「僕の誕生日」 

  Byにゃんこビールさま

 

 



家のそばの緑道にソメイヨシノが満開になり、八重桜のつぼみがほころぶ頃、悠理から遅れること225日、僕は誕生日を迎える。

でも今年の誕生日は特別だ。

悠理と恋人同士になってから初めて迎える僕の誕生日だから。

夏の悠理の誕生日は、まだ"友だち"という関係から抜け出せなかったから、誕生日という日をふたりで迎えるのは今日が初めて。

自分の誕生日だけど、どこかレストランを予約して悠理とふたりでお祝いしようかと思っていた。

ところが悠理が思いも寄らないことを言ったのだ。

「あたしが清四郎にバースディケーキを作る!」

僕は自分の耳を疑った。

悠理が他人のバースディケーキを食べることはあっても作るなんて誰が想像できるだろうか。

まして悠理が料理するなんて聞いたこともなければ見たこともない。

その悠理が生まれて初めて、自ら進んで、人のために、ケーキを作ると言ったのだ。

しかも、この僕のために。

僕は嬉しさのあまり涙が流れそうだった。

魅録は「胃腸薬、用意した方がいいぞ」なんて余計なお世話を妬いてくれた。

しかし、君の彼女である可憐が悠理の指南役。

完璧主義な可憐が教えたとなるとかなりの出来が期待できる。

悠理の言葉に美童も喜んでくれた。

「一体、悠理に何したのさ」なんて余計な一言も付け加えてくれたが。

でも野梨子とふたりで僕の好みを色々と悠理に教えてくれてたみたいでしたね。

誰よりも一番遅く、しかも春休み真っ最中に迎える自分の誕生日をこれほどまでに心待ちにしたことがあるだろうか。

昨日の夜、「約束の時間に遅れるなよ!」と悠理から電話があった。

電話の声はとても明るくて楽しそうだった。

可愛いエプロン姿に頬を桜色に染めて、はにかんで微笑む悠理の顔が浮かぶ。

「清四郎、お誕生日おめでとう!」って僕に抱きついてくるだろう。

そしたら僕はそっと抱きしめて柔らかな頬にキスしよう。

「ありがとう、悠理」と。



「げっ!清四郎、もう来たの?」

僕の顔を見て開口一番、「げっ」とは。

それに家庭科の実習じゃないんですから割烹着に三角巾って格好はどうなんですか?

「ちょうどよかった!も〜、タマとフクがまとわりついてはかどらないんだ。あたいの部屋に連れていって!」

悠理はそういうと小麦粉やバターをあっちこっちに付けて暴れているタマとフクをほいっと僕に渡した。

「いいか?清四郎とケンカするんなよ!3人で仲良くしてるんだぞ!」

タマとフクにそう言い残すと悠理はそそくさとキッチンへ消えていった。

ちょっと(かなり)予想に反した展開だったが、仕方あるまい。

あの悠理が生まれて初めて、僕のためにケーキ作りに奮闘しているのだからここは大人しく待つことにしよう。

2匹を胸に抱いたままソファに行こうとするとタマとフクはさっさと降りてベッドに行ってしまった。

あんなに悠理にじゃれついていたのに突然寝るとは、実にネコは気まぐれだ。

悠理の部屋に読みかけの本があるから僕も本を読んで待つことにした。

しばらくするとメイドがお茶を運んできてくれた。

悠理の様子を聞くとやんわりと話をそらされてしまった。

きっと悠理に口止めされているのだろう。

「どうぞごゆっくり」とティーポットまで置いていったところを見るとまだまだ時間がかかるようだ。

この本も読み終えることができるかもしれない。

僕は香りのいい紅茶を飲みながら、タマとフクの方を見た。

タマは前足をきちんと折り曲げてじっと目をつぶり、フクはこちらに背を向けて寝ころんでいる。

やはり寝ているようだ。

僕は本を手に取り、再び読み始めた。

しばらくするとなにやら視線を感じる。

本から顔を上げてタマとフクを見るとやはり寝ている。

しかしタマのヒゲがピクピク動いている。

タマの耳もこちらに向いているようだ。

僕は本を読んでいる振りをして2匹の様子を観察した。

するとタマは薄く目を開けて、フクは耳をピクピクと動かした。

どうやら寝たふりをして僕の様子を伺っているようだ。

いつもは悠理といっしょになって僕のそばにすり寄ってくるというのに、今日はそんな素振りもない。

「タマ、フク。こっちへいらっしゃい。」

僕が声をかけると急いで寝たふり。

一体どうしたんだろう?

めずらしく悠理に邪魔だと叱られたから拗ねてるのか?

