孫悟空の環 By:麗

 

 

 

「……夢見サイアク」

燦々と朝日が差し込むリビングに入りしな、パジャマ姿の悠理は薄茶色の髪をわしわしとかき混ぜながら呟いた。

「悪い夢でも見たんですか?」

ワイシャツ姿の清四郎が、右手に持った卵をコンコンとレンジ台に叩きつけ、熱したフライパンに器用に片手で割り入れながら聞く。

 

「なーんかさ、孫悟空の環みたいなの頭にはめられてて、おまえがお経となえたら、それがきゅーっっと締め付けてきて…」

「ああ。昔ありましたね、そんなこと」

ハハハと笑いながら、清四郎は手早くフライパンの卵に塩と胡椒を振る。

「へ? いつ?」

冷蔵庫から牛乳を取り出し、悠理はテーブルについた。

テーブルの上ではコーヒーメーカーがコポコポと音を立て、グリーンサラダのレタスとキュウリが水をはじいている。

「覚えてないんですか? ほら、ブラックルシアンの事件の時、魅録が作ったじゃないですか。孫悟空の環」

目玉焼きの載った皿を二つ、テーブルに運びながら清四郎が答える。

 

「悠理、トーストもう焼けてるでしょう? 皿に取ってください」

「うん。…そういえば、そんなことあったな。追試で80点以上取らないと留年って言われて、必死で勉強したんだっけなぁ」

トースターから取り出したトーストを二枚ずつ皿に載せ、ひとつを清四郎に渡しながら、悠理は懐かしそうに目を細めた。

朝の空気にトーストの香ばしい匂いが漂って、食欲を刺激する。

 

「まぁ結局、留年する羽目になりましたけどね」

「…もう時効だろ」

清四郎の言葉に含みを感じ、悠理は憮然と言い返した。

「でも、あん時の環って、ヘッドフォンみたいなヤツだったじゃん? 夢に出てきたのは、輪っかになったヤツだったぞ」

「現実にあったことが、夢の中に形を変えて出てくるのはよくあることですよ」

清四郎はコーヒーをカップに注ぎ、一口飲むとテーブルの端においてあった新聞を手に取る。

「ふーん。でもさぁ、痛かったなぁ、アレ。あんな事されても、何であたし、友達やめなかったんだろ?」

「そりゃ、アレも全部おまえの事を思ってやってるんだって、わかってたからでしょ?」

「いーや、わかってなかった。だっておまえ、アレ結構楽しんでやってただろ!?」

新聞越しに放たれた一言に、悠理はテーブルをドンッと叩いた。

 

「コーヒーがこぼれるでしょう?」

 新聞をぱたんと下がり、眉をひそめた清四郎の顔が覗く。

「ほら、早く食べないと。今日はおまえも用事で出かけるんじゃなかったのか?」

「あ、そうだった」

悠理は慌ててトーストやサラダをむしゃむしゃと平らげだし、清四郎はまた新聞に目を落とした。

 

「…まぁ結局は、腐れ縁という事なんでしょうな」

「え、何? あ、そうだ。今日の晩ごはんどうする!?」

ぼそりと呟いた清四郎に、悠理の頓狂な声が飛ぶ。

「朝からもう、夕食の心配ですか?」

清四郎はくすくすと笑いながら、テーブルの向こう側の悠理を見つめ、彼女の口の端についたパン屑を取ってやろうと手を伸ばした。

 

 

緊箍(きんこ:孫悟空の環)など嵌めていなくても、悠理はいつも、僕の元に戻ってくる。

自由気ままにびゅんと飛び出していって、周囲をトラブルに巻き込みながらも。

 

 

「今日は僕も早く帰れると思うから、久しぶりに外で食事でもしましょうか?」

パン屑を口に運びながら言うと、悠理は満面の笑みで頷いた。

 

奔放な孫悟空を扱えるのは、三蔵法師だけである。

 

 

 

 

Material by Pearl Boxさま