠理に、清四郎はクスクスと笑った。
「食べ終わったら、また勉強ですよ」 「うげ。もうちょっとゆっくりさせてよ」 「本当に勉強嫌いだな、おまえは」 呆れ顔の清四郎をよそに、悠理は3つ目のケーキにフォークを突き刺した。そのまま丸ごと持ち上げると、口に運ぶ。 当然、また口の回りはクリームだらけになったが、悠理は気にすることもなくもぐもぐと口を動かした。
「おまえは、勉強好きだもんな」 クリームのついたフォークを清四郎に向かって振りながら、悠理は嫌味っぽく言う。 「別に好きではありませんよ。まぁ、嫌いでもないですけど」 軽く握った手に顎を乗せて呟いた清四郎に、悠理は首をかしげた。 「好きじゃないの? でも、おまえすっげぇ勉強してるじゃん、いろんなこと」 「それは、自分を磨く為ですよ」 「それ以上おまえ、どこ磨くんだよ。頭いいし、強いし、今のままで充分かっこいいじゃん」 「かっこいい?」
何気ない悠理の言葉に、清四郎はゆっくりと口の端を引き上げた。 「うれしいですね。そういうことを言ってくれると」 「い、一般論として言ったんだぞ、一般論を!」 悠理は顔を真っ赤にして言い返すと、ケーキの皿を抱えて清四郎に背を向けた。 肩越しに、清四郎のくすくす笑う声が聞こえる。
二人は一応、「お付き合いをしている」関係だ。 清四郎からの告白に悠理がイエスと応え、倶楽部の仲間どころか双方の両親にも公認の仲。 しかし、二人の互いに対する態度は友人だった頃と大して変ってはいない。 清四郎は相変わらず悠理を馬鹿にしたり、からかったりしてオモチャにする事が好きだし、悠理がそんな清四郎に憎まれ口を叩くのも相変わらずである。 だから仲間達からは「進歩がない」だの、「付き合ってる意味があるの?」などと言いたい放題言われているが、二人は一向に気にならない様子。 悠理などはたまに清四郎に恋人らしい態度をとられたりすると、かえって落ち着かない思いがするぐらいだ。
「雨、止みませんねぇ…」 悠理の背後で清四郎が溜息をつき、ソファに寝転ぶ気配がする。 「プリントが終わったら、どうします? 出掛けますか?」 「……」 悠理は黙ってケーキを口に運んだ。 外では冷たい雨が降っていても、部屋の中の空気は暖かで穏やかで、このままのんびりと二人でここにいたいと悠理は思う。 けれどそんな風に思っていることも、何となく照れがあって口が裂けても言えない。 「ケーキ食べ終わったら考える〜」 背を向けたまま、ゆるい口調で答えると、 「プリントをやり終えたら、でしょう?」 と、怒るでも揶揄する様子でもない、穏やかな清四郎の声が聞こえ、悠理は何となく嬉しくなった。
そっと振り返ってみると、仰向けに寝転んだ清四郎が優しい顔で悠理を見つめていた。 悠理も見つめ返し、へへっと笑って見せると、清四郎は少し顔をしかめ、人差し指を立ててクイクイと動かした。 「こっちへ来い」という仕草に、悠理は身をかがめて清四郎に近づいた。 「何?」 自然に彼の上に乗りかかるような格好になりながら、悠理は小首をかしげた。 すると清四郎の手がすっと下から伸びてきて、大きな手のひらが悠理の頬を包んだ。同時にもう一方の手が悠理の肩に回り、ぐっと引き寄せられた。
Ilussted By たむらんさま
「ちょっ!」 悠理は焦って清四郎の手を掴んだ。 キスするのは初めてではないけれど、不意打ちされるのは苦手だ。 けれど困惑して目をせわしなく動かしている悠理にはお構いなしに、力強い腕は彼女を引き寄せ続け、清四郎の端正な顔が目の前数センチの距離にまで近づいてきて、悠理は思わずぎゅっと目をつむった。
その瞬間、唇の端を撫でるような感触が通り過ぎた。 驚いて目を開くと、清四郎の舌が唇に収まるところで、クリームがほんの少し、その舌先についているのが見えた。 清四郎は上目遣いに悠理を見つめたまま、ちろりと舌で自分の唇を舐め、ニヤリと笑った。 「ほんとに子どもみたいだな」 しれっとそう言うと、清四郎は悠理を引き寄せていた手を離した。
「……!」 悠理はかぁっと頬が熱くなるのを感じた。 いつものことながら、「またやられた」という悔しさに、跳ね起きると手近にあったクッションを清四郎に投げつけた。 「ばかやろーーっ!」 「何を怒っているんです?」 清四郎は笑いながら投げつけられたクッションを受け止めると、悠理に放り返した。 悠理もそれを受け止めるとまた清四郎に放り返し、二人の間でしばらくクッションのキャッチボールが続いた。 受け、投げを繰り返しているうちに、次第に怒り顔の悠理の眉が下がり、笑顔に変わっていった。
「悠理、学校の勉強は決して無駄なことではないんですよ。いつかきっと、何かの役に立つことなんです」 清四郎が、キレのいいストレートでクッションを投げ返しながら言った。 「わぁってる!」 悠理は投げ返す腕をいったん止め、フェイントをかけてクッションを投げ返した。 それを難無く受け止めると、清四郎はクッションにこぶしで一突きを加えてから、ソファに戻した。
「さぁ、お遊びの時間は終わりだ。早くプリントを片付けてしまえ。でないと、夕食が遅くなるぞ」 「はいはい、やりますってば」 清四郎が敬語で話さない時は、悠理に「有無を言わせない」と言う時だ。 だから悠理は頭を掻きながらも、おとなしく机に向かい、プリントの残りに取り組み始めた。
鉛筆のお尻をかじりながら、きっと自分達はこの先もいつまでもこんな風なんだろうなと、悠理は思った。
さっき、焦りながらもその後の展開を少し期待していたなどということは、永遠の秘密である。
ツヅク。 (2008.1.28up)
まずは、イラストを描いてくださったたむらん画伯にお詫びを。これ、30万ヒットのお祝いにいただいたイラストなんです〜〜(>_<) しかもいくつかのシチュをお話して描いていただいたにもかかわらず、話のオチがどーしても付けられず、今までしまいこんでおりました。 画伯、ほんまにゴメンナサイ&ありがとうございますです〜〜。
んで、続くんですね、この話は。 このラブ度の薄い二人に、これからいろんなシチュでちゅっちゅちゅっちゅしていただこうと思っているのですが…一話目から挫折しているワタシ。先が思いやられます。(ノ_・。)
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Material By あんずいろ さま