あの様子だと悠理が構ってくれないからふて腐れてるとか?

いや、もしかして…

悠理が僕のためにケーキを作っていることに妬いてるとか?

タマの鼻はヒクヒク…

フクのしっぽはパタパタ…

やっぱり起きている。

悠理の様子だと朝から、いやここ何日も悠理はケーキ作りに没頭していたのかもしれない。

きっと悠理が自分たちと遊ぶこともしないで、僕のためにケーキを作ってることがおもしろくないのだろう。

そういえば僕も悠理がタマとフクと楽しそうにじゃれて遊んでたり、温かな日なたでウトウト気持ちよさそうに3人で寝ていたり、悠理の頬にタマとフクがすり寄ってたり…

そんなところを見ると羨ましくなるし、ちょっと嫉妬もする。

そうか、その気持ちはわからなくもない。

またタマとフクの方を見ると… あれ?いない。

悠理のところに行ってしまったのかと本をテーブルに置いて立ち上がろうとしたらいつの間にか2匹が僕の隣で丸くなっていた。

僕は笑いがこみ上げてきた。

本当は僕のところに来たかったのに拗ねて我慢をしていたんだろう。

「やっと来ましたね。」

僕はそういうとそっとタマの頭と、フクの背中を撫でた。

タマは気持ちよさそうに鼻を上げ、フクもこてんと横になった。

今度は本当に眠ったようだ。

僕の隣で安心して寝ている2匹を見ていたら僕も何だか眠たくなってきた。

手から伝わるタマとフクの温かさがちょうどいい。



「清四郎、寝ちゃったの?」

はっ、と目を覚ますと悠理が僕の顔を覗き込んでいた。

目の前には割烹着と三角巾姿ではなく、水色の半袖ニットを着た悠理がいた。

「すみません。つい寝てしまって…。」

悠理はにっこりと微笑んだ。

「清四郎、お誕生日おめでとう!」

テーブルの上を見ると、イチゴを薄く切ってまるで幾重もの花びらのように飾ってある見事なタルトが置いてある。

僕がケーキの中で一番好きなイチゴのタルトだ。

真ん中にはホワイトチョコのプレートに Happy Birthday Seishiro と書いてある。

「これ… 悠理が作ったんですか?」

悠理は照れながら頷いた。

「うん… でも、タルト台を何回も焦がして失敗しちゃったし… あとクリームも間違って変色させちゃったし… あと…」

「ありがとう、悠理。」

「えっ」

「悠理が僕のためにこんなに綺麗なイチゴのタルトを作ってくれて嬉しいです。」

「うん…」

薄暗くなった部屋にキャンドルの明かり。

柔らかいキャンドルの明かりに浮かぶ悠理の顔はキラキラと輝いている。

僕は悠理の頬にそっと手を伸ばし、イチゴのようなくちびるに指を乗せた。

その時、ケーキの隣に何かを見つけた。

「悠理… これは?」

人形のような、小さい丸いものが4つ。

「これね、うちのパティシエが作ってくれたんだ。清四郎にって。」

よく見ると僕にそっくりなマジパン。

そのとなりに悠理にそっくりなマジパン。

そしてそんな僕たちの間に…

「タマ、フク!見てごらんなさい。」

白くて、三角の耳がついてるタマとフクのマジパン。

「お前たちもいっしょにいますよ。」

タマとフクがクンクンと鼻を近づけている。

「こら、食べちゃダメだよ!」

悠理にタマとフクは抱き寄せられた。

「タマとフクもいっしょにお祝いしてくれてるんですね。」

僕に撫でられてタマとフクは目を細めた。

「もちろんだよな、タマ、フク。」

「「にゃう。」」

本当に今年の誕生日は特別だ。

悠理が生まれて初めて作ったケーキ。

タマとフクを抱いて優しく微笑んでいる悠理。

これからの僕の誕生日は、悠理とタマとフクにお祝いをしてもらえるのだろう。

これからずっと、毎年毎年、いくつになっても。

 

 


おしまい♪





にゃんこさんから、またいただいちゃいました♪

清四郎の為に、一所懸命ケーキを作る悠理がかわいい〜。


「桜の咲く季節に清四郎のお誕生日を迎えてみました。

楽しそうにお祝いする悠理と嬉しそうな清四郎に何だかおもしろくないタマとフク。

なかなか素直になれない気まぐれタマフクです。」


いやいや、ネコはやきもち焼きですものね。でも清四郎になついているところが…

私も、清四郎にゴロニャンしたい…(笑)


  


「猫話のお部屋」
Material By Canaryさま