By hachiさま
「清四郎の馬鹿ーっ!」 悠理が、目鼻を中心に寄せ、顔を皺くちゃにして、叫ぶ。
怒りを露わにする恋人を一瞥し、清四郎は、細い眉を片方だけ、ひょい、と吊り上げた。 「訂正してください。馬鹿に馬鹿呼ばわりされたくはありません。」
売り言葉に買い言葉。 二人の喧嘩は、言葉が飛び交うごとにヒートアップしていく。
「お前みたいに意地悪な男は、全世界探しても、他にはいないよ!」 「悠理より頑固で聞き分けのない女性も、宇宙の果てまで探したっていませんよ!」
怒りのあまり顔を真っ赤にして、清四郎を睨む悠理。 不機嫌を眉根に寄せて、悠理を見下ろす清四郎。
「清四郎みたいな意地悪男を、好きになるヤツの気が知れないね!」 「僕のほうこそ、悠理のような意地っ張りを好きになる男がいるとは思えませんよ!」
悠理が、ぐっ、とくちびるを曲げる。 清四郎が、す、と眼を細める。
「お前なんか、大嫌いだ!!」 悠理が、爆発したかのような大声で、叫んだ。
それを聞いた清四郎のこめかみが、ぴく、と痙攣した。 「僕だって、悠理みたいな分からず屋は大嫌いです!」
「大嫌い大嫌い大嫌い!!」 両の拳をぎゅっと握って、悠理は大声で繰り返した。
「何と言われても結構!どうせお互いに嫌い合っているんでしょう?嫌われても、痛くも痒くもありませんよ。」 ふん、と鼻を鳴らして、清四郎は言い放った。
「ホントに嫌いだ!大嫌いだっ!!どっか行っちゃえ!」 「それは奇遇ですね。僕も、顔も見たくないほど悠理が嫌いですよ。」
意地になって悠理が叫ぶ。 立腹した清四郎がそっぽを向く。
沈、黙。
「ふえ・・・」 いきなり、悠理が泣き出した。
「悠理?」 それを見た清四郎が、慌てふためく。
悠理が頬っぺたを真っ赤にして、激しく泣きじゃくりはじめた。 「せいしろーが、せいしろーが、あたいを嫌いって言った・・・」
ぴいぴいと泣く悠理を前に、清四郎は大いに慌てた。 「どうしてそれで泣くんですか?最初に「嫌い」と言ったのは、悠理でしょう!?」
「だって・・・だって・・・清四郎、酷いんだもん・・・」 「ああもう、泣くくらいなら、最初から喧嘩なんて吹っかけなければいいのに・・・」
嗚咽に合わせて震える肩を、清四郎がそっと抱きしめた。 「ほら、泣かないで下さい。」
恋人の広い胸に顔を押しつけても、悠理の涙は止まらない。 「・・・清四郎、あたいのこと、嫌いになったんだろ?ホントに、顔も見たくない?」
清四郎はやれやれと苦笑して、涙の止まらぬ恋人の髪に、そっと指を差し入れた。 「それは、売り言葉に買い言葉ですよ。僕が悠理を嫌いになるはずがないでしょう?」
その言葉に、涙の蛇口が、半分閉まる。 「ほんと・・・?」
不安げな瞳に、清四郎の微笑が映る。 「ええ、本当に。」
へへ、と照れ臭そうに悠理が笑う。 それを見て、清四郎も笑う。
ウサギになった瞳に残る涙を、長い指が優しく拭う。 「頬っぺたまで真っ赤にして泣くなんて、まるで子供ですね。」
「子供で悪かったな!」 むっと突き出たくちびるにも、長い指が触れる。
「もう、言い争いは止めにしましょう?」 穏やかな黒い瞳に、拗ねた表情の悠理が映る。
それは、悠理が大好きな、恋人の眼差し。 そして、その瞳に見つめられたら、意地っ張りな心も解けてしまう。
「返事は?」 まるで先生のように、小首を傾げて尋ねる清四郎。
悠理は、くちびるをへの字に曲げたまま、小さな声で呟いた。 「・・・はい。」
涙を吸い取る、優しいくちびる。 その優しさに、涙の残る睫毛が震える。
「仲直り、しましょう。」 「うん。仲直り、しよう。」
繋いだ手が、暖かい。 くっつけた額が、照れ臭い。
悠理はウサギの眼で清四郎を見つめ、清四郎は穏やかな黒い瞳で悠理を見つめる。
「本当はね・・・清四郎が、大好き。」 「僕も、悠理が好きですよ。」
ちょっと恥ずかしいけれど、これで、喧嘩はおしまい。
「で、あたいたちって、何で喧嘩をしていたんだっけ?」 「どちらが互いをより好きか、主張し合っているうちに、言い争いになったんですよ。」
恋人たちの下らない喧嘩は、とても甘くて。
それは、まるで、真っ白な砂糖菓子のよう。
でも、喧嘩はやっぱり、ほんのちょっぴりほろ苦いから。
二人の喧嘩は、ミルクがたっぷりの、甘い甘い、チョコレート。
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