「キャラメル天使が降りる午後」
               By 千尋さま

 



やわらかな木漏れ日が、生徒会室の窓越しに、メインデスクの上へ広げられたノートへと降りそそいでいた。
そのノートの中で、一定の規則に従って羅列する手書きのアルファベットの文字の上に、シャーペンを指で挟んだだけの右手が僅かに音を立てて乗せられる。
「ここ。スペルが間違っていますよ」


窓を背にして椅子に座り、清四郎に課せられた英語の課題に取り組まされていた悠理の右肩越しに、その手の持ち主の声が、悠理の頭上で静かに響いた。


「『n』が一つ足りません。それから、ここは『s』ではなくて『c』です」
何も持っていない左手はそのまま机の上につき、シャーペンを挟んだ右手は悠理の身体越しにノートの上に落ち着かせたまま、清四郎がシャーペンでチェックを入れる。悠理が単語を直すのを確認して、清四郎が微笑した。


「せっかく悠理が間違えてくれたことですしね。ついでにこれも聞いておきましょう。今悠理がスペルを間違えた単語。この文章の中ではどう訳す?」
悠理が顔だけを上にそらして、清四郎を見る。
「…無罪…?」
「当たりです。じゃあ正解ついでにも…」


更に何事かを悠理に答えさせようとする清四郎の言葉を遮り、悠理は彼を仰ぎ見たまま、訴えかけた。


「いい加減にしろ!!」
そう言葉を発しながら、両手で学生服の詰襟を掴む。
「さっきから、ずっと、ず〜っとそこにいるだろ!!どけてよ!! ただでさえ、目の前にあるわけのわからん文字にイラついてるってのに!!おまえがそこにいると、なんか落ち着かないんだよ!!」


清四郎が深く息を吐く。
「…わかりました。休憩にしましょう。休憩にしますから、これ、離してくれませんか? …これじゃ動けない」
悠理の両手を指差して、清四郎が笑った。
「あ。そか。…ごめん…」
ゆっくりと下ろされていく両手が、デスクの上へ着地する。


一旦、一歩後ろに下がるように、清四郎はその場を離れた。
それから、悠理から見て右斜め前にあるメインデスクの椅子の上に置いてある自分の鞄へ、手を伸ばす。
「悠理。これ、あげます」

鞄の中から取り出した箱を、清四郎は悠理へと放り投げた。
緩やかな弧を描いて、それは彼女の両手の中へと落ちていく。
手の中に落とされた黄色の小箱に、悠理が目を落とす。


「…何これ? …キャラメル…?」
既にパッケージが開封されている箱を、悠理は、スライドさせて開いていった。
四角いキャラメルが、箱の囲いの中、一箇所だけ空席を作って整然と並んでいる。
手元の箱と、それを渡してきた男の顔を、悠理は交互に見つめた。


「おまえ、キャラメル食うんだ…」
「頭をひどく使った後とか、ごく、たまに。…脳が疲れたときは、甘いものを少し採ると回復が早いんですよ。だから、キャラメルじゃなくても、少量の糖分さえ採れれば何でもいいんです。それより、それ、いらないんですか?」
少し残念そうな顔をした清四郎が、悠理へ一歩近づいていく。
「ううん!! いる!! いや、いります!!」
悠理が、必死の表情でキャラメルを抱え込む。
「…まだ何も言ってないでしょう?」
小声をたてて、清四郎が笑う。


「心配しなくても、返せ、なんて言いませんよ」
「ホントに?」
「ええ。本当です。全部、悠理にあげます」


悠理が、晴れやかに笑った。

清四郎が、やわらかに笑った。


春の日差しと木漏れ日が、すべてを包んで、静かに光って揺れていた。





― END ―

 

 

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