「すまない、悠理。仕事でトラブルがあって…」

電話の向こうで、悠理が小さく溜息をつく。
「いいよ、わかった。また、電話して」


微かな音を立てて切れた電話を手に、僕は大きく溜息をつく。

出張続きのこの頃、もう3週間も悠理に会っていない。

今夜は、二人きりでバレンタイン・ディナーを楽しむ予定であったのに…



すみません、と小さくなっているボンクラ部下に冷たい一瞥を返し、僕は慌しく戦場へと向かった。




*****





疲れ切った身体には、スチール製のドアがいつもより重たく感じる。
誰もいない家、真っ暗な空間、冷たい空気。時計の針は、11時を大きく回っている。
本当なら、今夜は悠理と共に暖かな時間を過ごし、あのしなやかな身体を抱きしめて
眠りにつく筈だったのに。


スーツの上着を脱ぎ、忌々しい思いでネクタイを緩め、引き抜きながらリビングへと廊下を歩く。
シャツのボタンを外しながら、無造作にドアを押し開き、
壁際のライトのスィッチヘと手を伸ばした時―――



「あ!電気つけんな」
暗い部屋に響く、愛しい、声。

ぽっと、キャンドルの灯りがともる。空気が、暖かくなる。



ランプの明かりに照らし出される、テーブルの上の、色鮮やかなオードブル、サラダ、ローストビーフ。
小さな赤銅の鍋にセットされているのは、デザートのチョコレートフォンデュ?
そして、その向こうで微笑むのは、愛しくてたまらぬ人。



「お帰り。疲れただろ?」
言いながら、ちらと壁際の時計に目をやる。
「ぎりぎり、間に合ったな」
と、笑い、立ち上がってワインクーラーからワインのボトルを引き抜くと、二つのグラスに注いだ。

サラ…衣擦れの音。
細い肩紐に吊られた布が、胸元で優雅なドレープを描く、チョコレート色のドレス。
かがみこむと、ドレスの脇から小さな膨らみがのぞいた。

僕の愛してやまない、形のいい乳房が。


「…何、じっと見てんだよ」
物も言わずに見つめる僕に、悠理はちょっと照れたように笑い、こちらに歩いてくる。
歩く度に翻る、スリットの入ったドレスの裾から目が離せない。


「ほら、座って。腹、減ってるだろ?」

僕の肩に手を掛け、小首をかしげる。チョコレートブラウンの口紅を薄く塗った、かわいい唇。

「…そうですね。いただきましょうか……」
そう答え、僕は彼女の大きく開いたドレスの背に手を回す。染みひとつない、真っ白な肌。
なだらかな曲線に添って掌を滑らせ、彼女を引き寄せる。

そう、僕は飢えていた。悠理という、蠱惑的な僕の恋人に。



そして僕は、チョコよりも甘く、芳しく、蕩けそうな彼女の吐息を、心ゆくまで味わった。




イラスト By たむらんさま




(2006.2.22up)





はい。

たむらんさまのバレンタイン企画参加作品を見ての、ありがちな妄想小ネタです〜。こんな美しいイラストを見ては、妄想を抑えることができませんで、ばばばっと書き上げてしまいました。

そしてずうずうしくも許可を得て、こちらにもイラストを貼り付けさせてもらっちゃいました〜♪

ちなみに、「Killing」とは「悩殺する」という意味。悠理はきっと、その美しい肢体で清四郎を悩殺するんでしょうね♪




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